第28話

 朱音と高遠が真言マントラの検証をする為にヘリに乗る事になった。と言うのも船の近くで検証を行うと海水の動きに巻き込まれ船を危険に晒す可能性があるからだ。

 「私、こんな大きな船に乗るのも初めてだけど、ヘリコプターに乗るのも初めて。」

 「私もよ。」

 「え?そうなんですか?」

 「そうよ。私もこの機関に入って日は浅いのよ。」

 「馬場さんとのやり取りを見てたらずいぶん前からの知り合いだと思ってました。」

 「彼との付き合いも短いわよ。まあそもそもこの機関自身が新しいからね。」

 「あ、そうか。魚人が発見されてからまだそんなに経ってないですもんね。」 

 「そうよ。それなのにこの権限の大きさ。自衛隊の船を簡単に動員するんだもの。動員しようとしても普通はなかなか難しいでしょうね。」

 「確かに。簡単に用意したように見えたけどそんな簡単に動かせる物ではないですよね。」

 「そうよ。それがこんなに素早く動けるのは何でだと思う?」

 「ええと、魚人の脅威?」

 「そうね。半分正解。」

 「半分ですか。もう半分は?」

 「日本が島国だからよ。」

 「あ!」

 「海に囲まれたこの国で海の中からの脅威に対抗するのは難しい。何でか分かる?」

 「何処から来るか分からないから。ですね。」

 「そう、海の中から、しかも人間サイズの敵を早期に発見するのは無理よ。だからといって海沿い全てを警護する事もできない。そうなると全てが後手にまわる事になるわ。」

 「犠牲者の数が凄そうですね。」

 「海沿いの地域に限定されるでしょうけど、その際に政府の責任とされるのは明白よね。」

 「そうならない為にも今できる全ての事を進めているんですね。」

 「そういう事。そして今回は特に貴方。」

 「私?」

 「真言マントラと言う能力に注目していた所に更に万能感のある真言マントラの使い手。これが誰でも使えるようになれば日本人としての価値は計り知れない物となるわ。」

 「確かにそうかも知れません。しかし、それは他の国の人も使えるのでは?」

 「そうね。これが単なる語学であるならばそうなるでしょうね。けど、そうとは言い切れない。」

 「発音を真似してもできないから?」

 「そう。使用する為の条件があると思うの。それが解明するのが私の仕事になる。と思ってる。」

 「そうなんですね。何か話が壮大過ぎてそれに私が関わっているとは思えないんですけど。」

 「あはは。けどね、間違いなく貴方はこの問題の中心人物よ。」

 朱音を指差し射貫くような高遠の視線に朱音はたじろぎながら

 「そう言えば高遠さん。」

 「何?」

 「そのままの格好でヘリコプターに乗るんですか?」

 「え?何か問題ある?」

 「ありまくりだと思います。」 

 そう高遠の格好はフリルのスカートに胸元の開いたTシャツ、その上にデニムのパーカーを着ていた。それに比べて朱音は支給された自衛隊の隊服を着ていた。

 「ヘリコプターですよ?風を起こして飛ぶんですよ?」

 「うん、そうだね。」

 「そんな格好だとスカートが絶対捲れますよ?」

 「別に私は気にしないから大丈夫。」

 「大丈夫じゃありません!」

 「そう?って言うか私は見られたい派なんだけど?」

 「え⁉️」

 「男の人の視線が私を向くのよ?それも見てないふりを装って。楽しいじゃない。」

 「……分かりません。」

 「朱音ちゃんにはまだ分からないかー。」

 「まだも何も今後ずっと分からないと思います。」

 「そう?まあ性癖は人それぞれだしね。」

 「何かその言い方だと私がおかしいみたいに言われてる気がします。」

 「うん?そうだよ。絶対に私が正しいもん。」

 「そんな事はないと思います。」

 「朱音ちゃんももっと色々と経験したら分かるようになるわよ。仕方ない、今は朱音ちゃんが正しいって事にしておこう。」

 「何か引っかかりますけどもういいです。」

 そうして2人はヘリへと乗り込むのだが、高遠の服が捲り上がり色々と露になって大変な事になっていたのは言うまでもない出来事だった。

 「ちょっと待って下さーい!」

 ヘリの轟音で聞こえなかったが、ヘリに向かって手を振りながら走って来る田中の姿が見えた。

 「何かあるのかな?」

 田中が息をきらしながらやってきた。

 「僕も連れて行って下さい。」

 「そんなに私の姿が見たいの?もう、エッチね。」

 高遠は強風に煽られ色々見えたままだ。

 「いえ、そういうのはイラナイです。」

 「遠慮しなくて良いのよ?見られた方が私は綺麗になれるから。」

 「本当に興味ないです。それより、これから真言マントラで海底を出すのでしょう?海洋生物の研究者としては海底の状態を生で見れると言うのは凄く興味が湧きます。」

 「あ、そう。女よりも海の生物が良いなんてかなりの変態なのね。」

 「生物学者としては当然でしょう。」

 「いや、それも十分な偏見な気がしますけど?」

 「とまあそう言う訳なので僕も同行させて頂きます。」

 3人はヘリに乗り飛びたった。

 ヘリに乗ってから30分程飛行した所で、

 「もう十分離れたでしょうし、やってみましょうか。」

 「分かりました。」

 『ここを中心に100メートル範囲の海よ!その海底をさらけだせ』

 ヘリの真下の海に透明な何かを刺したかのように穴が開く。そこからそれがどんどん拡がりその海底を露にしていく。

 「おおー、凄いわね。」

 そう言い朱音の様子を見る。朱音も自分で起こした現象ではあるが下の様子に興味津々だ。そして田中は

 「これだけの深さだ。日が当たるのなんて初めてじゃないか?ああ!このままヘリで降りて調査したい。」

 「いいわよ。ただヘリは降りないから飛び降りてね。」

 「それは飛び降り自殺では?」

 「いいのよ。どうせ、そのまま海水に呑まれてしまうのだから。」

 「それって殺人では?」

 「違うわよ?研究者の探求心が起こした事故よ。」

 そう言われているのも気にせずに夢中で写真を撮影している。

 「ああ、もっと近くで見れたら。あの岩の下にはどんな生態系が拡がっているのか?」

 「まあ放っておきましょう。」

 「それにしてもちゃんと出来ましたね。」

 そう言う朱音の表情は嬉しそうだ。

 「そうね。それに思ったよりも体とかには影響なさそうね。」

 「影響?」

 「そう、これだけ大規模な事をするんだもの。何かしら起きてもおかしくないと思っていたのよ。」

 言われてみればそうだ。これだけの広さの海水を動かしさらにはそこに戻って来ないように押し留めているのだ。果たして何百トンの質量を動かしているかも想像もできない。

 「特には変わった感じはしない、かな。」

 そう答え、念の為に

 『ステータスオープン』

 ステータスを確認してみる。その中にも特には気になる事は無さそうだ。

 「けど感覚的な事にはなるんですけど、維持するのはあんまり長い時間は持たなさそうな気がします。」

 「そうなのね。ちなみにどれくらいなら持ちそう?」

 「たぶんこの感じだと30分?まあ感覚なんで当てにはならないとは思いますけど……。」

 「いいえ、この場合はその感覚を信じましょう。確証はないけどそれを信じた方が良いと思うわ。それじゃ1度解除しましょうか。」

 「分かりました。」

 朱音が解除すると思ったら途端に下の空間は海水に呑み込まれていった。

 「ああ⁉️海底が呑み込まれていく!」

 「ちなみに解除は何も真言マントラは無し?」

 「そうみたいですね……。今まで意識してなかったから分からなかったけど、解除しようと思ったらこうなりました。」

 「と、なると朱音ちゃんがしっかりと保持をしておくという意識が必要かもね。」

 「どういう事?」

 「他の事に意識がいったり気を失ったりすれば保持されない可能性があるって事よ。」

 確かにそうだ。解除しようと思っただけで保持しなくなった。保持に意識を向けてなければ解除と同じになってもおかしくはない。

 「それは確かにあり得ますね。」

 その可能性にゾッとする。自分の意識の有り様で自分だけでなく多くの命を危険に晒す事になる。

 「馬場君達にもあなたをしっかりと守るように言っておかないとね。じゃないと皆で海の藻屑に成りかねないわ。あ!そうだ。時間をあらかじめ制限してみたらどうかしら?」

 「あらかじめ制限?」

 「そう。真言マントラの中に30分保持するとかを組み込むの。」

 「確かにそれなら何かあっても平気かもしれませんね。」

 「とりあえず3分で試してみましょう。」

 『ここを中心に100メートル範囲の海よ!3分間その海底をさらけだせ』

 先ほどと同様に海が開いていく。そして効果が切れるのを待っていると

 「あれ?早くない?」

 海が再び閉じた。

 「今のは体感で言うと1分位だったよね?」

 「ですよね?」

 「ちょっと計ってみようか?」

 そう言って高遠は携帯電話を取り出しストップウォッチの機能を待機させた。

 「ではいきます。」

 『ここを中心に100メートル範囲の海よ!3分間その海底をさらけだせ』

 朱音が言い終わると同時にストップウォッチを起動した。高遠が携帯と海の様子を交互に確認する。

 「あれ?」

 「どうしたのですか?」

 「いや、終わってから言うわ。」

 それからしばらくしてから海が元に戻り始めた。

 「4分20秒。」

 「え?長いなとは思ったけどそんなに長かったのですか?」

 「もう1度試してみましょう。」

 「はい。」

『ここを中心に100メートル範囲の海よ!3分間その海底をさらけだせ』

 海が開いていく。そこからしばらくして海が元に戻る。

 「1分52秒。間隔の差が酷いわ。」

 「これでは当てになりそうにないですね。」

 「そうね。まだ時間があると思っていても急に戻る可能性があるわ。これならまだ保持に意識を保つ方がまだマシな気がするわね。」

 時間指定で誤差が大きいならば自分でコントロールした方がまだ安心感がある。

 「まあ確かに時間指定をして誤差があるのだから調整が利くとは思えないわね。」

 「ですよね。ではそろそろ戻りますか。」

 「何を言ってるの?検証はまだ終わってないわよ?」

 「え?まだって何をするのですか?」

 「真言マントラの言う時に声色を変えてみるとか?」

 「それって意味有ります?」

 「疲れ方とか、海水の移動速度とか変わるかもよ?」

 「変わりますかね?」

 「やってみないと分からないじゃない?」

 「まあ確かに。」

 「それじゃまずは気合いを入れて必殺技を言うみたいにやってみて。」

 「必殺技って……。まあ、やってみます。」

 『ここを中心に100メートル範囲の海よ!3分間その海底をさらけだせ!』

 「変わった感じする?」

 「いや、一緒ですね。」

 「なら今度は可愛く魔法少女な感じで。」

 「いや、何かそれは恥ずかしいような。」

 「何を言っているの?何事も検証しないと分からないままよ?」

 「そうでしょうけど、さっきのでも変わらなかったし……。」

 「たまたまかもしれないでしょ?色々試してみないと。」

 「分かりました。やりますね。」

『ここを中心に100メートル範囲の海よ♪3分間その海底をさらけだせ♪』

 「って何で携帯をこっちに向けているんですか?」

 「何でって?記録よ。記録。真言マントラの発音を記録しないとね。」

 「本当にそうですか?」

 「そうよ。朱音ちゃんが可愛いから撮ったとかじゃないわよ。」

 「怪しい……。」

 「それじゃ次はどうしようか。お嬢様風も良さそうだし、女王みたいなも有りかも!」

 「ちょっと!やっぱり楽しんでますよね?」

 「そんな事は……ちょっとある。」

 「やめましょう。」

 「あー、ちょっとだめダメ駄目。ちゃんとするから。」

 「もう騙せれません。」

 「そう言わないで。ちゃんと説明する。」

 「説明?」

 「そう説明。この後は距離、朱音ちゃんが離れてやった場合はどうなるかとか、言い回しを変えてみるとか試さないと駄目なの。」

 「何で説明が今なのかな?」

 「それは……ごめんなさい。私が忘れてたの。」

 「もう!そういうのは先に言っておいて下さいね!」

 「ごめんなさい。次からはそうさせてもらうわね。」

 離れてやった場合とかは確かに試してみるべきだ。そして後ろで田中が待てをしている犬みたいな瞳でこちらを見ているのは無視しておいた方が良いだろう。

 検証の結果を持ち帰り早速会議室でミーティングを行う事にした。

 「えと、結果なんですが、効果は私が近い方が効果の維持をしやすくて、広範囲で維持しようと思うと30分の維持が限界だと思います。これは実際に限界まで試してないので不確定ですけど。後、言い方の違いを試してみましたが差は出ませんでした。それから維持するのに私の意識が関係する可能性があって、解除すると考えただけで保持しなくなりました。」

 「それはなかなかに怖い情報だな。」

 「解除と考えただけで保持しなくなるという事は保持を意識しなくなるとどうなるのかな?」

 「それに関しては検証は不可能と判断したわ。あの状況で真言マントラを使った後に意識を別に向けるのは無理だもの。」

 「それもそうですね。」

 「しかし、30分か。離着陸を考えると行動できる時間は撤退に必要な時間も合わせて20分が限界だろうな。」

 「これだけの範囲を調査するのには短すぎますね。」

 「ならこういうのはどうでしょう?まず全部を覆う形で展開してから全貌を写真に撮り素早く検討してから範囲を絞って調査をするってのは?」

 「確かにそうすれば活動できる時間は増えるかもしれないわね。けどそれなら塔の周辺に始めから限定したら?」

 「全体の様子を見るのは必須です。魚人の生態に関わる可能性が高いので。」

 「それもそうね。この大地の上で何かしらの生活なりはあるだろうしね。」

 「ならそれは再度検証してからどうするか決めましょう。」

 「ちょっと待て。範囲を縮小するのはリスクが高くないか?」

 「そうですか?」

 「ああ、水の壁が近くなるって事だろう?水中からの攻撃も有り得るようになる。魚人を相手にするのに水中から攻撃されたら俺達はかなり不利になるぞ。」

 「なるほど、確かにそうですね。調査をする上でも魚人との戦闘で不利になる状況は避けるべきですね。それなら全体に展開して塔を中心として攻略するのが良いでしょうね。」

 「目標はどうします?塔の制圧?それとも魚人の殲滅?」

 「判断が難しいですね。魚人も生態系の1部と考えると絶滅は避けたい気はします。しかし、最近の漁獲量の減少は魚人が生態系を狂わせている気もしますし。それに塔は魚人の重要施設なのか分かりません。」

 「ただ、1つ言えるのは魚人は人間とは敵対関係にあるのは間違いない。」

 「そうですね。」

 「そして交渉の余地も無いだろう。」

 「となると殲滅を前提に考えるとなりますかね。」

 「そうなるな。」

 「そうするとなると時間が足りないでしょうね。」

 「ならいっそミサイルで焼き払うか?」

 「いえ、今回はあくまで調査がメインでそれからどうするか考えませんか?僕らは魚人の事をあまりにも知らなすぎる。今後の対策をするにも魚人の生態を調べるのが最優先かと思うのですよ。」

 「ふむ、田中の言う事にも一理あるな。」

 「殲滅をするなら、場所を特定さえすればミサイルで攻撃すれば簡単にできるでしょう。しかしそれでは魚人という未知の存在を見なかった事にするような物でしょう。何故彼らが急に姿を現したのか?いつ頃から存在しついたのか?調べる必要があると思います。」

 「それは調査で分かる物なのか?」

 「どうでしょう?しかし調査しない事には何も分からないままです。」

 「危険を犯してまで調査をするかどうか。難しい判断だな。」

 「もし彼らに知能や知性があるのなら一方的に殺してしまうのは問題なのでは?」

 「要は交渉の余地があるかどうかか。」

 「交渉の余地のない獣ならば仕方ない事だと思います。しかし、彼らに知性があった場合には後々に問題となる可能性を秘めています。」

 「そうだな。調査を優先しよう。その方が良さそうだ。」

 「であれば塔を中心に調査をしつつ交戦だな。ちなみに海水を動かした時にそこにいる魚人はどうなる?」

 「どうって?」

 「魚人はその場に残るのか?それとも水と一緒に壁の向こうに行くのか?」

 「それならば多分流されて行くでしょうね。」

 田中がそう答えた。

 「そうなのか?」

 「ええ、検証の際に海底を見ましたけど魚が取り残された様子はありませんでした。海水と一緒に流されたと見て間違いないでしょう。ですので魚人にも同じ事となる可能性は高いですね。」

 「そうか。ならば着陸は案外スムーズに行けるかもしれんな。」

 「そうですね。」

 そこで高遠が田中に不思議な視線を向けているのに気付いた。

 「高遠さん。どうしたのですか?」

 「いや、検証の時の田中さんが役に立つ事もあったんだと思って。」

 「失敬な。ちゃんと魚人がどうなるかとかも考えての行動ですよ。」

 「私はそんな事は思いもしなかった。」

 「そうね。検証の事ばかり考えて、その結果で魚人がどうなるかなんて気にもしてなかったわ。」

 「それで良いと思いますよ。高遠さんと朱音ちゃんは検証に集中してもらってないと、いざ始める時に検証不足なんてなったら困りますからね。役割分担ですよ。」

 「まあでも、あの時の田中さんはそうは見えなかったけどね。」

 「そうですね。」

 「まあ、確かに研究者としての好奇心が強かったのは認めますよ。でもちゃんと仕事はしてましたでしょう?」

 「そうだね。結果を見ればそうだね。」

 「まあ、後は蓋を開けてみないと分からないか。隊員はチームに分けて交戦要員と調査要員と区別するようにしよう。後は現地での判断だな。臨機応変にやってみるとしようか。」

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