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すべてのエピソードへの応援コメント

  • 元橋さんの作品に目を通させていただいていると、本当に知らないことばかりで驚いたり、新鮮に思えたりします。

    本当に私も他の方と同じように、メディアでももっと広く公に取り上げられると良いのにな、と思います。

    行き詰まりそうな現代に、目から鱗のアイディアがたくさん出てきそうな気がするのですが…。

    作者からの返信

     空山迪明さま、いつも素敵なコメント、ありがとうございます!

    『障がい者』という言葉で、どうしても人は構えてしまう。それは知らなければ、仕方のないことだと思います。
     初めて会う人、初めての職場、みんな不安ですから。
     ただ『知らないからやめる』より『知らないから知ってみる』方が、絶対に世界が広がると思うのです。
     例え失敗することがあっても。

     私は、知ることによって、いままで興味のなかったことも、気になってきたりして。行く場所も、バラエティ豊かになってきました。

     現在、聴覚障がいに関する作品を中心に書いておりますが、もちろんそれ以外に関する障がいに関しても、同じ事が言えると思うのです。

     なので、気軽に一歩踏み込めるキッカケになれば、幸いです。

  • アビリンピック、もっとメディア等で紹介されるべきだと思いました。
    うちの職業なんかは、障害者の法定雇用率に達しないために、納付金を納めています。
    それでいて人手が足りないと言っているので呆れてしまいます。

    作者からの返信

     たま様、貴重なコメント、ありがとうございます。

     お金(罰金)を払っても、障がい者は雇用したくないという企業は、少なくありませんよね。
    『わからない』ものは『怖い』し、使ってどうなるかわからないから『不安』。雇うのはやめよう。
     何かあったら『面倒』だし。
     という、保守的な考えからきているのでしょう。

     交流することがなければ、永遠に『わかり合う』ことはないのですが。

     障がい者の、全てが働きたいと考えているわけではありませんが、『働きたい』と考えている人は、とても多いような気がします。
     働く理由は、もちろん『お金』もありますが、働くことにより『社会の役に立ちたい』とか『人と交流したい』とか『自分自身を成長させたい』とか、様々な理由で、仕事を求めているのです。
     もちろん、フルタイムで他のみんなと同じようにというのは、無理ですが。それでも、働いてもらって助かる企業は、沢山あるはず。
     そして、障がいのある人と働くということは『障がい者』に対する誤解や偏見を減らす結果にもつながると思うのです。

  • アビリンピックは、障害者の小生にとっては馴染みの深いものです。
    しかし、その中にこんなにも多彩な種目があるとは、知りませんでした。
    テレビだと清掃やクリーニング、接客が切り取られて映る場合が多かったので。
    こうしたアビリンピックやパラリンピックが、社会にもっと浸透する事を願います。

    作者からの返信

     夷也荊さま、いつもコメント、ありがとうございます。 

     やはり、ご存じでしたか(笑)
     清掃のお話も書いておられるので、知っているかもと思っておりましたが、さすがです!
    『アビリンピック』も、YouTubeだけでなく、もっと多くの人が自然に見られる形で、やって欲しいと感じています。
    (ドキュメンタリー等)

     上手くやれば、小説とかにしても、かなり面白くなりそうなのですけど……。
    (1人で、年によって違う種目に出る人もいたりして)

     まず『アビリンピック』を見ていただきたい。その為には、認知度を……と、毎回同じ結論になってしまうのですよね。

  • 目的は『職業能力の向上、企業や社会への理解促進、雇用促進』というのが、オリンピックやパラリンピックと大きく違うところです。
     ↑
     理解促進でありますかー(#^.^#)確かにこの大会なら、みんな理解してくれるでありますよね?

    作者からの返信

     ユーディさま、いつもコメント、ありがとうございます!

     障がいがあるからといって、何も出来ないわけではないというとが『見て』わかっていただけるかと思います。
     この『アビリンピック』を認知してもらうことにより、いまだに残る偏見が、少しでも減ればと、願うばかりです。

  • 昨日たまたまNHKの番組で手話関連の番組を見ました。途中からだったのですが、台湾の手話のお話について語られていましたが、今回の元橋さんのお話にもあったように、手話が禁止されていたという内容もありました。

    今回の元橋さんのお話の、最後の部分。
    『例え傷つくことがあっても、わかり合おうとすることから逃げては、何も解決しない』
    本当にその通りだと私も思います。
    聴者同士だってわかり合えているかと言えば、そうでないことは多い。
    やっぱり互いに傷つくことも多いと思います。
    人は一人一人違いますものね。似た状態であっても、同一の存在ではないですから。

    口話に手話に文字、絵文字、点字、スマホ……その他にも沢山のコミュニケーションツールが現代にはあるのですから、自分にあったツールを使いこなして大勢の人と心の壁を少しでも乗り越えられたら良いな、なんて思ってしまいます。時々自分の内側を超えて相手側に寄ってみる。それも必要だな、と感じさせられました。

    ケンカしてぶつかり合っても、分かり合える部分はきっとありますよね。

    作者からの返信

     空山迪明さま、心のこもったコメント、ありがとうございます。

     手話の事について語られた番組を見て、考えてくださったとのこと。
     とても嬉しく思っています♡

    『自分には直接関係の無いこと』に対して、人はなかなか興味を持たないものなので。少しでも私の文章が、きっかけになったのだとすれば幸いです。
    (偶然見ただけだとしても、嬉しいです)

     空山迪明さまの考え。とても素晴らしいと思います!
     知らない人、言語の違う人とコミュニケーションをとるのは、とても勇気のいることです。でも、それは相手も同じ。

    『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』と言いますが。コミュニケーションにも同じようなことが、当てはまるのではないでしょうか?

     私自身やってみて、上手くいかない事も多いですが、仲良くなれたこともありました。
     何もしなければ100%仲良くなれなかったはずなので、『成功』と言えるのでは? と勝手に思っております。

     私は、友達が増えて、自分が『いかに偏見に満ちていたか』を知りました。大げさに聞こえるかもしれませんが、世界が広がったとすら感じたのです。

  • 人工内耳や手話の禁止など、恥ずかしながら知らないことばかりでした。
    とても勉強になりました!

    作者からの返信

     たま様、コメントありがとうございます。

     昔あったこと。特に間違って行ったことに対しては、積極的に知らせたりしませんからね。
     特に『障がい者』に関することは、腫れ物に触るような感じが多い世の中です。なので、知らない人の方が、圧倒的に多いかと思います。

     それ故に、知ってもらえただけでも、私の活動している意味があったと、嬉しくなりました。

  • 小生が障害者の立場から、いつも疑問に思っていたことがあります。
    「何故フィクションに障害者が出て来ると、切ない系の恋愛になるの?」という問いでした。そして「障害者をカワイソウにし過ぎでは?」とか「これって聖化というアイヌにも当てはまる差別の一種だよね?」とか思ったこともあります。
    まさに「題材やテーマが似通ってきてしまい「あれ? 前にも似たお話を見たような」ということも、多くなってきました。」でした。
     理解しようとするのは大事ですが、間違った理解はただの押し付けになってしまうと社会全体が気付かないといけないと思う一話でした。

    作者からの返信

     夷也荊さま、いつも丁寧に読んでいただき、ありがとうございます。

     私がいつも言われてきたのが『必要性』でした。
    「なぜ聴覚障がい者である必要性があるの?」
     聴者だと、必要性は無くても書いてOKなのに、障がいがあると、必ず『必要性』が出て来る。となれば、意味づけとして、悲劇的な内容が『楽』だから、そんな物語が多いのでしょう。
     作者にもっと技量があれば、障がい者を自然に出しながらも、ユーモア溢れる作品は作れるでしょう。けれど、その為にはまず『障がい』について、キチンと知る必要があります。
     それにはきっと、膨大な時間が掛かるでしょう。

     逆に言えば『障がい』のある人が、書くという方が、ある意味では近道なのかもしれません。
     少なくとも日本では『障がいの無い人』が『障がい者』を書くことに、とても厳しいからです。

     少しでも間違いがあれば、ここぞとばかりに誹謗中傷する人もいる。だってら『障がい者』なんて、物語に出さないという人が増えるのも当然。結果的に『障がい者』そのものが、まるでこの世に存在しないかのようなお話しばかりが出来上がるのですよね。

     障がい者だって、バカみたいなこともするし、普通に恋愛もして、犯罪をする人だっている。
     プロが書かないのだから、アマチュアが書くというのも、ある意味で『未開拓』のジャンルだと思うのですが。

  • ・人工内耳を使って聞こえるソフィー。
    ・先天性の聴覚障がいで、手話に誇りを持つジーソン。
    ・手話と口話を使える人工内耳のアラン。

    この3人かなりすごいでありますな( ¨̮ )アランさんマルチタスクみたいな感じでありますな( ¨̮ )

    作者からの返信

     ユーディさま、いつもコメント、ありがとうございます。

     日本でも、手話と口話を使える人はいますが、幼い頃から『聴者と一緒に生活する為』に、身についた人が多いように思います。
     もちろん『全て』がわかる人は存在しません。

     話すときには、なるべく相手を見て、口を大きく開けて話してもらえると、読み取れる確率は格段に上がります。

  • 「NHKみんなの手話」はなかなか充実した作りなんですね。手話にまつわる雑学や文化というのは気になります。

    元橋さんのお話は詳しく説明があるのでわかりやすくて助かりますし、とても参考になります。

    作者からの返信

     空山迪明さま、いつもコメント、ありがとうございます。

    『手話には興味はあるけど、どう勉強したら良いのかわからない』という人が、意外と多いようです。
     あと、日本人特有の『失敗したら恥ずかしい』とか。

     そんな人にこそ、ぜひ『みんなの手話』を見ていただきたいです。
    『文字のない言語』というのが、どのようなものなのか。楽しみながら、わかっていただけると思います。
     私が手話にハマった理由の1つは、純粋に『楽しい』からでした。
     手話の演劇や、手話の絵本朗読なんかも、言語とは全く違う表現で、興味を持ってもらえるかもしれませんね♡

  • 確かにNHKのテキストはちょっと高いですよね。
    それがなくても覚えられるのは、逆に(?)お得感があります。
    小生は教養物は途中で挫折したら二度と戻れないと思っていましたが、違のですね。
    何だか気が楽になりました。

    作者からの返信

     夷也荊さま、いつもコメント、ありがとうございます。

     学校の授業などは、まさに『途中で挫折したら二度と戻れない』感はありますよね。ただ、社会に出てからは、『自分のペースで出来る』ので。
     逆に『自分のペースで出来る』ということは、自分で管理する必要があるわけですが。

     ただ、私が世の中に出て、そこで資格を取るなりする為に勉強をして思ったことは『楽しまなければ続かない』なと。あと『意外と知ることって楽しい』と思いました。

     途中からでも見たり聞いたりして、気になったら調べたりすれば良い。それも、無理に全てを知る必要はなく、気になるところだけ。
     なにもプロになる必要はないのですから。
     まずは、楽しみましょう!

  • 「最初を見逃したから、もうダメだ」
     と思う人がいるかもしれませんが、途中からでも問題ありません。大丈夫です。
     見て、真似ているうちに、いくつかの手話はすぐに覚えてしまうことでしょう。
     ↑
     みんなの手話でありますかー('ω')見たことがあるような気がするであります('ω')

    作者からの返信

     ユーディ様、いつもコメント、ありがとうございます。

     語学学習と思わず『ろう者』の世界を、のぞいて見るつもりで、気軽に見てほしいです。
     まず、知ってもらうことから始めないと、いになり理解してもらうのは難しいと思うので。

  • 『ヨメテル』の存在、寡聞にして知りませんでした。
    たしかに、音声ガイダンスの段階で私も切ってしまいますね💦
    とても良いシステムなので『ヨメテル』の周知が重要ですね!

    作者からの返信

     @tama_kawasakiさま、コメントありがとうございます。

     そうなんですよね。
     使う方もそうですが、使われる側も認識していなければ、なかなか上手くゆかないものです。
    『障がい者』に関することは、どうしても直接『利益』にはつながらない事が多く、そのため開発や出資してくれるところが少ないのが現状です。
     もっとテレビなどで、上手く取り上げられたら良いのですが。

  • 「電話リレーサービスのヨメテルです」の時点で、たしかに私も切ってしまいそうです…。
    いい改良ですね。

    また一つ、知らないことを知りました。
    とても素敵なシステムですね!

    作者からの返信

     山川 狐雨さま、コメントありがとうございます。

     結局のところ、どれだけ素晴らしいものを作っても、認知されていなければ、ムダになったり、本当に必要な人の元に渡ることは少ないのですよね。
     けれど、宣伝するにはお金がかかるし。認知語のある誰かが、取り上げてくれるのを待つのでは、いつになることかわからないし。

     いまのところは、コツコツと『お知らせ』することしか思い浮かばず、このようなエッセイ活動をしております。

  • 凄いですよね。
    一つの技術が新しいものへ次から次へと派生していくのですから。

    より良いものへと進化していく技術。
    人々の想像力やたゆまぬ挑戦の結晶なのでしょうね。

    作者からの返信

     空山迪明さま、素敵なコメント、ありがとうございます!

     より便利に、技術が進んでゆくのは、とても心強いことです。
     ただ、障がい者に関するものは、利益を得がたいということがあり、手を出す人が少ないのが現実。利益を得られなければ、継続、存続出来ないので、その兼ね合いが、課題ですね。
     最終的には、障がい者に便利な物を作っていたつもりでも、結果として誰にとっても便利なものが出来上がると、信じているのですが。

  • 「電話リレーサービス」は、以前の御作で知りました。
    今回のお話しではそのサービスがより良いものになろうとしている現れだと思って興味深く拝読しました。認知度の問題などはあるとのことですが、誰かが誰かの為に何かをしようとするのは、いつも尊いと思います。これから、このサービスが向上し、認知度が上がることを願います。

    作者からの返信

     夷也荊さま、いつも丁寧なコメント、ありがとうございます。

     難聴の種類によって、細分化したサービスを行うということで、とても良い試みだと私も思います。
     実際に使用するかた以外は、イメージがつかみにくいのが難点ではありますが。
    『他の人の身になって考える』ことは、習慣化して身に付けるしか無いと思うので。
     小説やマンガなどは、そういう力を上げる良い教材だとも思っています。

  • ※ 電話リレーサービスとは
     利用者(ろう者)と、通話相手(聴者)の間に、オペレーターが入って通訳するサービスです。
     オペレーターは利用者と通話相手の間を、手話や口話、時には文字の入力によって伝えます。
     つまり、利用者と通話相手は直接コミュニケーションをとるのではなく、オペレーターを介する必要があるのです。
     ↑
     これ私も聞いたことあるシステムでありますなー(#^.^#)!!

    作者からの返信

     ユーディ様、いつもコメント、ありがとうございます。

    『電話リレーサービス』の方が、『ヨメテル』よりもかなりメジャーですから、かなり知られているとは思います。

    『ヨメテル』は、聴覚障がいについて、少し知識がないと、その存在価値がわかりにくいかもしれませんね。

  • 新しい道を切り開くことは並大抵のことではないと感じます。

    きっと彼らの紆余曲折も聴覚障がいの方のみならず、きっとみんなの歴史の一歩なのじゃないかな、などと考えたりしました。

    良いところ、悪いところを多くの捉え方で捉え、意見を出し合って一つずつ解決していけたら良いですね。

    作者からの返信

     空山迪明さま、コメントありがとうございます。

     おっしゃる通り『初めて』の人々は、前例がないぶん紆余曲折しながら、正解を模索するしかないので、批判も受けるのは当然なのかもしれませんね。
     全ては、これから。

     前例を、自ら作ったので、ここからどうするのか。
     今までのことが、失敗だったというわけではありませんが、あらためてスタートといった感じですね。

  • AIの補助が、彼らの支えになっているならば、それはAIのあるべき姿で素敵なことですね。
    最初から公表したほうが、に私も同意見ですが…。

    元橋さんのおかげで、日本手話という存在があるのを知ったのですが、
    韓国手話、アメリカ手話に改めてびっくりです。
    そりゃ日本手話があるならあるでしょ、という話なのですが…考えが及んでなくて。

    「知る」のは、とても大切ですね。

    作者からの返信

     山川 狐雨さま、コメントありがとうございます。

     手話は、全ての国にあるわけではありませんが(ろう者に人権のない国もあるため)、各国独自のものが存在します。
     全く違うモノもありますが、同じ表現もあったりして、なかなかに面白いですよ。
     生活の動きやボディランゲージから派生したものが多く、基本的なものは覚えやすいかと思います。

     日本でも、いまだに差別はありますが、互いに歩み寄れたら良いなと、エッセイや小説で伝えていけたらと思っております。

  • 聴覚障害者のみで構成されるアイドルグループ、凄いですね!
    小生は全く知らなかったです。
    そして難関だったという歌の問題ですが、小生はAIの正しい使い方だと思いました。人間の伴走者としてのAIは、人間の可能性を広げるモノであってほしいと思っていたので、拝読していて嬉しかったです。
    特別視されるなら、障害者としてではなくアイドルとして、という気概が感じられます。

    作者からの返信

     夷也荊さま、いつも丁寧に読んでいただき、ありがとうございます。

     おっしゃるように、時代と状況によって、変わってゆくものだと思いました。
    『これが正解の形』といものも、新しい『常識』だったり『技術』によって、変えられてゆくものなのでしょう。

     足りないものを補う方法が、これからも変わってゆくし、また『変わってゆかなくてはいけない』こともあるのは確か。
     それが正解だったのかどうかは、後の世が決めることなので、難しくもありますが。

     表現の『形』は人それぞれ。
     これからも新たな方法が生まれることでしょう。
     楽しみです。

  • 聴覚障がい者のかたで、『聴覚障がい者なのに歌って踊れる』ことに、勇気をもらった人もいるようだったので、その人達がどう思っているのか、少し気になりました。
     ↑
     実際その光景を見て、他の人たちも大きく感動していると思うであります(#^.^#)頑張っている人を見て、感動しない者はいないであります(>_<)

    作者からの返信

     ユーディ様、いつもコメント、ありがとうございます。

     はい、そうですね。
     全部が完全でなにしろ、他の努力や成果までもを、否定するものではありません。
     これから、どのように活動してゆくのか。そこが大事だと思いました。

  • 番外編 音が見えるメガネへの応援コメント

    特殊なアルゴリズムによって、光の設定はされていますが、見るぶんには何も考える必要はありません。
     低音は赤、中音は緑、高音は青〜紫。聴覚と光の波長構造を、リアルタイムで表します。
     ↑
     なんかすごい眼鏡でありますなー(#^.^#)音は色で分かるでありますかー(#^.^#)

    作者からの返信

     ユーディ様、いつもコメント、ありがとうございます。

     文章にはし辛い、不思議な感覚です。
     表示が、もう少し立体的に表現できれば、もっとリアルだと思うのですが……まだ、始まったばかりの段階とも言えるので、長い目で見たほうが、良いのかもしれませんね

  • 番外編 音が見えるメガネへの応援コメント

    「音を見る」感覚。想像しにくいですが、興味深いですね。
    本当にどんな感じなのか? 試してみたくなる回でした。
    ちなみに、直接的に関係あるのかは分からないのですが、現代ファンタジーで五感を拡張した異能者の戦いを描いた作品なら、見かけたことがあります。あまりに長編でしたので小生も拝読したことがないのですが、ファンタジーのように自分で自分の感覚を調整できたら、面白いですね。

    作者からの返信

     夷也荊さま、いつもコメント、ありがとうございます。

    『五感を拡張』することが、もっと身近になれば、いろいろと常識も変わってくるのでしょうね。
     ただ、取り残される人が必ず出てくる(個人の意思の有無に関わらず)ことになるので、それを含めた社会を考えるとなると、難しい問題ですよね。

  • やはり、身内だけになってしまうことはあることなのでしょう。

    言葉や、身体的特徴など、何かを分ける、区別する境界線。男女でもそうだと思いますが、ゆっくりでもこの境界線がもう少しぼんやりしたものになったら良いのでしょうね。

    やっぱり、飛び込む一歩、というのは勇気と労力と必要とするものだと感じます。

    作者からの返信

     空山迪明さま、たびたびの嬉しいコメント、ありがとうございます!

     私も同意見です。

     知らない人との出会い、新しい世界での生活。それは、いままでの自分を否定することになるかもしれず、勇気のいることだと思います。
     しかもそれは、生きてゆくのに必ずしも必要と言えないというのが、厄介ですけれど。

  • 空山と申します。コメント失礼します。
    私は手話はわからないのですが、(挨拶だけ教えて貰ったことがありますが、通じるか通じないかわからないです…)聴こえる聴こえないに関わらず、少しずつでいいから繋がれたら、一人一人の世界も広がって、もっと世界も広くなるのでしょう。

    やる気の問題なのですよね。

    健常者とか障がい者という言葉は私は好きではないのですが、一人一人がそこも含めて違う人間なので、やっぱり互いのことを知って一つずつ課題をクリアしていくことが大切なのでしょうね。

    一度には難しいから、その場面に出会ったときにはせめて違っていても良いからアクションを起こしたい、今はそう感じました。間違えて、失敗してそこから良いやり方を覚えるしかないな、と。私はいつでも失敗だらけですから。

    もっと聴こえることも聴こえないことも壁がなくなるくらい、それが当たり前になるくらい世界が広がったら良いのになあ、なんてすみません、朝の起き抜けに拝読してまとまらないコメントを書いてしまいました。

    また続きをそっと拝読させていただきます。色々と考えてみたいなと思っています。

    作者からの返信

     空山迪明さま、コメントありがとうございます。

     読んでいただけた上に、嬉しいコメント。

     そうなんですよね。
     私も、初めてやることや、初めて会う人は苦手です。
     なぜ苦手かといえば、失敗すると『恥ずかしい』とか『格好悪い』とか、思ってしまうからなのでしょう。
     あまり、意識はしていませんが。

     いくつになっても、遅いということは無いと信じて、私も新しいことにチャレンジしてゆくつもりです。
     まあ、私は人より不器用なので、他の人の倍はしなければダメっぽいですが。
     逆に、倍やればなんとかなるということなので。
    (^∇^)ガンバルゾ!

  • 犬にまで補聴器的な物があるとは、驚きです。
    小生はどちらかと言えば猫派なのですが、猫にも応用可能とのこと。
    それもまた、驚きでした。
    現在父も老化のために耳が遠くなり、声が大きいのですが、補聴器を嫌がります。
    今度「犬も猫もあるくらいだから、大丈夫だよ。補聴器つけようよ」と
    誘ってみようかな、と思いました(笑)。
    毎回、本当に色々な情報が得られて楽しいです。

    作者からの返信

     夷也荊さま、いつもコメント、ありがとうございます。

     そうですか、夷也荊さまのお父様も、老化による難聴気味なのですね。
     補聴器は、確かに使い慣れるまでは面倒かと思います。なにより知らないことに対しての『敷居の高さ』は、誰しも少なからずありますからね。

     体験会などやっているところも、地域によってはあるので、ぜひお父様にも試していただきたいです。
    (もちろん、人用をですよ💦)

  • 何より重要なこととして、『補聴器』は『訓練』や『調整』をする必要があるということです。
     ↑
     犬にも補聴器があるのでありますね('ω')これは驚いたであります('ω')

    作者からの返信

     ユーディ様、いつもコメント、ありがとうございます。

     イヌ用の補聴器は、他にも出している会社はありますが、『装着』や『バッテリー』の問題は共通ですね。
     電池を使えば、軽く済ますことは出来ますが、経済的には……。

  • ただ、互いに交流しなければ、ずっとわかり合う事も無いでしょう。
     もちろん、その一歩を踏み出すことが、とても大きな勇気を必要としていることは、私自身も経験から理解はしています。

    確かにでありますよね(´・ω・`)まずは話すことであります(´・ω・`)

    作者からの返信

     ユーディさま、いつもコメント、ありがとうございます。

     日本人は特に『失敗したら恥ずかしい』とか『完璧に出来る自信のないものは、やりたくない』とか。
     頑張っても、上手くいかなかった人を、評価しない風潮があるせいでしょうか?

     不格好な生き方でも、精一杯生きている方が、だんぜん格好良いと思うんですけどね。

  • 過去の失敗から学ぶのは大事ですよね。
    失敗をそのままにしておく方が失敗だと言えるのではないでしょうか。
    失敗した過去があるから、次に生かせるのだと小生も思います。
    また、理解できない他者を「変わった人」、「怪しい人」とするのはいつの時代、どの場所でもありますよね。他者を完全には理解できないのだから、工夫が必要だと思いました。

    作者からの返信

     夷也荊さま、いつも丁寧に読んでくださり、ありがとうございます。

     最初から上手く行くことはないので、次は反省を含めて、頑張りたいものです(私自身も)
     偏見や差別的意識については、デフリンピック関係者の中にも、それなりにあり、そこが残念……というか、根深いものを感じました。

  • 『奉仕』だったり『友達を作る場』だったり。なかには参加理由が『親に言われて仕方なく』なんて人もいました。

    親に言われた辺り、子供に押し付けられてる感があるであります(´・ω・`)

    作者からの返信

     ユーディさま、いつもコメント、ありがとうございます。

     親に言われてきたという人は、もう30代のいい年の人だったりするんですよ。

  •  以前の御作で、手話にも差異があることなどは教えて頂きましたから、難しい事だとは思っていましたが、混乱してしまったのですね。やはり聴覚障害者を取り巻く環境がまだまだ整っていないのでしょうね。
     そう言えば、地元の新聞記事に驚くことが載っていました。ある大学で、手話が第二外国語として必修選択科目の一つになるとのことでした。つまり、英語以外の外国語の選択肢に手話が取り入れられたのです。第二外国語は必修ですから、手話を選択すればその単位も取れるとのこと。果たして日本の手話が外国語か? という疑問はありますが、小生はいい傾向だと思いました。

    作者からの返信

     夷也荊さま、いつもながら興味深い情報、ありがとうございます。

    『手話が第二外国語として必修選択科目の一つになるとのことでした』

     いいですね!
     私も賛成ですね。
     詳しい経緯はわかりませんが、なにより物事は『知る』ことから始まると思うからです。
    『手話』を習う上で、『ろう者』『ろう文化』と少なからず学ぶ機会があるはず。そうすれば、そこでなにがしか『気づき』があったり、交流したいと思う人も出てくるはず。

     生まれや性別、風習や宗教が違っても、差別の対象にするべきではないと、気づいてくれると嬉しいですね。
     まあ私の場合は、単純に『手話って面白い』と思っていますけど……。

  • ストラップやキーホルダーなどには、手話に関するメッセージが彫られていて、それは『聞こえません』『手話初心者』『手話勉強中』『手話』『なんでも聞いて下さい』など、手話に自信の無い人にとって、助かるメッセージも!

    一緒に勉強するだけでかなり心強いであります(^-^)!!

    作者からの返信

     ユーディ様、いつもコメント、ありがとうございます。

     こちらが『手話の勉強中』だとか『手話初心者』だということを理解して、ろう者も話しかけてくれたら、こちらも安心して手話の会話が出来ますから。
     ろう者も、相手が『聴覚障がい』を理解してくれていることがわかっていると、手話で話しやすくなるし、お互いにとって良いことかと。

  • 実際に手話が通じるとは、さすが元橋様ですね!
    小生もろう者の方々と接してみたいと思いますが、
    こういった機会でもないとなかなか出会えないですよね。

    作者からの返信

     夷也荊さま、いつもコメント、ありがとうございます。

     ろう者のかたは、手話をしている姿を見ない限り、ろう者だとはわかりにくいですからね。
     補聴器をつけていても、どの程度の聴覚障がいか、わかりませんし。まして、手話が使えるかどうかなんて、わかりませんからね。

     確かに、こういうイベントは、人口の多い都市が中心になってしまいます。
     逆を考えると、聴覚障がいのかたも、大都市以外だと、他の聴覚障がいのある方と交流する機会は、少ないということで、深刻な問題ですよね。

  • Blu-rayとかで出ないかなぁ。
     1.000人を超える観客からの音の拍手、そして手話の拍手も!

    新作でありますな( ¨̮ )確かに来て欲しいであります∠( ̄^ ̄)BluRayであります( ¨̮ )

    作者からの返信

     ユーディ様、引き続きお読みくださり、ありがとうございます。

     Blu-rayで出したら、私は絶対に買うんですけどね。
     ただ、『舞台は2度と同じモノは無い』のが、うりでもあるので、難しいところでもありますが。
     
     前回までの『手話のお供』と、あまり変わらないかと思いますが、よろしくお付き合いいただければ幸いです。

  • 「観る」を「体感」できて羨ましいです。
    元橋様のようにイベントを広めて下さる方がいらっしゃるから、
    こうして作品として拝読できるのですね。
    小生も体感してみたいです。

    作者からの返信

     夷也荊さま、引き続きお読みくださり、ありがとうございます。

     生の舞台は、独特の緊張感が流れていて、もともと好きだったのですが、役者の人数が増えると、また違った感じの空気が漂っていました。

     自分の知らない世界を知ることは、決して楽しいことばかりではありませんが、『これもネタに出来る精神』で、やっていけたらと考えております。

     恐らく前回までの『手話のお供』と、あまり変わらないかと思いますが、よろしくお付き合いいただければと、思っております。