第44話 理想と現実
セオドアたちが帰ってくる頃にはデイジーたち年少組の子どもたちは遊び疲れてぐっすりお昼寝時間を満喫していました。
邸に帰宅したのはセオドアとアルバート殿下、アスターとリリアンは自宅へ帰っている。
元気よく登校した二人は帰るなり少しばかり肩を落としていた。
「どうだった?」
「それが……」
昨年セオドアが課題として持ち帰った学校内の問題、それが未だに燻っていたらしい。
「裕福さや身分に拘る者の意識は変えられないのでしょうか」
セオドアたちが登校してすぐに周りを下位貴族の子息女や裕福な商家の子どもたちに取り囲まれたそう。
彼らは自分たちこそセオドアやアルバート殿下の学友に相応しいと他の生徒を牽制し話すことを妨害、結果キレたリリアンが喧嘩になったが、リリアンがキレるより前にセオドアやアルバート殿下も相当頭に来たらしい。
「完全に無くすのは難しいでしょうね」
「でも僕もアルバート殿下も今しか話せないたくさんの人と話がしたかった」
唇を噛むセオドアの肩にクリスの手が乗った。
「なら、どうしたら望みが叶うのか、アルバート殿下と考えてみてはどうかな?彼らをどう説得するのか」
ハッと目を見開いたセオドアがアルバート殿下に駆け寄る、アルバート殿下へポソポソと耳打ちするとアルバート殿下も何度か頷いてセオドアの部屋へ向かっていった。
サロンに集まった私とクリス、ジオさまとオッフィさまはため息を吐いていた。
今セオドアやアルバート殿下が抱えた悩みはおそらく子どもだけで解決出来るものではない、しかもあの子たちが通うのはたった二週間、その間だけ誤魔化されてしまえば今度はもっと巧妙に狡猾になっていくだろう。
「元々は領民の識字率や算数なんかの力を養うための学校だったんですけどね」
輸出入や観光業を新たに財源とする領地経営に移行する際、早々に導入したのはカルバーノ家と商会が運営する私設学校の整備だった。
識字率と算数、語学を領内の子どもたちに無償で教える、同時に昼食を配給することで健常な発育を促す。
それまで教会に併設されていた孤児院はあれど教育も食事も賄い切れてはいなかった。
当然貧民街の子どもたちも同じ。
そこに近隣の農家や畜産家の子どもたちが加わり数年もすれば港や広場で働ける人材が増えた。
同時に取り組みに気付いた知識人たちが挙って協力を申し出てくれた上に初期からの魔塔の有志もあっていつの間にか下手な家庭教師をつけるより高水準の教育が出来るようになっていた。
下位貴族やそこに連なる伝手を欲しがる商家などは寄付金を払い入学してくる。
元々無かったはずの序列がセオドアが体験入学した去年、明るみに出た。
「かと言って排除することは違うと思うのよね」
「今でもクラス分けはしているのだけどね」
これ自体は大人にとっても大きな課題だ。
「アルバートにはこのまま二週間通って貰いたい」
「良いのですか?」
「経験上、そういう現実に早く触れるのは悪くないと思ってる」
「経験上?」
ジオさまの言葉に引っ掛かりがあったのかクリスが怪訝な顔をして聞き返すと、ジオさまがバツの悪い苦い顔をして諦めたように笑った。
「ジオは小さな頃からよくお城を抜け出していましたから」
疑問に答えたのはオッフィさまでした。
「私が初めて市井でお見かけしたのもジオが今のアルぐらいの時でしたし」
そんなに前から?
私よりも隣に座るクリスが驚いている。
「兄さんは真面目だったからね、私はよく抜け出して城下で遊んでいたんだ、たまたま貧民街に迷い込んで困っていたところを教会の奉仕活動に来ていたフィーに見つかったのがフィーと市井で会った最初だね」
「あの時は驚きました、数日前に義弟になると紹介されたばかりでしたから」
懐かしそうに微笑む二人をクリスが複雑そうに見ている。
「兄さんは為政者としての教育を、私が市井を知っていれば足りないところは補えるなんて驕った考えを持っていたんだ」
結局何度もお城を抜け出して市井で色々な活動をオッフィさまを巻き込んでやっていたらしい。
「そんな頃から……」
「私もフィーもあの頃は兄さんを支えるためにと兄さんが見れないものを知らなきゃなんて話していたんだ、多分あの頃からそれは言い訳だったんだろうけど」
ジオさまとオッフィさまには長年オッフィさまと婚約関係にあったクリスにすら知らない繋がりがあったのでしょう。
クリスは暫く目を閉じていたけれど、軈て澄んだ新緑の瞳を柔らかく細めてジオさまを見た。
「そうか、なら私の馬鹿も少しは弟のためになったのだな」
「あれは……っうん、そうだね」
学園の卒園パーティーでやらかした一連の婚約破棄騒動のことなのだろう、リリーという少女が魔道具を使いクリスに近寄った、それを好機としてクリスは引っかかったフリをしながら婚約破棄をした。
結果リリーとその後ろにいた黒幕を一掃、クリスは狙い通り廃籍されてジオさまが立太子された。
オッフィさまはジオさまと婚約……。
「それで、あの頃の経験からもアルバートには二週間頑張って貰いたいと思っている」
「そうか、なら暫くは見守ってみよう」
大人たちの結論が出た後は、ジオさまとオッフィさまが城下でやらかした様々な話を面白おかしく聞いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます