第24話 1次選考は小さなホールで

「はぁぁぁぁぁ緊張するっ……」


 軽コン1次選考、本番。

 声はちゃんと出るようになった。

 私は市民会館への道のりで言うと……。


「陽太先輩頑張ってください♡」

「フッ……かっこいい姿、見せてやるぜ☆」

「翼先輩……頑張ってくださいっ」

「う、うんっ」

「百航先輩っ。演奏、楽しみにしてます!」

「あはは……下手だけどね」

「大和先輩もっ。楽しみにしてますー!」

「ありがとう、頑張るわ」


 全員、私の方を見向きもしない!!


「まぁ、胡桃のことだし大丈夫だろ?」

「胡桃ちゃんならいけるよっ。かまそー!」


 智紀と優弥が励ましてくれる。


「なによー、胡桃のことだしって!」

「褒めてんだよ、褒めてんの」

「仲良いよね~」

「「良くない!!」」


 あーあ。いつものやつだ。仲良いねって言われて、返す時に声重なっちゃうやつ。もうこまごまだよ~!

 ※『こまごま』じゃなくて『こりごり』ね。胡麻ごまじゃないからね。


「北原学園は愛知だから、関東の花里は4次選考までぶつかることはないわよ。北原と戦いたいんだったら、今回は1位で突破できるわよね?」


 急に玲奈先輩に耳元で囁かれて、びくっとする。


「は……はいっもちろんです!!」


 なんかこういうこと言われると燃えてくるー!!


「楽しみにしてるわよ」


 玲奈先輩はそう言ってイケダリフォートップの方へ行ってしまった。


「うおおおおおお!!!」


 叫んでみたら、


「うるせえ!」

「うるさいなぁ!」


 優弥までにも怒られてしまったのであった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「エントリーナンバー8番、花里学園の皆さんです。今年は中学1年生の桜庭さんを迎え……」


 キラキラしたステージ。

 すでに7チームが立ったこのステージ。

 この演奏が、2次選考にも懸かってるんだ。

 四人からずっと、「ボーカルが大事!!」と何回も念を押されたんだ。

 ちゃんと歌えるような喉も取り戻せた。

 準備は万全なはずだ。

 でも怖い……私の歌声が、結果を左右する可能性だって高いんだよね?


「胡桃」


 大和くんから声をかけられる。


「プレッシャー感じる必要はない。莉乃たち、智紀や優弥に届くように歌えばいいから」

「……うん」


 そうだ。

 ステージに立つのは私だけじゃない。

 大和くん、陽ちゃん、つばっさー、かずかず。

 四人がいたからこそのステージだ。

 私一人じゃ歌えない。

 それぞれ一人じゃ弾けない。

 全員いてからこその、軽音楽部だ。


「じゃ、やるか」


 大和くんが手を出す。

 フンッ、覚えたんだよ! すごいでしょ!

 親指と小指を突き出して、大和くんに絡める。

 綺麗な五角形。

 私たちはこれを胸に――絶対に、突破する。


「花里学園軽音楽部、絶対1位通過するぞっ。ファイッ、」

「「「「「オー!!!」」」」」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「それでは演奏して頂きます」


 アナウンスの人が言い、私が一番最初にステージに出る。

 その後ろから、奥に楽器がある順番で全員出てくる。

 音楽準備室にある楽器やマイクよりも、キラキラと輝いている。

 今から私たちは、これを使ってみんなに演奏を届けるんだ。


「……すぅ、はぁ……」


 智紀から教えてもらった深呼吸。

 私の緊張すると深呼吸を早くしてしまう癖を知っていて、『クリスタルハート』のリズムを心の中で刻んで深呼吸しろって言ってくれたんだ。


「……こんにちは! 花里学園軽音楽部ですっ」


 奥の方には、彩里たちクラスメートが座っている。

 玲奈先輩は……一番後ろの列の黒ブレザーの北原学園の近くだ。

 北海道の大会は明日らしいから、わざわざ来てくれたんだ。

 あそこまで届くように……大きな声でっ!


「私たちはこのコンテストのために、皆さんの胸にっ、深く深く染みこんでいくような曲を作りました! ぜひ、聴いてください!」


 ――『プレッシャー感じる必要はない。莉乃たち、智紀や優弥に届くように歌えばいいから』


 大和くんの言葉を頭の中にリプレイ。

 振り向いて、全員と目を合わせる。

 最後につばっさーと目を合わせて――。


「♪君のその歩幅と その輝く笑顔で

  僕は救われたんだ 一緒に歩いて行こう」


 つばっさーのキーボードのストリングスに合わせて、高音を大事に歌う。

 陽ちゃんがゆったりとギターを弾いている。

 かずかずがおぼつかない指でベースを弾いている。

 この間奏は盛り上がるところだ。綺麗な曲ではあるけど、ドラムの大和くんもはっちゃけている。


「♪君が『生きる意味を無くした』なんて

  そんなこと信じられなくて

  『もう生きる意味なんてないかな』って

  僕に本音をこぼした」


 ゆったりしていて、テンポも一定じゃないから難しいけど。

 頭の中の楽譜に書いてある速度記号とかそういうのは全部無視して。

 今、歌いたいことを。

 今、伝えたいことを。

 それだけが歌えればいいって、分かった。


「♪ねぇ……今この瞬間 僕は生きてる 当たり前だとか

  何を言ってるの? これだけが奇跡なんだよ

  僕らにとっての最高の奇跡なんだよ」


 ここは高い音と低い音を往復するから、結構練習したなぁ。

 リズムも複雑だし、言ってしまえばここが一番難しかったかも。


「♪君が生きていることだって

  僕が生きていることだって

  紛れもない奇跡で

  地球の中でまた輝いてる」


 北原学園には、こういうことを思っている人はいないかもしれないけど。

 うちの学校にもいないかもしれないけど。

 きっと地球のどこかには、いるよね。

 自分が生きていることに、希望が持てない人。

 でもね、君が生きていることって、それ自体が輝いてるんだから!


「♪クリスタルハート ダイヤのような綺麗な心で

  クリティカルヒット 君の心まで届け

  クリスマスパーティー 君も来ようよ

  地球に必要のないと思ってた僕だって

  みんなと一緒にいるんだから」


『クリ』で合わせた歌詞。

 これは推しとのロマンチックな場面を想像した彩里が考え出した言葉だ。

 あ、歌詞作ってって言ったのは私たちじゃないよ!

 三人が、やりたい! って言ってくれたんだ……!


「♪君と来たクリスマスパーティー

  周りの男女は手を繋いで

  幸せそうに微笑んでる

  隣の君は 悲しそうだった」


 ギターのソロ。一番の歌詞で言うBブロックはソロで埋め尽くされてるんだ。

 エレキギターなのに、心に染みこんでくる音色。

 目の前にいる審査員5人は、目を見開いている。


「♪どうすれば君を笑顔にできるかな?

  僕なんかができることはないと思ってた

  でも今まで僕は君に大きなものをもらった

  だから僕の番だ……Ah」


 次は、ベースとキーボードで間奏を弾く。

 今までずっと一緒に育ってきて、学年も同じのつばっさーとかずかずは、息がとっても合っていた。

 ギターはお休みして、陽ちゃんが技術的に難しいメロディを鍵盤でつばっさーが弾く。

 キーボードの流れるようなメロディとベースの和音で、変ト長調に転調する。


 よし――最後だ。


 審査員の皆さん。

 北原学園の皆さん。

 彩里。

 七羽。

 莉乃。

 優弥。

 智紀。

 ――玲奈先輩。

 あなたをこのコンテストで、絶対に見返してみせる。


「♪君と来たクリスマスイルミネーション

  僕は君の手を取って見上げた

  ちらりと君の顔を見たら

  その瞳から涙がこぼれていた

  クリスタルのような透明の涙

  クリスタルハートから流れた雨は

  もう汚れていなかった」


 高いソフラットの高音。

 拳を握りしめて……最後まで歌いきった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る