第18話 感謝祭
準備期間の短さがあり、怒涛の忙しさに目を回しているうちに感謝祭がやってきた。
初めての領地をあげて行う催事とあって領民からも嬉々として協力があった。
治安の維持のために派遣されている憲兵だけでは手が回らないという部分は自治会や商人組合が中心となり今回のために自警団を新たに組み直してくれた。
これにより感謝祭だけではなく電気柵の見回りも負担が軽減されることとなった。
また遠方に出ていた身内が感謝祭を機に帰郷したりと人の数もかなり膨れ上がっている、噂を聞いた領地外からの観光客もよく見かける。
「凄いわね」
開会の挨拶のために広場に向かうといつも以上に賑わった街に思わず笑みが溢れる。
「この後司祭からの言祝ぎがあって、リオはその後が出番になるから今のうちに休んでて、午後からは一緒に見回りに行こう」
クリスがそう言いながら私を控室にエスコートしてくれる。
また少し長くなった髪を後ろにゆるくひとつに纏めて肩にかけた髪が金色に煌めいていて、純粋に綺麗だなと思う。
今日のために用意したフロッグコートは私のドレスに合わせたジャケットとお揃いになっている。
「クリスは随分格好良くなりましたね」
「え?」
控室に案内され扉を潜る前にそう告げると一拍置いてカッと顔を赤らめたクリスがその場にしゃがみ込んでしまった。
「ちょっ、君のそういうところ狡いですよ」
「思ったことを言っただけですよ」
しゃがみ込んだまま恨めしそうに私をチラッと腕の隙間から見上げたクリスが小さく「ありがとう」と言った。
「格好良くなったって以前は格好良くなかったのだろうか」
「何の話です?」
広場を見渡せる場所で今日の進行をするサミエルと並んでいると先程のリオの言葉を思い出した。
ジッと私を見る赤い髪の隙間から見える深い海の青を携えた瞳を瞬かせて不意に口にした「格好良くなった」という発言。
不意打ちにカッと頭が沸騰しそうになりながらなんとか控室に彼女を案内して戻ってきたが、格好良くなったと言われた嬉しさのあと疑問が湧いてきた。
「え?義兄さん、義姉さんに格好良いって言われたんですか?羨ましい」
義弟のサミエルは義姉であるグロリオサを崇拝している節がある、結婚して暫くは彼からの信用が皆無でしかも敵意を向けられていたため、今のように砕けて話せるようになるまでは随分時間がかかった。
今では仕事面もプライベートでも良い家族であり友人だと思っている。
「格好良いじゃなく格好良くなったというのは矢張り以前は格好良くなかったんだろうか」
「今格好良いならいいじゃないですか、僕なんてお世辞でも滅多に言われないのに」
仲良く、なったんだよな?
「まあ、最近の義兄さんは雰囲気がかなり変わって綺麗な王子さまって印象から精悍な貴公子って感じにはなりましたよ」
私と変わらぬ身長のサミエルが彼女とそっくりな深い海の青を私に向ける。
「僕から見ても格好良いと思いますよ、今の義兄さん」
ニコリと笑ったサミエルに私は話を切り上げて広場に視線を戻した。
開会式から盛況でクリスが手がけたユーフォリビアの特産品を集めたメイン会場には朝から長蛇の列が出来ていた。
セダム王子も嬉しい悲鳴をあげながら、接客に余念がない。
ここで新しい販路を得れれば外貨獲得の取っ掛かりになると息巻いていた。
私とクリスはサミエルに後を任せて、見回りに出ている。
メイン会場を抜けて中央広場から街道に伸びる通りと港に抜ける通りは道幅も広く、露店が立ち並ぶ。
教会には併設の養育院で子どもたちとボランティアが作ったアミュレットを販売している。
全て教会での祈祷を施した厄除けらしい、効果のほどはわからないけれどここで得た収益は教会と養育院に回されるとあって司祭さまが張り切っていた。
他にも各所がそれぞれに企画をした催しものが領都内を賑わせている。
実用的なものからよくわからないものまで。
一番よくわからないのは、魔塔主催の大道芸だったりする。
魔術を使わない奇跡とかが売り文句で有能な少年少女に魔塔へ関心を深めてもらうため、ありきたりではない衆目を集める企画と報告書に記載されていた。
いや、何で魔塔なのに魔術を使わない大道芸になったのさ?
「領都外の村々も小規模ながら感謝祭を行っているらしいよ」
クリスの報告に私は笑顔を返す。
「大成功ね」
「君が私を信じて任せてくれたからだよ」
「クリスが実力のあるひとだっていう事は学園時代から知っていたもの」
照れたように笑うクリスに自信が漲って見えた。
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