第16話 来訪者

 お互いに現在の相手を想う気持ちを確かめ合ったところで何か変わるかと言えば既に夫婦であるし特別に何かが変わったわけでもなかった。

 ただ少しだけ変わった私とクリスの空気を敏感に察知したサミエルが不信感を露わにクリスをじっとりと見たりするぐらい。


 夏真っ盛り、電気柵ならぬ雷魔術柵の設置も順調でその効果として弱いが数の多い魔獣の駆除報告も届いている。

 現在の問題点は発動の度に魔石が作動するため魔力の消費が激しく、魔石に魔力を注入する作業に魔塔へ発注する頻度の高さ、強いてはその費用。

 また魔石の状態を確認するための人員確保。

 人員はこちらが考えるとして魔石の魔力消費量の軽減は魔塔の管轄なので、そちらへ要請しなければならない。


 午前中は指示書を作成するのに費やして午後には珍しく国の北側にある隣国から輸送船が港に入る。

 あまり国交がない上に北にある隣国ユーフォリビア国は厳しい自然環境から豊かとは言えず海軍こそ優れた船を所有しているが、民間の輸送船は大型を用意することが難しい。

 そのため今まではカルバーノの輸送船を使いこちらから船を出していたのだが、今回は国策の一つとして貿易船が導入され初めてのユーフォリビアからの船が入る。

 もちろん領主の私が出迎えないわけにはいかない。

 簡単な昼食を片手間に取りながら、デイドレスに着替えて身支度を侍女たちが嬉しそうにしているのを成すがままに身を任せている。


 「今日も綺麗だね」

 玄関に向かい階段を降りればエントランスに既に来ていたクリスがふわりと微笑んで手を差し出してくれる、その手に手のひらを軽く乗せてエスコートを任せると私たちは馬車に乗り込んだ。

 邸のある丘を下り白い土壁の街並みを馬車で走る、遠くに水平線が見えて数多くの帆船が並んでいる。

 一際大きな見慣れない船にユーフォリビアの国旗がはためいていた。

 「随分と大きいね」

 「ええ、船の規模だけでも今回の交易にかける気合いが滲み出てますね」

 「今まで軍部に割いていた予算をもぎ取って交易船を造船したのは確か王太子だったね」

 少し考えるように新緑の瞳を細めたクリスは直ぐに表情を戻して和かに笑った。


 ユーフォリビアの交易船はかなりの大きさで私たちが港に着く頃には積荷を下ろしながら威勢の良い声があちらこちらから溢れていた。

 「サミエル!」

 「あ、義姉さんに義兄さん」

 先に到着していたサミエルが買い付けたものを倉庫に運び入れる指示を出している。

 船からも人が続々と降りてくる、その人垣をフィンを始めとする商会のメンバーが誘導しているのをゆっくり見回りながら船長を探す。

 「あれ?クリスフォードじゃないか?」

 大きな声で名前を呼ばれたクリスがびくりと体を揺らした。

 「お久しぶりです、セダム王子」

 「随分と元気そうだな」

 船から悠々と降りてきた身なりの良い黒髪に褐色肌の青年が片手をあげて私たちに向かい歩いてきた。

 「まさかクリスフォード王子にここで会えるとはな」

 「今はこのカルバーノ女子爵の夫ですよ」

 暗に王子ではないと伝えるクリスの表情に暗さはなくホッとした。

 「君がカルバーノ女子爵かな、ユーフォリビア第一王子のセダムだ、よろしく頼む」

 「グロリオサ=カルバーノです、こちらこそよろしくお願いします」

 出された手に握手をして挨拶を交わすと、ついっと伸びてきた手が私の手を引き剥がした。

 「商人たちから聞いてはいたが、想像以上に麗しい女性だな」

 「そうでしょう」

 セダム王子と和かに会話をしながらクリスが私を背に庇った。

 「ふん、クリスフォードは王都を出たとは聞いていたが、以前より随分と顔色が良くなったじゃないか」

 「ええ、こちらに来てからはすっかりと、さあ暑いでしょう、冷たい飲み物を用意しますよ」

 私の腰に手を回して引き寄せながらセダム王子を馬車にクリスが案内する。

 セダム王子は気を悪くするでもなく楽しそうに笑っていた。


 商会の応接室に案内して今期初売り出し中のオレンジを使った冷たい炭酸水を出すと、最初こそ驚いていたセダム王子はいたく気に入ったようで製法について何度も探ってきたのをクリスがのらりくらりと躱す一幕があった。

 私は提示された売り物の積荷のリストから商会が購入するものをリストアップしている。

 目新しいものは少ないが高品質の魔石素材は電気柵の抱える問題にも使えそうで少しほくそ笑む。

 「あら?ユーフォリビアでは加工肉の種類が随分とあるのね」

 「ああ、長期間雪に閉ざされるような国だからな、どうしても保存が先に立つんだ、せめて保存食をマシな味にしたかったんだろう、寒冷地でも育つハーブが見つかってからは尚更だな」

 ザッと見ても数十種類はある、今回は試食をメインに考えているようだ。

 それぞれ、そう多くない量を種類多く持ち込んでいる。

 「私にも見せていただけますか?」

 クリスがそう言って私の手にあるリストに目を通す。

 さらりと垂れた金糸の髪を掻き上げると洗髪料に使っているシトラスが鼻先を擽りついうっとりとその横顔を見つめてしまった。

 暫くリストに視線を落としていた新緑の瞳が私の瞳を捉えてごく僅かに薄く笑んだ。

 「これ、例の祭りで使えそうですよ」

 私の頬をついっと指の背で撫でてからリストを弾く。

 「ユーフォリビア特産展」

 思わず目が点になる、なんだその前世のデパ地下企画もの感は。

 間違っても元王子さまの口から聞きたくなかったな。

 「企画展ね、確かに賑わいそうね」

 「加工肉祭りですね、この辺りの売り文句はフィンが得意でしょうから、場所は中央広場北側の野外劇場の周辺なんて良さそうですね、リオ、良ければ私に任せてくれませんか?」

 「私は構わないけど」

 チラッとセダム王子を見ればセダム王子も面白そうに顎に手を当てて考えている。

 「俺も構わん、こういう時のクリスフォードは信用出来るからな」

 「では、今後細かい話は私を通してくださいね」

 うっそりと笑ったクリスに大きく笑い出したセダムが了解と手で合図した。

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