第29話 夜会

 商会からドレスとタキシードが届き、カタリナ嬢を迎えて慌ただしく夜会の準備に入る。

 朝から身体を磨き上げドレスに着替えているとそれだけで草臥れてしまう。

 漸く支度を終えて階下に降りるとクリスとサミエル、パレタイン男爵がエントランスで待っていた。

 今日のドレスは絹織物をふんだんに使ったドレスになっていて、私は身体に沿うような落ち着いたデザイン。

 白のドレスには金糸で細やかな刺繍が施されている、差し色に使われているのは明るいグリーン、オフショルダーから見えるデコルテを彩るネックレスと耳飾りはペリドットをメインに使っている。

 クリスも揃えたデザインで刺繍は赤い糸をアクセサリーにはサファイアを使用した。

 カタリナ嬢のドレスはふんわりとしたプリンセスラインの可愛いドレスになっている。

 青を基調としたドレスにはアンバーのアクセサリーを合わせている。

 サミエルもまたデザインを揃えて栗色の差し色を入れたタキシードにシトリンのアクセサリーを合わせている。

 「今日も綺麗だね」

 「とても可愛いよ、義姉さんも素敵ですね」

 二人からの賞賛を得て私たちはカルバーノ子爵家の紋章が入った馬車に乗る。

 子爵家という立場上王宮までそこそこ距離があるが、その間にカタリナ嬢へ今日の予定を話す。

 今日は私とクリスを筆頭にしてカルバーノ子爵家と付き合いのある貴族への挨拶、同時にカルバーノ傘下にパレタイン男爵家が入ることを暗に伝える、パレタイン男爵家側としては次期パレタイン男爵としてのサミエルと夫人となるカタリナ嬢を紹介、これも同時にカルバーノ子爵家として私とクリスが立つ。

 不測の事態でも起きない限りはこの予定、起きそうではあるのがクリス関係だろうけれど、そこは陛下や殿下たちがどうにかすると昨日嬉しそうに通信魔道具で連絡してきた王太子殿下が言っていたので任せるつもりだ。

 そんな話をしているうちに王宮に着き、控室に通される。


 侯爵家以上の貴族であれば控室は個室を用意されている、が伯爵家以下は数も多く婚活などもあり一家ごとの参加人数も増えるため、幾つかある大部屋へと本来であれば案内されるのだが、私たちが通されたのは個室、しかも公爵家が通される区画だった。

 「これは、」

 パレタイン男爵が震えている。

 まあそうだろう、私も震えそうだし。

 「多分私のせいかな」

 気まずそうに髪を掻き上げたクリスが苦い笑いを浮かべた。

 「気遣いだと思いましょう」

 諦めたようにサミエルが笑った。

 そこへ控えめなノックが鳴る。

 「はい」

 「カルダム=エルストさまが面会に来られています」

 カルダム=エルスト……オッフィさまの弟君!

 私は慌てて家族に目配せをして返事をする。

 「お通しして」

 一拍置いて扉が開き、オッフィさまによく似たそれでいて精悍さのある青年と何処かで見たような小柄な少女が入ってきた。

 「お時間取らせてしまい申し訳ありません、カルダム=エルストです、彼女はクリスティン=ユーフォリビア、ユーフォリビア国の王女殿下で私の婚約者です」

 「ユーフォリビア……セダム王子の!」

 「その節は兄がお世話になりました、カルバーノ子爵」

 にこりと笑う顔にセダム王子の面影がある。 

 「兄からカルバーノ領やカルバーノ子爵ご夫妻のお話をたくさん聞いていたので是非お会いしたく、カルダムさまにお願いしたのです」

 「私の姉とも仲良くしていただいてるようで、一度ご挨拶をと考えていましたから」

 カルダムさまがチラッとクリスを見てから私に片手を差し出した。

 その手を重ね握手を交わすとそのまま時間まで雑談をすることになった。

 クリスとカルダムは最初こそ気まずさがあったのも、カルバーノ領地の話になってくるとその気まずさは形を顰め、随分と話が盛り上がった。

 

 下位貴族から順番に入場するシステムになっているため子爵家である私たちは結構早めの入場になる。

 名前を告げられ入場する頃に会場に居るのは騎士爵位、準男爵家、男爵家、子爵家と数は多いけどそう気をつける程の家格は居ない。

 私たちは壁際に寄って他の入場を待つ。

 そのうちにチラホラと取引のある方々から簡単な挨拶を受けて、ファステン侯爵家の入場となる。

 ハルシオがこちらに気付いて足早に向かってくると簡単に挨拶したあとそのまま居座った、何故?


 エルスト公爵家が呼ばれ、ハルシオさまとクリスティンさまが私たちの方へと向かってくる。

 「やあ、ハルシオ」

 「カルダム、こちらは?」

 「ああ、私の婚約者でクリスティン=ユーフォリビア、クリスティンこちらはハルシオ=ファステン侯爵令息、私の友人だよ」

 「初めまして、ハルシオさま」

 「初めまして、王女殿下」

 そんな挨拶を交わしながら私たちの傍に居る彼らのせいで、何故かすっかり注目を浴びてしまった。

 軈て一際大仰なファンファーレと共に王家の入場が開始された。

 国王陛下に王妃殿下、次いで王太子殿下と王太子殿下の婚約者であるオッフィさま、因みに頑なに愛称呼びを強要されたため私はオフィリアさまをオッフィさまと呼ぶようにしている、オッフィさまは満足そうだが、ずっと王太子妃教育のため同年代の友人が居なかったオッフィさまは私と会話することをとても楽しんでらっしゃる。

 水を差せる勇気はないので、私は早々に両手を挙げて降参している。

 その王太子殿下含む王家の面々が私たちの方向に歩いてくる、なんで?

 普通王家用の席に座る者では?その後順々にご挨拶に貴族が向かうのが慣わしで、場内を歩く者では……あ、目の前まで来ちゃった。

 「よく来てくださいました、義姉上、兄上」

 王太子殿下がすっごく良い笑顔でいらっしゃる。

 「ユーフォリビア王女も楽しんで欲しい」

 なんだかもう訳がわからない、私の横のクリスも驚きすぎて固まっているし。

 そうこうしているうちに王家の皆さまは本来の席に座り、開会の挨拶になった。

 国王陛下から今年一年の働きを労われ、来年への激励を受ける。

 その後ダンスが始まるはずが王太子殿下が立ち上がった。

 「私は来年半年から一年をカルバーノ領で勉強したいと思っている」

 聞いてませんが?

 ついクリスとサミエルを見るが二人共が私と同じ顔をしている。

 「現在カルバーノ領地はこの国の最先端技術を持っている、特に目覚ましいのは衛生管理を含む福祉関連だろう、更に最新の魔道具の積極的な開発と導入、外交に関しても、だ」

 王太子殿下が周囲を見回す、他の貴族も思惑はあれど王太子殿下の言葉を待っている。

 「先立って兄であるクリストファーがカルバーノ子爵と婚姻を結び既に冷戦状態にあったユーフォリビア国から王女を我が国の筆頭公爵家の嫡男と縁を結ぶに至る切っ掛けを作った」

 カルダムさまとクリスティンさまが一歩前に出て軽く頭を下げた。

 これで二人の婚約が周知された、中々上手い。

 「そのカルバーノへ留学というか勉強をしに行くために調整をしてきた、兄上の結婚式にて暫く滞在したが驚きの連続だった、カルバーノ領地について知る貴族もあるだろう……」

 王太子殿下がその後もカルバーノ領を随分高く評価した話をしている。

 周知からチラチラと不躾な視線を感じる。

 「……以上のことから私自らがそれを知るべきと判断した、更にここまでの功績と以降の関係を考慮し、国王陛下並びに宰相などと協議した結果、カルバーノ子爵には伯爵へ陞爵することが内定した」

 寝耳に水ですが?

 はい?何ですって?

 私の肩を叩いたのはハルシオ、コイツ知ってたな?

 「では、今日は楽しんでくれ」

 そう締めてから手をあげ合図をするとオーケストラが演奏を始める。

 王太子殿下はオッフィさまの手を取り場内の中央へ出てダンスを始めた、一曲が終わり上位貴族が踊り始める。

 傍にいたカルダムさまとクリスティンさまもダンスに向かう。

 私にダンスを申し込もうとしたハルシオはサミエルとクリスに阻まれて舌打ちをしている。

 皆が踊れるようになり、クリスが私に手を差し出した。

 「踊っていただけますか?」

 私はその手に自分の手を乗せて微笑んだ。

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