第18話 清水姉妹とのショッピング①
お昼に近づき混み始めてきたファミレスを後にして、僕と清水姉妹はショッピングモール内のベンチに腰かけていた。
「さて、お腹もいっぱいになったことですし目的地に向かいますか」
「そういえば聞いてませんでしたけど、今日の愛さんたちの目的ってなんだったんですか?」
同行に同意はしたものの行く先はまだ確認していなかった。
「あれ、言ってなかったっけ? 今日は私と圭の服を買いに来たんだよ」
「え?」
それは僕がついて行っても大丈夫なのだろうか。
「服買うならやっぱり異性の意見も欲しいじゃん? いつもは私の幼馴染み連れてくるんだけど、今日は用事があるから行けないって断られちゃってさ。どうしようかなって思ってたらちょうど大輝君がいたってわけ」
「そうだったんですか。でも僕、あまり服の良し悪しとか分からないのでお力になれるかは分からないですよ?」
これは偽りなき僕の本音だ。正直、いつも休日は今のようにパーカーばかり着ているから、どんな服がいいかなんて全然分からない。
「そんな緊張しなくていいよ。私の幼馴染みなんていつも何を着てもまあいいんじゃないかしか言ってくれないし……」
「はは……」
思わず乾いた笑い声が出る。なぜだろう。愛さんの笑顔に少し闇を感じる。一瞬愛さんの目から光が消えたような。
「そういうことだから、別にファッションセンスとかは気にしなくていいから。それに圭も大輝君に服見てもらいたいよね?」
愛さんが清水さんの方に目を向け同意を求める。
「……私はどっちでもいい」
「でもどちらかというと大輝君に見てもらった方が嬉しいと」
「勝手にセリフ付け加えるな」
「我ながら寸分違わず圭の心を読んだつもりだったんだけどなぁ」
「一ミリも合ってねえから」
清水さんが愛さんを冷たい目で睨む。愛さんは全く気にしていないが。
「合格点貰えるくらいに読めてたと思ったんだけどまあいいや。圭もどっちでもいいってことは、大輝君がいてもいいってことでしょ? じゃあ、全員の合意も取れたことだし早速行こうか」
「行こうかって、店はそれぞれ行きつけのところに行くって話じゃなかったか?」
「そうなんですか?」
初耳の情報だ。てっきりはじめから、二人は一緒に同じお店で買い物する予定なんだと思っていた。
「元はそうだったけど、大輝君のお話を聞いて方針変更しました。みんなで一緒に私がよく行くお店に行きましょう」
「なんでだよ?」
「だって圭のよく行くお店の服は、清楚っていうよりボーイッシュでカッコいい服がメインじゃん。これから行くお店は可愛い服から清楚な服まで色々取り扱ってるから、そっちの方が圭にとってもいいんじゃない?」
「なっ」
愛さんがなぜか僕に視線を向ける。清水さんも僕をチラリと見てくる。見てくるというか睨んでくる。
「よし! 反論がないみたいだし今度こそ出発進行!」
その愛さんの一声をきっかけに僕たちは動き出すことになった。
僕と清水姉妹はショッピングモール内の衣類を主に取り扱うエリアに移動した。
ここには男女一人ずつの二人組はそれなりにいるが、男一人に対して二人の女性がいる三人組はなかなか見かけない。
周りから視線を感じるのは僕が気にしすぎというわけではないだろう。
愛さんは先ほど冗談半分で言っていたようだが、清水姉妹は客観的に見てどちらも美人だ。そんな二人と共に歩いている男がいれば周囲が気になるのも無理はない。
「あの愛さん、ちょっと居づらいんですが……」
とりあえず清水さんの右隣にいる愛さんにささやかな抗議をしてみる。
「居づらい?」
愛さんがぐるりと辺りを見回す。
「そういうことか。気にしなくても大丈夫だよ。他のお客さんも可愛い女の子二人と一緒に歩くラッキーボーイがちょっと気になるだけでしょ」
「だから自分で可愛いとか言うな」
僕の右隣に立つ清水さんがすかさずツッコミを入れる。
「言うだけならタダだし、いいじゃん。そんなこと言ってないで、お店に着いたから早く中に入ろうよ」
そう言うと、僕と清水さんが何か言うより先に愛さんはお店の中に一人で入っていった。置いていかれてしまった僕は清水さんの方に視線を向けた。
「観念しろ。店の中にいた方が視線も少ないだろ。私たちもさっさと店に入るぞ」
清水さんはそれだけ言うと店まで歩き始めた。
「待ってよ清水さん!」
僕は慌てて清水さんの後ろに続いた。
「お~い。圭に大輝君、試着第一陣決まったから試着室に来て~」
お店の中に入ると、店の奥の方から愛さんの声がはっきり聞こえた。もう最初に試着する服を決めてしまったらしい。
「清水さん、試着室の場所分かる?」
「ああ、愛に連れられてここにも何度か来てるからな。ついてこい」
清水さんに案内され、僕は試着室へと向かって歩いた。
「おい、愛、来たぞ」
試着室の前まで来た僕と清水さんはカーテンが閉まっている試着室を見つけた。
「よくここが分かったね。見つけてくれてよかったよ」
「見つけてやったからもう帰っていいか?」
「ちょっと待とう? ウルトラビューティーなお姉ちゃんが更に着替えてアルティメットビューティーになったんだよ。一回見よ? ね?」
「ビューティービューティーうるせえな。見せるならさっさとカーテン開けろ」
「妹が冷たくて辛いんだが。まあいいか、カーテンオープン!」
その声と同時に試着室のカーテンが勢いよく開いた。
「どうかな?」
そこにいたのは、シャツの上に少し大きめの黄色いカーディガンを羽織った愛さんだった。下は白いミニスカートで脚線美をこれでもかと見せているようだった。
「イエローのカーディガンに白いミニスカートを合わせてみました!」
「なんかあざとい。マイナス五億点」
「雑なうえに理不尽極まりない! 圭ったら辛口すぎてまた涙が出そう」
「そう言っていつも泣いてないだろ」
「心が泣いてるの。大輝君はどうかな?」
そうだ、僕は参考になるような意見を言う必要があるのだった。
何を言えばいいんだろうか。素直に脚お綺麗ですねと言ったら引かれそうな気がする。
でも妹以外の女性の着こなしについて意見などしたことがないから、どこをどう褒めればいいかも分からない。世の男性はどうやって女性の服に意見を言っているのか。
「あれ、大輝君聞いてます?」
「は、はい。ちょっと待ってください」
もう時間は残されていない。僕は貧弱な語彙からできる限りの感想を伝えることにした。
「明るい色のカーディガンが愛さんによく似合っていると思います。なんというかいつもは綺麗って印象なんですけど、今回はキュートって感じがしました」
店内がシーンと静まり返る。愛さんは僕の意見を聞いてどう思ったのだろうか。
「ねえ圭、聞いた? カーディガン似合ってて今回はなんとキュートだって! 私すごく褒められちゃったよ!」
良かった。愛さんのテンションは高い。これが高度な演技でなければおそらく僕の意見に満足してくれたのだろう。とりあえず一安心だ。
「本堂、お前、愛の脚をジロジロ見てなかったか?」
安心していたら思わぬところから告発された。脚を注視していると思われないようにミニスカートにはあえて言及しなかったのに、清水さんにばっちり見られていたのか。
「大輝君本当なの?」
愛さんが僕の方をまっすぐ見つめてくる。
言い逃れはできそうもない。するつもりもないけど。
「はい、清水さんの発言は正しいです」
思わず目がいってしまっただけだけど今更弁明の余地はない気がする。
愛さんは一瞬真剣な顔をしたがすぐにいつもの笑顔に戻った。
「まあオッケー。私のキュートで大人な魅力に抗えなかったということで」
ほっとする。なんとか有罪は逃れられたみたいだ。
「……コイツ、前に私の脚もじっと見てたぞ」
「清水さん!?」
確かに前の美術の時間に清水さんの脚を見ていた時はあった。ただ清水さんはその時のことをもうとっくに忘れたと思っていたのに。
「大輝君、圭の今の発言本当かな?」
「……間違いありません」
愛さんが心なしか先ほどより冷たい目で僕を見ている。愛さんは少しの間その目で僕を見つめた後、また笑顔を見せた。
「許しましょう。圭の脚は引き締まっていて私とはまた違う美しさがあるからね。大輝君が見とれてしまうのも仕方ないよ」
清水姉妹の中で僕は完全に脚フェチとして記憶されてしまったようだ。
「それでいいのかよ」
「私の心は大海のように広大だからね。圭も大輝君になら別にいいでしょ? それにもう私の勝利も決まっちゃったし」
「何の勝負に勝ったんだよ?」
清水さんが疑問を口にする。僕も正直分かっていない。
「何って、どちらが大輝君の好みの服を選べるか対決だよ」
「勝手に一人でやってろ」
清水さんはやってられないとばかりに愛さんを突き放すような言葉をかける。
「へぇ」
「な、なんだよ」
愛さんがなぜかすごい悪い笑みを浮かべている。
「圭は自信ないんだ? いくらウルトラビューティー姉妹と言ってもね。姉と妹の間には天と地ほどの差があるからね。そりゃ圭も勝負する前から逃げ出しちゃうよね」
煽っている。分かりやすい挑発だ。さすがに清水さんもこんな安い挑発、乗るわけが……。
「……いいよ」
「え?」
「いいよ! その勝負乗ってやる!」
(挑発に乗っちゃったよ清水さん!)
僕が想像していた以上に清水さんは煽りに対しての耐性がなかった。清水さんを挑発する人なんて僕のクラスにはいなかったから知らなかった。新しい発見だ。
「ふふふ、圭なら乗ってくれるって思ってたよ。どちらが大輝君の好みの服を選べるか、対決のルールは簡単。試着して最後に大輝君により似合ってると言ってもらった方の勝ち。試着はお互い二回まで。だから私はあと一回だね。それでは位置についてよーいスタート!」
その掛け声とともに清水さんは僕の視界から消えた。
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