第42話 これは所謂列車でしょうか
今回の王太子一家のカルバーノ来訪の目的は長距離の大型輸送事業の計画のため、ひと月以上の滞在になるので良い機会だからと子どもたちの顔合わせが行われた。
王太子一家の滞在は以前購入していた領都の邸、近くにサミエルの邸宅もある。
さて、執務室に集まった相変わらずむさ苦しい美形に囲まれて設計図や地図、企画書計画書を広げた。
私を含む『前世持ち』の記憶にあった大型移送機、所謂列車というものの開発が三年前から続いている。
その大まかな開発がほぼ完了したと魔塔から連絡があった。
魔塔だが、あまりに頻繁な仕事の依頼と新しいものへの探究心が高じて三年前列車の開発に伴い支部をカルバーノ郊外の山中に建てた。
おかげで魔塔が山手の魔獣を片してくれるので討伐が少し楽になってはいる。
「線路の計画が一番難航しそうね」
地図を見ながら私が溜息を吐いた。
「そうだな、この山と渓谷をどうにか出来ればとは思うが」
「トンネルも鉄橋も難しいですからね」
そう、トンネルや鉄橋は存在する。
しかし列車が通れるだけの大きさと耐え得る強度に安全性を考えれば、現段階では難しい。
精々が鉱山のトロッコレベルといえばいいだろうか。
「迂回するとすればこの辺りの領主から許可と協力が必須だな」
「まあそこはジオさまが頑張ってください」
「なら交渉の助手にサミエルとフィンを貸してくれないか?」
「フィンもですか?」
突然名前が出たフィンが目を丸くする。
「ああ、上の連中は私やサミエルでどうにかするが、領民をたぶらかすならフィンが適任だろう」
「たぶらかす……」
フィンがジオさまの言葉に複雑そうな顔を見せた。
「まあ、領主のごり押しだけで施工出来ませんからねえ」
「フィンはどう?」
「たぶらかすかどうかは別にして利点を説明したり根回しに協力ぐらいは出来るかと」
「ならお願いしよう、私とリオは魔塔と連携しながらといったところか」
「そうね、オッフィさまとカタリナは子どもたちを任せても良いかしら、去年からセオドアの剣術指南をカタリナにお願いしているの」
カタリナの剣術は相当の実力がある、セオドアの指南役を探す頃に迷わず依頼したのだ。
「そうですね、大丈夫でしたらアルバート殿下も体力作り程度のことは出来ると思います」
「そうか、カタリナは学園の剣技大会優勝者だったね、なら是非お願いしたい」
「わかりました」
次々と決まっていく役割に僅かな懐かしさを感じて私の頬が少し緩んだ。
実は一年前からカルバーノ領都で路面列車が運用されている。
これにより馬車を使う移動が減り、格段に事故が減った。
今回ジオは長距離列車以外に王都内へ路面列車を導入したいらしく、この期間に魔塔で商談をするそう。
路面列車は一両しかないためかなりパワーを抑えて製造出来た、動力は魔導石。
石油や石炭を探してみたが何故かこの世界では見つからなかった。
石炭はないけど炭はある。
時々不思議。
その魔導石を使用した路面列車は一年で随分領民に根付いた。
因みに運賃はタダ。
これを目当てに来る観光客もある。
まあ開発には魔塔だけではなく、鍛治師細工師大工に錬金術師など沢山の手が必要でそれを取りまとめているのが魔塔。
魔塔は代々こうやって『前世持ち』の知識を世界のバランスが崩れたりしないように技術の流布を管理している、代わりに契約金は国家予算レベルになったりもする。
今回の魔導列車は我がカルバーノ以外に叔父に当たるファステン侯爵家、王家、オッフィさまのご実家エルスト公爵家が出資している。
今路面列車をファステン領とエルスト領でも施工中だ。
車体はほぼ完成しているという話だったので、車両を保管している大型倉庫に大人数で押しかけることになった。
「これが、私や兄さんに義兄さん、フィンや他たくさんの人たちと作ったものだよ」
「これが走れば世界はずっと近くなる」
男性陣があんぐりと口を開いている子どもたちに話す。
キラキラとした瞳で目の前の列車と父であるクリスを何度も目で追うセオドアに普段は穏やかなクリスの顔が少し得意げだ。
「す、すごいです」
セオドアが呆気に取られながらも感想をくちにする。
黒い鋭角でいて流線を大事にした車体の先頭部は『前世の記憶』に照らせば機関車よりもリニアカーに近い。
動力が魔導石なので煙突とかいらないしね、それなら風の抵抗を考えたこの形も頷ける。
「客室も見てみましょう」
サミエルに促されて客車に入る。
「ここは個室になります」
先頭の車両から三つの車両にはサロンのような車内、寝室に食堂となっている。
「この辺りは三両で人組、こちらが調理場、こちらからは一般車両となっていて……指定席にさらに奥が自由席…」
順番に歩いて紹介されていく列車内部に私も子どもたちもワクワクとしてしまう。
「速度としては馬車より二倍程の速さになりますね、障害物もなくなるので予定のルートで線路を作れば王都まで二日で着きます」
カルバーノから王都までは馬車で七日、夜間は宿場に泊まるため走り続けれる列車ならばそれくらいには縮まるのかと感心する。
子どもたちも思い思いに車内を見てまわっている。
セオドアとアルバート殿下はフィンを捕まえて仕組みなどを詳しく聞いている、デイジーとリリアンが装飾品を見ているのに付き合っているのはダレン殿下、アスターはランドリックとマリオン殿下の子守りをしてくれている。
きっとこれがラスクート国を走る頃にはこの子たちも王立学園に通うのだろう。
私はその雄大な列車を見ながら近い未来に希望を抱いていた。
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