第5話 領地へ

 既に王都が見えなくなり乗り換えた馬車の中、私は足を伸ばした。

 「やっぱり足が伸ばせるのが良いよね」

 「まあ一週間座ったままはね」

 通常の馬車とは違い長距離移動のために手を入れた内装はフラットに近く、ソファに座れば足を伸ばせるように作り変えた我が家の特注品、自慢の馬車です。

 初めて乗るクリスフォードが珍しそうにキョロキョロとしているのを横目に備え付けの壁面に取り付けた折り畳み式のテーブルを開くと私は書類を広げました。

 「向こうに着くまでにこの辺りの仕事は終わらせて置きたいわね」

 しばらくキョロキョロしていたクリスフォードが戸惑いながらも私の手元に目を向けます、私は書類が見えるようにしながら積み上げた書類にサインを入れていきます、出来上がった書類の内容をサミエルが確認して纏めて行く、ガタゴトと馬車の進む音だけが響いています。


 「これは?」

 黙って書類を見ていたクリスフォードが興味を示した内容を見てみる。

 「ああ、消波ブロック」

 半年ほど前に交流を始めた小国にてコンクリートを見つけた私が港の補強後に着手した消波ブロックの作製と設置は、海に面した我が領地に是非欲しいとここ数ヶ月小国の技術者と打ち合わせながら進めている事業。

 その輸入に関する書類だった。

 「消波ブロック?初めて聞く」

 「そうね、この国では見ないはずよ」

 「義姉さんが最近力を入れていた事業ですよね」

 サミエルも書類を手に話に加わる。

 「コンクリートを見つけたからねぇ、港の護岸工事をしたんだし折角だから消波ブロックも欲しいよね」

 前世知識フル活用、こういうのを前世ラノベでは内政チートと呼ばれていた記憶がある。

 実際『前世持ち』がもたらしたと思われる技術が世界の彼方此方にあると、船の航行距離が伸び知らなかった国々と交易しているうちに気付いた。

 

 熱心に消波ブロックの説明を受けるクリスフォードは学園での三年生で見せた我儘で傲慢、浅慮さなど微塵も見えなく、憑き物が落ちたかのように目を輝かせている。


 例の騒ぎに加わった高位貴族子息たちは軒並み勘当や廃嫡と厳しい処罰が下されていた。

 そりゃあこの国に一つしかない公爵家を敵に回すような行動をしたのだから、それも致し方ない。

 当の男爵令嬢は複数の男子との密接な交流に加えその過程に於いて数多の婚約を潰してしまった責任と王族を謀り騒動を牽引したとして、取り潰された男爵家の資産では賄いきれなかった慰謝料を精算するため娼館に送られたらしい。

 クリスフォードも王籍を抜かれて辺境の下位貴族に婿入りという、本来であれば目も当てられない失脚のはずだった。

 そう、婿入り先が辺境のカルバーノ子爵家でさえなければ。


 「それよりやっと領地に帰れる方が嬉しいですね」

 サミエルがしみじみと話す。

 「王都は環境がねぇ」

 そうなのだ、領地が整備されていくに連れ王都の不衛生さが目につくようになっていた。

 河に直接流す汚水の匂い、水捌けの悪い路地に溜まったゴミ、様々な要因で王都の街中は結構な悪臭がしていたりする。

 それだけでも領地の方が過ごしやすい上に輸出入が活発になるに連れて様々な商品が行き交うため、王都より流行りが早い。

 さらに外資が入ってくることもあり領民全体が豊かになった。

 そうなれば消費が上向く、当然商業は盛んになり領地に回す資金も増える。

 現在、我が領地は小さいながらも王都より栄えているかもしれない。

 サミエルは私と二人三脚でここまで発展を支えてきた自負もあり、領地や領民へ深い愛着を持ってくれている。

 「一週間は長いですが、早く領地に帰りたいですね」

 そう呟くサミエルが柔らかい表情を見せた。

 

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