第30話

 作戦実行海域に到着し、後は実行するのみとなった。実行は明日。日が明けてからだ。朱音は寝つく事ができずにシロと共に甲板に出て海を眺めていた。朱音の気持ちを感じてか、ぴったりと寄り添うシロ。

 「シロ、凄い大変な事に巻き込まれちゃったね。」

 朱音はシロの横に屈んで抱き寄せた。

 「最初は同じ町内の人を守りたくて必死だったけど、今は……。」

 今までと違い守る為の戦いではなく命を奪う為の戦いとなっている。微かに震える朱音。

 「皆を守る為には必要な事なんだろうけど、やっぱり……怖いね。」

 「クゥン。」

 自分が命を奪う。作戦通りにいけば直接手をかける事はないだろう。しかし、自分の行いが多くの魚人の命を奪う事に直結している。それが堪らなく怖い。朱音は今までに魚人と戦い彼らの命を奪っている。それは紛れもない事実。だけどあの時は皆を守ろうと必死だった。しかし今回は違う。確かに長い目で見れば誰かを守る為だ。だけどその建前で魚人を殺そうとしているのだ。誰かが殺される前に相手を殺す。果たしてそれは正しい行いなのだろうか?作戦の時間が、命を奪う時間が刻一刻と迫ってきている。

 「怖いよ。」

 シロを抱きしめる手に力が入る。

 「クゥン。」

 「どうした?眠れないのか?」

 そこにやって来たのは馬場。

 「馬場さん。」

 「明日はお前が作戦の要だ。無理にでも寝ろ。」

 「そうですよね。……けど眠れそうにはないです。」

 「まあ初めての作戦だ。気が昂るのも分かるがな。」

 「違います。……私は怖いんです。明日、間接的とは言え多くの命を奪う事になる。」

 「あー、なるほど。だが、……だからどうした?」

 馬場はわざとらしく間をあけ話し出す。

 「元々人は生きているだけで多くの命を奪っている。それは理解しているか?」

 「知ってます。」

 「なら魚人を殺すのに何を躊躇う?牛や豚は知らない誰かが殺した事だから自分と関係無いのか?」

 「関係無くはないです。ただ正直言って現実味はありません。」

 「まあそうだよな。しかしお前は前にも魚人を殺した。その時は問題なかっただろう?」

 「前は誰かを守りたくて必死だったから。」

 「なるほどな。今回は違うと。確かに今回は守りじゃなく攻めの作戦だ。直接的に見れば守る為に殺すじゃなくて、殺す為に殺すだ。確かにそれはお前には辛いかも知れないな。」

 「はい……。」

 「だからと言ってここでお前に作戦を抜けてもらう訳にはいかない。お前は言ったよな?牛や豚も殺して生きているのを知っていると。」

 「はい。」

 「それには罪悪感はないだろ?なら魚人は?直接的に殺すからか?それとも姿が人に近いからか?だとすればそれはエゴだ。魚人は人の姿に近いから殺すのを躊躇うのか?なら普段食べてる牛や豚は?人と違う形なら良いのか?豚や牛、これらも間接的には殺しているんだ。」

 「確かにそうです。でも……。」

 「簡単には割りきれる訳はないわな。けどまあ、それでいいんじゃないか?それに慣れてしまっては駄目だろう。」

 「慣れては駄目……。」

 「そうだ。本当は家畜の事もそれで良い訳ではない。命を奪い食べている。その事を忘れては駄目なんだ。」

 「けれど、魚人は食べる為に殺すのではない。」

 「殺す理由を求めるならば簡単だ。守る為。それ以外に理由は必要ない。」

 「確かに……そう、だね。」

 「守る為に殺す。殺さなければ多くの人が犠牲になるだろう。既に犠牲者は出ているんだ。」

 「それでも何か別の方法が無いのかな?」

 朱音の潤んだ瞳が馬場を見上げている。

 「無いな。今の所はな。……今回の調査の結果次第では人間も魚人も犠牲を出さない方法が見つかる可能性もあるだろう。その為には今回の作戦は極めて重要だ。」

 「そっか。そうだね。その可能性も有る、そうだよね。」

 「そうだ。だから今回はそれを理由に頑張ってくれ。」

 「うん、そうする。……ありがとう。」

 空元気だろう。馬場の目から見てもそれがありありと分かる。しかしそれでも魚人と戦うにはこの少女に頼るしかない。

 「いいから早く寝ろ。」

 「うん、分かった。おやすみ。」

 「ああ、おやすみ。」

 馬場は朱音とシロが完全に立ち去るのを確認してから

 「そんな都合よく共存の手段なんて無いだろうさ。魚人とはお互い絶滅するまで戦うしかないだろう。」

 先程の朱音に言った希望の言葉とは真逆の事を口にする。それも馬場は確信めいた思いを持っていた。と言うのも馬場の脳裏には最初に魚人に襲われた時の、行方不明になった仲間達の姿が浮かんでいるからだ。

 「怨みは連鎖するとは言うが、俺は魚人の行いを許せそうに無い。しかしそれは魚人から見たら俺の事を怨むだろう。仕方ない事だ。……俺にはこの負の連鎖を止める手段があるとは思えないな。」

 馬場の言葉は空に消えて行った。

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