第9話 蜜月?そんな暇があるとでも?

 名実共に夫婦生活がスタートした。

 商会に案内をした翌日こそ昼過ぎまで起き上がれなかったものの、午後からは執務室に缶詰になっていた。

 サミエルは商会に朝から夜まで詰めているのは初めて丸々と任せていた絹織物の流通を本格的に始めるための準備らしい。

 学園時代の友人の伝手を最大限に活かし走り回っている、私は領地に関する書類に加えて結婚式と披露宴の準備に追われている。

 クリスフォードは最初の一週間こそ邸や領地に慣れることを主にしていたけれど、二週間目に入る頃には私の執務室に机がひとつ増えていた。


 「そういえば、他の交易港がある領地に比べて随分と航海期間が長いんだね」

 「うん?ああ、だって原因がわかっているから対処も出来るから」

 クリスフォードが手を休め話を聞きたいと目で訴えかける、ちょうどキリも良いところだったので休憩にしましょうと応接セットのソファに移動しました。

 「セバス、私は珈琲を、クリスには紅茶をお願い」

 私がソファに座るのを待ってからクリスフォードが隣に座る。

 「この国を始めとして何故長い航海が出来ないか、前世の世界では壊血病と呼ばれていたものが一番の原因なの」

 「うん?待って?前世って?」

 しまった、話していませんでした。

 「話そびれてました、私『前世持ち』なんです」

 クリスフォードが目を丸くする。

 「なので、この領地に施している施策や壊血病のことは前世の記憶によるところが大きいんです」

 「なるほど」

 これまでに見たものに漸く納得がいったとクリスフォードが笑って頷きました。

 「話を戻しますね、壊血病の主な原因はビタミン不足と言われていました、とは言っても栄養素はわからないですよね要するに野菜や果物の不足なんですよ」

 「びたみん」

 「栄養素に関しては現世にほぼ知識がないですからね、野菜や果物と対処がわかっていれば対応すれば良いことですから」

 運ばれてきた紅茶を飲みながらクリスフォードが頷く。

 肩に回された手が私の髪で遊んでいるのは最近のクリスフォードが考え事をする時の癖です。

 「それで飛躍的に航海期間が伸びたのか」

 どうやら納得してくれたようです。

 

 

 クリスフォードの仕事で現在最も活躍するのはその語学力、元王太子であったため話せる外国語がかなり多く初めて見る言語での書状などサラッと訳せてしまえるから、こっちが驚かされてしまう程。

 最近は外国からの商船が港に着くとそちらへ交渉に赴いている。

 政治的な駆け引きを幼い時からやってきたため、商人相手に結構グイグイとやり込めているのを見ると頼もしくもある。

 さらにアイデアが豊富、販売に関わる発想は時折サミエルすら驚かせるほど、最近では商会から新しく売り出す製品の販売アイデアをクリスフォードとサミエル、フィンまでが一緒になって会議していたりする。

 

 日々の雑務に追われているうちにクリスフォードが笑って過ごす時間も増えたように思う。

 例の断罪劇の後に見せていた暗い表情はすっかり見えなくなっていました。

 

 「そう言えば、結婚式に誰も呼ばなくて本当に良いの?」

 「私はもう王籍から抜けているからね、呼ぶ相手がいないんだよ」

 そんなことはないと思うんだけど、学園では常に周りに人がたくさん集まっていたのに。

 「王太子で無くなれば消えてしまう程度の繋がりしかなかったからね」

 寂しそうに笑うクリスフォードに私の胸の奥がチクリと痛んだ。


 そうこうしているうちに更に月日が流れサミエルとクリスフォードがいそいそと誂えていたウェディングドレスが届いた。

 肩の出るエンパイアドレスは透明感のある白地の絹に繊細な網目のレース、レースに編み込まれた真珠が優しく煌めいている。

 

 「綺麗ね」

 「気に入った?」

 クリスフォードとサミエルが姿見越しにニコニコと私の反応を待っています。

 私はこくりと頷いてドレスを眺めました。

 「僕たちでデザインしたんですよ」

 そう、何故か私のドレスを二人がデザインから手を尽くしたそう。

 驚きの才能です。

 「二人ともありがとう、とても素敵だわ」

 姿見を見ながら二人に礼を言えば二人はうっとりと微笑んだ。


 コンコンと控えめなノックの後、セバスが声をかけてきた。

 「庭師からウェディングブーケのご相談があると」

 「そうか!なら私が行こう」

 嬉々としてクリスフォードがセバスと自身に付けた侍従のレスターを連れて部屋を出た。


 「ねえ、サミエル?」

 クリスフォードの気配が遠ざかったのを確認して、私はまだ姿見に映る私のドレス姿をうっとりと見ているサミエルに声をかけた。

 「どうしたの?何か気に入らないところでもあった?」

 「違うわ、ドレスはとても気に入っているわ、そうじゃなくて折いって貴方に少し相談があるのよ」

 私は二人きりになった室内でサミエルに耳打ちをするように考えていたことを相談した。

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