第10話 結婚式とガーデンパーティ

 怒涛の忙しさから解放されたのは結婚式当日の朝でした。

 侍女やメイドに起き抜け早々囲まれた私が体を磨かれ丁寧に梳った髪を結われて、普段はそこまでしないお化粧を施され着替えを済ませてベールを被る頃にはすっかり昼前になっていた。

 

 式を教会で行うつもりだったのを邸内のガーデンに変えたのは、この領地らしい理由だった。

 港に入る交易船や商人たち、街への出入りの多さから招待客の警護が難しいとして中庭に神父さまを招き挙式を、その後馬車で領都である街を周り戻ってからの披露目のガーデンパーティとなる。

 朝から張り切っていた侍女とメイドが大仕事をやり切ったとばかりに額の汗を良い笑顔で拭う。

 

 「わぁ!義姉さん、すごく綺麗だよ」

 今日私をクリスフォードまでエスコートするサミエルが部屋に入ってきた。

 「ありがとう、あなたの時には私にも頑張らせてね」

 「僕?僕は別に結婚する気はないんだけどね」

 「またそんな事を言って……」

 私が義弟を引き取ってからもうすぐ三年、その間何かにつけて同じような事を言っていた。

 物腰が柔らかく学園でも下位貴族の息女たちから密かに人気があったのを知っている。

 その度に「僕は義姉さんと領地を発展させる方が幸せなんだよ」と穏やかに拒絶をしていた。

 お祖父さまから支援していただいた最初の開拓費用は二年も経たずに返済出来た、それを支えたのはサミエルであったのは間違いない。

 その手腕と私にだけ甘い態度にいつかお祖父さまが「お前がグロリオサと血が繋がっていることが残念でならんよ」とまで言わしめていたし「僕も残念です、血が繋がっていなければ義姉さんの夫になれたのに」とか言い出した時は本気でサミエルの縁談を探そうとした。

 「どのみち継げる爵位もないし、頭を使う方が好きな僕が騎士爵を得るのも難しいからね、今のままが良いんだ」とある意味生涯独身宣言に近いものもされてしまった。

 

 「義姉さんがカルバーノの役に立つという縁談なら考えるよ」

 「そんなことさせる訳がないでしょ」

 「うん、知ってるよ」

 小さく笑ったサミエルが肘を差し出した。

 「さぁ時間だ、義兄さんが待ってるよ」

 「うん、行きましょう」

 私たちは中庭に向かい歩き出した。


 真っ白な絹を使ったタキシードの襟とハンカチに私の髪色である赤を差し色とした艶やかなクリスフォードが私を出迎えた。

 サミエルから私を託されふわりの笑う新緑の瞳は思わず愛されているのではと錯覚しそうになる。

 「すごく、綺麗だよ」

 「あなたも素敵ですよ」

 そんな会話を小声で交わし中庭に作られた小径を歩いていく。

 厳かな雰囲気の中、神父さまに祝われて滞りなく式が終わった。

 既に閨を共にしていることもあり、誓いのキスにも抵抗はあまりない、はずが、頬を赤らめたクリスフォードに釣られて私まで恥ずかしくなる。

 街へのパレードのために参列者が花びらを撒く小径をゆっくり二人で戻っていく。

 「兄さんおめでとう」

 その小さな声にクリスフォードが足を止めた。

 「な、んで?お前たちが?」

 視線の先には王太子となった第二王子殿下と婚約者であるオフィリア公爵令嬢が微笑みながら花籠を持ち花びらを投げている。

 「兄さん、話は後後!ほら行かなきゃ」

 「あ、え、うん?え?」

 戸惑うクリスフォードを促して私は馬車に向かい小径を歩いた。


 馬車に乗りこむと邸の門から街までずらりと領民が並んでいた。

 この日のために用意した真っ白な馬車に乗り大きめに作った窓を開けて祝いに集まっている領民に手を振る。

 笑みを作り過ぎて引き攣りそうな私と違い、流石元王族、クリスフォードの笑みは崩れないまま街を回って邸に戻ると直ぐにカクテルドレスに着替えさせられた。

 クリスフォードの金糸の髪と同じ薄い金色の絹には緑の糸と宝石を使って細やかな刺繍が施されている。

 エントランスで落ち合ったクリスフォードは私の赤い髪と同じ赤いタキシードに青い刺繍を施している。

 金糸の髪のクリスフォードに赤が映えるのも少しばかり気恥ずかしい。


 中庭に出ればすっかりガーデンパーティの用意がなされている。

 サミエルとフィンが会場を上手く回しているようだ。

 「兄さん」「クリスフォードさま」

 ふと声をかけられてクリスフォードがアルカイックスマイルを崩した。

 「カルバーノ子爵、おめでとう」

 「ありがとうございます王太子殿下、エルスト公爵令嬢」

 私が答えてようやくクリスフォードが声を出した。

 「な、ぜ?」

 「カルバーノ子爵のおかげかな」

 ぐんっと勢いよくクリスフォードが隣に立つ私に顔を向けた。

 私はぷっと吹き出してクリスフォードの背を摩る。

 「正式にはファステン前侯爵の代理だよ」

 「前侯爵の」

 「あっと君たちに挨拶をしたい人たちがいっぱいいるね、夜にでもゆっくり話そう、滞在中はこの邸に世話になることになっているから」

 クリスフォードに似た笑みを浮かべた王太子殿下が片目を閉じて公爵令嬢を連れパーティに戻って行った。

 

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