第31話 忙しさの最中に
面倒なことこの上ない。
そんな思いで急ピッチにて進めた領民権の登録は人員総出で行われた。
王太子殿下の発表のせいで領地に関して問い合わせが殺到したのが一番の理由だった。
これが進めば領民とゲストの行動範囲を制限出来る。
偽造や成り変わりが出来ないよう魔塔の研究員がしっかり作った領民証はペンダントタイプになっている。
翳せば公共施設が使用できたり医療院での治療費の負担が全額ではなく二割程度になったり等、領民に取っても得になっている。
領民権と客員権は別にあり、領主が認めた客人には客員権として証が発行される。
商人などは都度領境にある検問所で身元を提示して帰宅の予定と滞在期間の確認、一時的な通行証を発行されて入領出来るシステムに変えた。
少なくともこれで長期間王太子殿下を預かるためにさして多くもない警護に回せる人員でもある程度回せるようになった。
領民権のシステム導入と共に準備したのがサミエルの婚約式。
此方は神殿や教会で身内のみの宣誓書に記入し承認を受けるだけで、披露は別に行うのがこの国の慣わし。
サミエルと義妹となるカタリナの婚約式も身内のみのこじんまりしたものになったが、式のためにサミエルが用意した真珠を使った見事なお飾り一式は私ですら目を見張る出来栄えだった。
そうして本当にカタリナによく似合っていた。
「義姉さんは義兄さんにおねだりしなよ」
とか言うものだから、クリスがその気になってしまい宥めるのが一苦労だった。
王太子殿下がカルバーノ領に留学と称して滞在されるのは春からと通信魔道具で連絡後、正式な通達があった。
滞在先はどうやら内密に邸を領都で見繕っていたらしく、そちらに春から冬まで冬の夜会までと決められた。
身分は隠すようで、どっかの伯爵家の次男とするらしい。
何だかよくわからないし、うっかりクリスを兄上とか呼んだらバレるんじゃないのかしら。
その辺りどうするのか聞いておかなきゃね。
現在の通信魔道具は遠距離で話せるトランシーバーみたいなもの、今チャンネルを増やす試みと小型化を進めている。
まだまだやる事が多い。
その中でずっと考えていたものにそろそろ着手したく、クリスに相談してみた。
「ダムって言うらしいんだけど」
そう話すのは巨大なダム湖の建設。
中々立派な山脈が近いこともあり、数年に一度は大きな水害がある。
流れる河の整備を含めて貯水出来るダムはこの領地に果てしない恵をもたらすはず。
ただ、内容が内容なだけに多くの専門家を広く集めて十年は完成までに見越している。
「うん、直ぐに人を集めるのは難しいかもしれないけれど、今から進めていいんじゃないかな」
「良かった、これからも協力お願いします」
「当たり前だよ」
手を取り合って微笑み合う私にクリスがジッと私を見た。
「最近眠れている?」
「え?」
「食欲もなさそうだ」
クリスの指摘に思わず唸る。
確かに王都から帰宅し、また陞爵のため王都に向かい帰った辺りから体調が芳しくない。
さらに追い打つようにサミエルの婚約式や領民権のこと、王太子殿下の滞在に向けた準備に新しい魔道具の開発や研究など、働き詰めでもあった。
「一度主治医に診てもらおう」
心配するクリスの勧めもあり、レスターが主治医を呼んできた。
「おめでとうございます」
そう告げられたクリスが新緑の瞳をこれでもかと見開いた。
「安定期までは無理をなさらず、暫くはゆっくりなさってください」
主治医を見送ったクリスが椅子に座る私の前に跪き、手を握って額に付けた。
「ああ、ありがとう」
震える肩に泣いているのだと気付く。
「まさかあんなことをしでかした私が、ああ、君は私の女神だよ」
言い過ぎだ、流石に照れてやり場のない感情に振り回されてドキドキと心臓がうるさい。
けれど、こんなに喜んでくれるなら。
「クリス、これからも良き父として夫としてよろしくね」
そう告げると、綻ぶような笑みを浮かべたクリスに抱きしめられた。
その後、報せを聞いたサミエルがこれでもかと祝いを寄越し、フィンが泣き崩れ、王太子殿下からベビーベッドが送られてきた。
早いのよ。
暫くして叔父であるファステン侯爵がカルバーノ邸にやって来た。
母に似た面立ちと私と同じ赤い髪に青い瞳の叔父は私たちを前に溜息を吐いた。
「本来ならばハルシオに祝いに行かせるつもりだったが、身籠った報せを聞いて寝込んでしまってな」
何故?
不思議そうに見る私にクリスが咳払いをした。
「あー、いや父が口を挟まなければハルシオとの縁談を一時期考えていた」
「はあ……」
バツが悪そうな顔をしながら叔父の説明を聞く。
どうやらクリスとの結婚後もあわよくばと思っていたらしい。
何度かあった見合いの席で「私には思う人がいる、君と婚約しても君を愛することはないだろう」と宣っていたと。
そうして潰えた縁談は去年だけで五つ。
年末に再会してからは尚更どうにかしてほしいとお祖父さまにまで掛け合って袖にされていたらしい。
それがいよいよ妊娠となり可能性が無くなったと漸く気づいたら寝込んでしまった、と。
「そんな約束もお話もしていませんが」
「わかっている、アイツの暴走だ、情けない」
彼、嫡男ですものね。
私とクリスは顔を見合わせて困ったように笑うしかなかった。
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