第2話 『ろう芸術祭のマルシェ』へ行ってみたへの応援コメント
空山と申します。コメント失礼します。
私は手話はわからないのですが、(挨拶だけ教えて貰ったことがありますが、通じるか通じないかわからないです…)聴こえる聴こえないに関わらず、少しずつでいいから繋がれたら、一人一人の世界も広がって、もっと世界も広くなるのでしょう。
やる気の問題なのですよね。
健常者とか障がい者という言葉は私は好きではないのですが、一人一人がそこも含めて違う人間なので、やっぱり互いのことを知って一つずつ課題をクリアしていくことが大切なのでしょうね。
一度には難しいから、その場面に出会ったときにはせめて違っていても良いからアクションを起こしたい、今はそう感じました。間違えて、失敗してそこから良いやり方を覚えるしかないな、と。私はいつでも失敗だらけですから。
もっと聴こえることも聴こえないことも壁がなくなるくらい、それが当たり前になるくらい世界が広がったら良いのになあ、なんてすみません、朝の起き抜けに拝読してまとまらないコメントを書いてしまいました。
また続きをそっと拝読させていただきます。色々と考えてみたいなと思っています。
作者からの返信
空山迪明さま、コメントありがとうございます。
読んでいただけた上に、嬉しいコメント。
そうなんですよね。
私も、初めてやることや、初めて会う人は苦手です。
なぜ苦手かといえば、失敗すると『恥ずかしい』とか『格好悪い』とか、思ってしまうからなのでしょう。
あまり、意識はしていませんが。
いくつになっても、遅いということは無いと信じて、私も新しいことにチャレンジしてゆくつもりです。
まあ、私は人より不器用なので、他の人の倍はしなければダメっぽいですが。
逆に、倍やればなんとかなるということなので。
(^∇^)ガンバルゾ!
犬にまで補聴器的な物があるとは、驚きです。
小生はどちらかと言えば猫派なのですが、猫にも応用可能とのこと。
それもまた、驚きでした。
現在父も老化のために耳が遠くなり、声が大きいのですが、補聴器を嫌がります。
今度「犬も猫もあるくらいだから、大丈夫だよ。補聴器つけようよ」と
誘ってみようかな、と思いました(笑)。
毎回、本当に色々な情報が得られて楽しいです。
作者からの返信
夷也荊さま、いつもコメント、ありがとうございます。
そうですか、夷也荊さまのお父様も、老化による難聴気味なのですね。
補聴器は、確かに使い慣れるまでは面倒かと思います。なにより知らないことに対しての『敷居の高さ』は、誰しも少なからずありますからね。
体験会などやっているところも、地域によってはあるので、ぜひお父様にも試していただきたいです。
(もちろん、人用をですよ💦)
何より重要なこととして、『補聴器』は『訓練』や『調整』をする必要があるということです。
↑
犬にも補聴器があるのでありますね('ω')これは驚いたであります('ω')
作者からの返信
ユーディ様、いつもコメント、ありがとうございます。
イヌ用の補聴器は、他にも出している会社はありますが、『装着』や『バッテリー』の問題は共通ですね。
電池を使えば、軽く済ますことは出来ますが、経済的には……。
第4話 『デフリンピック』のサポートをして感じたこと(後編)への応援コメント
ただ、互いに交流しなければ、ずっとわかり合う事も無いでしょう。
もちろん、その一歩を踏み出すことが、とても大きな勇気を必要としていることは、私自身も経験から理解はしています。
↑
確かにでありますよね(´・ω・`)まずは話すことであります(´・ω・`)
作者からの返信
ユーディさま、いつもコメント、ありがとうございます。
日本人は特に『失敗したら恥ずかしい』とか『完璧に出来る自信のないものは、やりたくない』とか。
頑張っても、上手くいかなかった人を、評価しない風潮があるせいでしょうか?
不格好な生き方でも、精一杯生きている方が、だんぜん格好良いと思うんですけどね。
第4話 『デフリンピック』のサポートをして感じたこと(後編)への応援コメント
過去の失敗から学ぶのは大事ですよね。
失敗をそのままにしておく方が失敗だと言えるのではないでしょうか。
失敗した過去があるから、次に生かせるのだと小生も思います。
また、理解できない他者を「変わった人」、「怪しい人」とするのはいつの時代、どの場所でもありますよね。他者を完全には理解できないのだから、工夫が必要だと思いました。
作者からの返信
夷也荊さま、いつも丁寧に読んでくださり、ありがとうございます。
最初から上手く行くことはないので、次は反省を含めて、頑張りたいものです(私自身も)
偏見や差別的意識については、デフリンピック関係者の中にも、それなりにあり、そこが残念……というか、根深いものを感じました。
第3話 『デフリンピック』のサポートをして感じたこと(前編)への応援コメント
『奉仕』だったり『友達を作る場』だったり。なかには参加理由が『親に言われて仕方なく』なんて人もいました。
↑
親に言われた辺り、子供に押し付けられてる感があるであります(´・ω・`)
作者からの返信
ユーディさま、いつもコメント、ありがとうございます。
親に言われてきたという人は、もう30代のいい年の人だったりするんですよ。
第3話 『デフリンピック』のサポートをして感じたこと(前編)への応援コメント
以前の御作で、手話にも差異があることなどは教えて頂きましたから、難しい事だとは思っていましたが、混乱してしまったのですね。やはり聴覚障害者を取り巻く環境がまだまだ整っていないのでしょうね。
そう言えば、地元の新聞記事に驚くことが載っていました。ある大学で、手話が第二外国語として必修選択科目の一つになるとのことでした。つまり、英語以外の外国語の選択肢に手話が取り入れられたのです。第二外国語は必修ですから、手話を選択すればその単位も取れるとのこと。果たして日本の手話が外国語か? という疑問はありますが、小生はいい傾向だと思いました。
作者からの返信
夷也荊さま、いつもながら興味深い情報、ありがとうございます。
『手話が第二外国語として必修選択科目の一つになるとのことでした』
いいですね!
私も賛成ですね。
詳しい経緯はわかりませんが、なにより物事は『知る』ことから始まると思うからです。
『手話』を習う上で、『ろう者』『ろう文化』と少なからず学ぶ機会があるはず。そうすれば、そこでなにがしか『気づき』があったり、交流したいと思う人も出てくるはず。
生まれや性別、風習や宗教が違っても、差別の対象にするべきではないと、気づいてくれると嬉しいですね。
まあ私の場合は、単純に『手話って面白い』と思っていますけど……。
第2話 『ろう芸術祭のマルシェ』へ行ってみたへの応援コメント
ストラップやキーホルダーなどには、手話に関するメッセージが彫られていて、それは『聞こえません』『手話初心者』『手話勉強中』『手話』『なんでも聞いて下さい』など、手話に自信の無い人にとって、助かるメッセージも!
↑
一緒に勉強するだけでかなり心強いであります(^-^)!!
作者からの返信
ユーディ様、いつもコメント、ありがとうございます。
こちらが『手話の勉強中』だとか『手話初心者』だということを理解して、ろう者も話しかけてくれたら、こちらも安心して手話の会話が出来ますから。
ろう者も、相手が『聴覚障がい』を理解してくれていることがわかっていると、手話で話しやすくなるし、お互いにとって良いことかと。
第2話 『ろう芸術祭のマルシェ』へ行ってみたへの応援コメント
実際に手話が通じるとは、さすが元橋様ですね!
小生もろう者の方々と接してみたいと思いますが、
こういった機会でもないとなかなか出会えないですよね。
作者からの返信
夷也荊さま、いつもコメント、ありがとうございます。
ろう者のかたは、手話をしている姿を見ない限り、ろう者だとはわかりにくいですからね。
補聴器をつけていても、どの程度の聴覚障がいか、わかりませんし。まして、手話が使えるかどうかなんて、わかりませんからね。
確かに、こういうイベントは、人口の多い都市が中心になってしまいます。
逆を考えると、聴覚障がいのかたも、大都市以外だと、他の聴覚障がいのある方と交流する機会は、少ないということで、深刻な問題ですよね。
第1話 舞台『黙るな動け呼吸しろ』を観にいって来ました!への応援コメント
Blu-rayとかで出ないかなぁ。
1.000人を超える観客からの音の拍手、そして手話の拍手も!
↑
新作でありますな( ¨̮ )確かに来て欲しいであります∠( ̄^ ̄)BluRayであります( ¨̮ )
作者からの返信
ユーディ様、引き続きお読みくださり、ありがとうございます。
Blu-rayで出したら、私は絶対に買うんですけどね。
ただ、『舞台は2度と同じモノは無い』のが、うりでもあるので、難しいところでもありますが。
前回までの『手話のお供』と、あまり変わらないかと思いますが、よろしくお付き合いいただければ幸いです。
第1話 舞台『黙るな動け呼吸しろ』を観にいって来ました!への応援コメント
「観る」を「体感」できて羨ましいです。
元橋様のようにイベントを広めて下さる方がいらっしゃるから、
こうして作品として拝読できるのですね。
小生も体感してみたいです。
作者からの返信
夷也荊さま、引き続きお読みくださり、ありがとうございます。
生の舞台は、独特の緊張感が流れていて、もともと好きだったのですが、役者の人数が増えると、また違った感じの空気が漂っていました。
自分の知らない世界を知ることは、決して楽しいことばかりではありませんが、『これもネタに出来る精神』で、やっていけたらと考えております。
恐らく前回までの『手話のお供』と、あまり変わらないかと思いますが、よろしくお付き合いいただければと、思っております。
第4話 『デフリンピック』のサポートをして感じたこと(後編)への応援コメント
やはり、身内だけになってしまうことはあることなのでしょう。
言葉や、身体的特徴など、何かを分ける、区別する境界線。男女でもそうだと思いますが、ゆっくりでもこの境界線がもう少しぼんやりしたものになったら良いのでしょうね。
やっぱり、飛び込む一歩、というのは勇気と労力と必要とするものだと感じます。
作者からの返信
空山迪明さま、たびたびの嬉しいコメント、ありがとうございます!
私も同意見です。
知らない人との出会い、新しい世界での生活。それは、いままでの自分を否定することになるかもしれず、勇気のいることだと思います。
しかもそれは、生きてゆくのに必ずしも必要と言えないというのが、厄介ですけれど。