第7話 フィン

 長旅の疲れに加えカルバーノ領内ではしゃいだせいもあったのか、クリスフォードは夫婦共用の寝室に入るなりソファで寝てしまい、私は広々と大きなベッドで休むことになった翌朝、元気に頭を下げたクリスフォードに私は苦笑していたが、サミエルが機嫌が良いのでまあ良かったのかもしれない。

 とはいえ白い結婚にしないと決まった以上今夜には初夜を済ませることにはなりそうだと、密やかに覚悟を決めて執務室に籠った。


 午後から商会に向かうため、私とサミエルは領地改革関連の書類仕事を午前中に済ませることになっている。

 その間クリスフォードは本来であれば領地に帰ったサミエルの専属侍従になるはずだったセバスの孫であるレスターがクリスフォードの専属侍従兼護衛となり、邸内を改めて回ることになった。

 クリスフォードは嬉々として邸を回っているらしく、執務室の窓から見える中庭の四阿で庭師を含めて何やら話し込んでいるのが見えた。


 「子爵さま、こちら前侯爵さまより緊急の報告が入っております」

 セバスから渡された封筒を受け取り、封を切ると書状に目を通す。

 「ああ、やっぱり僅かだけど例の男爵家から催眠作用のある禁止魔道具が見つかったらしいわ」

 「大丈夫なんですか?それ」

 「身体に影響はないようよ」

 「なら学園での殿下の様子が急に変わったのは」

 「これの影響も少なからずあったみたいね、まあ一時的ではあったみたいだから切っ掛けが魔道具であっただけだったらしいわ」

 催眠作用のある禁止魔道具、数十年前に近隣の国を揺るがした傾国の姫が使用したことで有名になり数多の国で所持することすら重罪とされる魔道具。

 今は魔塔ですら禁忌とされている魔道具だ。

 身体に影響はないが、宛てられた当人のタガを外してしまうらしい。

 継続して使用された痕跡がないことから、一度外れてしまった壁が戻せなくなっていたのかなんなのか、まあどちらにしろクリスフォードが学園で見せた姿もまた彼の一面でもあったのかもしれない。

 専門家ではないからわからないけど。

 処分が取り消されることがないことは理解できた。

 昨日、第二王子殿下の立太子と新たに婚約者として公爵令嬢がその地位に着いたということも書かれていた。


 午後になり、商会へ向かうため近距離用の馬車に乗り込む。

 邸から街までは少し距離がある、小高い丘にある邸を出て街道を走れば二十分程で街に入る。

 海に近い街並みは白い壁と真っ青な屋根の建物が並んでいる。

 涼やかな街並みを馬車がゆっくりと走る、軈て広場が見えてくると広場近くに大きな両開きのオーク材の扉に華やかな彫刻が美しい建物に着いた。

 「着きましたよ」

 御者が馬車の扉を開きサミエルが先に降りると習慣で私に手を差し出した。

 それを片手で制したクリスフォードが先に馬車を降り私に手を差し出す、私はその手に手を重ねて馬車を降りました。


 「随分と立派な建物だ」

 「うちの商会です」

 「これが?」

 まあ、ね?私だってこんな建物にするつもりは無かったのだけど、計画段階でサミエルとフィンが商会の面構えだからと押し切った建物は、初めて交易をするような相手には充分効果を示してくれた。

 「さ、行きましょう」

 サミエルに先導され私たちは商会の扉を潜った。


 「後卒業おめでとう御座います」

 商会に入るなり従業員が立ち上がり私とサミエルに祝いを述べた。

 ガサリと大きな花束を抱えた銀縁の眼鏡とサミエルより少し高い背の長い黒髪を後ろに束ねた青年が、手にした花束を私に差し出した。

 「グロリオサさま、こちら商会の皆からのお祝いです」

 「ありがとう、フィン」

 「皆もありがとう」

 純粋に祝われた嬉しさに花束を受け取り礼を言う私の横でサミエルが渋い顔をした。

 「皆、報告があるの」

 私は商会の皆を見渡し声をあげました。

 「まず紹介するわね、こちら私の夫クリスフォード元王太子殿下」

 「は?」

 疑問を口にしたのはフィンだ。

 「結婚したの」

 「え?なんで?」

 詰め寄る勢いのフィンをサミエルが制して目線で奥へと促した。

 私はサミエルに促されるまま、奥の商会長室に向かいました。

 

 「フィン!待てって!」

 「サミエルさま!グロリオサさまが結婚ってどういうことですか?」

 「いや、だから色々あって」

 「元王太子と言えば今王都で騒がれている例の」

 「ああ、そうだな」

 閉める扉越しに聞こえたサミエルとフィンの会話がクリスフォードにもとどいていたようで、二人きりになった室内に嫌な沈黙が流れた。

 「えっと、彼は……」

 戸惑いながら聞いてくるクリスフォードの新緑の瞳が不安に揺れている。

 隠しても仕方がないものだし、と私はフィンについてクリスフォードに打ち明けた。

 「彼はフィン=ドルフ、ドルフ伯爵家の三男で商会の副会長でもあります」

 私はそこでひとつ息をつきました。

「子爵家を父たちから守ってそれから二年半、私を支えてくれたのはサミエルとフィンでした、あの二人が居なければここまで領地が落ち着くこともなかったでしょう」

 まだ騒がしい扉の向こう側の声に私は苦笑しました。

 「別に何かを約束していた、とかそういう話があったなどはないのですが、私も恐らくフィンも私が学園を卒業して領地に戻るタイミングで結婚するんじゃないかなと思っていたんです」

 それを聞いてクリスフォードが驚愕に目を見開き、くしゃりと顔を歪めました。

 表情を出してはいけない王族としては失格の顔です。

 「君は、それで良かった、のか?」

 「まあ、王命と言われましたし、結婚した以上は前向きにクリスフォードさまとの関係を築く方が建設的かと」

 実際、フィンとの結婚は吝かではなかったけれどそこに恋愛感情があったかと言われれば、ハッキリとないと言える。

 まあクリスフォードに対しては卒園記念パーティーの一幕で印象はマイナスなのだけど、言わない方が良いでしょう。

 私の言葉を聞き、あっけらかんとする私と対照的に今にも泣きそうな顔をしたクリスフォードが私の手を両手で握りました。

 「まだ愛せるとかそういうことを考えれはしないんだが、それでも君を愛せるようになりたいと」

 「思わなくて結構です」

 私はクリスフォードの言葉に被せて拒否を示しました、途端に情けなく眉尻を下げたクリスフォードにため息が出そうになります。

 「義務感で愛したりする必要はないでしょう、そんなの上手くいきませんよ、だから私たちは私たちなりの信頼関係を築きませんか?」

 そう提案するとクリスフォードは何度も縦に首を振っていました。

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