第22話
戦況はかなり厳しかった。最初の1体を発見して銃で撃退に成功してからというもの、その音に反応したのかあれよあれよと集まって来たので、その場を撤退し建物の中に潜む事となった。応援の依頼をしたのはこの時だった。遠藤と自衛隊の隊員達13名は建物に隠れながら銃で攻撃するが倒せたのは最初の数体のみだった。
「あいつらには死の恐怖はないのかよ。」
銃撃で仲間が倒れてもお構い無しで突っ込んで来る。幸いにして建物の事を理解していないので、見つかる前に扉の中に隠れたら扉を開いて中を捜すという概念が無かったので助かったのだった。
「このまま建物の中に隠れていれば大丈夫そうだが、そうすると住民に被害が出るだろうな。」
どうすればいいだろうか?建物の2階や3階から攻撃をするか?しかし水中からあの高さで飛び出せるのだ。窓からの侵入も十分考えられる。それに窓を破ったり、偶然でも扉を開けたりもあり得る。もしそれを理解されてしまうと最悪だ。
「遠藤さん、我々はどうすれば?」
他の隊員達に聞こえないように自衛隊の部隊長の高田が遠藤に問いかける。この場所での対魚人に関する事柄の作戦の決定権は遠藤にあった。
「すいません。状況は絶望的です。海岸に出ている仲間の所にも魚人が出ています。応援には来れないでしょう。」
「そうですか。自衛隊の方も陸路、海路共に相当な時間がかかるでしょう。空路で応援は許可が降りないでしょうし。」
「そうなるとここで魚人を相手に応援が来るまで時間を稼ぐしかないでしょう。絶望的ですね。」
「そうですね。……遠藤さんはここに隠れていて下さい。我々自衛官は住民を守る義務がある。このまま魚人を放置する事はできません。」
「いや、しかし!」
「奴らを放置すれば必ず被害者が出るでしょう。ここで住民を守らないで自衛隊とは名乗れません。応援が来るまで、奴らをこの港から出さないようにくい止めてみせます!」
そう言いながらも高田の手は震えていた。
「しかしあなたは生きないといけません。今後、魚人の被害者を出さない為にもこの事を伝え、対策をできるようにお願いします。」
正直に言うとホッとした。死地に赴く彼らにここに残ってと言われて。何て情けない、卑怯な人間だ。そう思うが言葉が出ない。ただ、悔しく不甲斐ない自分に涙が出る。
「全員聞け!我々はこれから魚人との戦闘に入る。この港から1歩も外に出してはならない!応援が来るまで厳しい戦いとなるが、住民、ひいては自分達の仲間や家族の為!心してかかれ!」
「はっ!」
全員がその場で敬礼をした。この場に居るのは実戦の経験こそ無いものの全員がかなりの訓練を積んだ精鋭だ。しかし精鋭とはいえこれから始まる実戦では無事に済む可能性が低い事を皆が熟知していた。
「皆には苦労をかけるがよろしく頼む。」
髙田は精一杯の虚勢をはり、皆の士気を上げようと頑張った。高田のその手は震えていた。それは他の隊員達も同様である。これから起こるであろう惨劇を想像し、恐怖し、震えながらも自分の責務をまっとうする為に自分を震い立たせる。
「はっ!」
踵を鳴らし敬礼をする。
「我々は隣の建物に移り、そこから攻撃を開始する。作戦開始!」
号令と共に扉をそっと開け、外の安全を確認し全員が素早く移動を開始した。
「すまない……。」
1人残された遠藤は彼らの勇気と自分の情けなさに泣いた。
隣の建物に移り見通しの良い上の階に見張りをたて、作戦会議を開く。
「状況はどうだ?」
見張りをしている隊員に高田が話しかけた。
「奴らはまだ港から移動していないようです。どうも我々を探しているのかもしれません。」
「ざっとでいい。魚人は何体位いる?」
「そうですね。区別がつかないのではっきりとは分かりませんが20体以上は確実かと……。」
「そうか、我々の約2倍か。単純に言えば1人で2体。銃での遠距離戦に持ち込めれば不可能な数字では無い。」
「そうですね。」
「問題は奴らの身体能力に加えて体表の鱗。格闘戦となればこっちが不利だろうな。」
「乱戦になればこちらの勝ち目はありませんね。誤射の可能性があるから銃が使えなくなります。」
「そうだ。だからこそ1体ずつ確実に減らさないといけない。」
「何か作戦が?」
「はっきり言ってかなりの危険が伴う。が、確実に減らして行くにはこれしかないと思う。まずは建物内に罠を作成し、単独でいる奴を誘き寄せ建物内で各個撃破していく。囮役が必要になるが、上手く個別で動いている奴を誘導できれば成功する確率は高い。幾らかは数を減らせるはずだ。」
隊員は早速罠の設置にかかる。罠と行っても単純な物だ。ワイヤーの片側を固定し、魚人が通る時に反対から引っ張る。それに掛かり転んだ魚人を確実に仕留める。それだけだ。それをするには囮役とワイヤーを引っ張る役、それと見張りが必要だ。なので全体を見張り指揮をするのに1名を選び、それ以外の人員で3人編成の4チームを作った。囮役は部屋までの誘導経路や周りの建物をしっかりと把握する。それを間違えば他の隊員を危険に晒す事になる。それらを効率良く実行する為にポイントを絞る。どの建物でどの部屋をどのチームが使用するか、また不慮の事態が起きないように各チームの連携を密にするように、的確にそれでも素早く取り決めていく。
「それでは作戦を実行する。各自手筈通りに任務の遂行を実施するように。」
隊員達が各所に展開して行き高田は各チームの準備完了を待った。その間も見張りとの連絡を取り魚人の動きを探ながら。しばらくして各チームから準備完了の連絡を受けと、
「全員に通達。これより作戦を開始する!」
各チームの囮役が魚人に見つからないように身を潜めながら単独で動く魚人を探す。
まず最初に魚人を引き付けたのは1班だった。1番危険な囮役を部隊長の高田が務めていた。
「1番手が俺とはツイている。これで成功すれば全員の士気が上がるに違いない。」
路地の中を覗きこむ魚人の1体を上手く建物に誘い込む事に成功したのだ。そのまま通路を走る。それを追いかけ走る魚人。着かず離れずの距離を維持しつつ逃げる。見えた!あの部屋だ!通りすがりに扉を叩く。それが合図だ。中の隊員がワイヤーを引く。ピンと張られたワイヤーに魚人の足が掛かり派手に転んだ。
「お前に直接恨みはないがすまないな。」
高田はサイレンサーを取り付けた拳銃で魚人の頭を撃ち抜いた。赤い血が床に拡がり魚人は暫くビクビクと動いていたが絶命し、動きを止めた。
「作戦成功だ。この調子で進めて行こう。」
無線で仲間に連絡をとり1体の撃破を連絡した。これで作戦の有効性が実証されたのだ。これに仲間は活気づいた。次々と成功の連絡が入る。
「よし、この調子で進めていければ。」
作戦は順調そうに見えた。しかし5体を倒した所で
「見張りより連絡!3班の囮が魚人3体に追われています。それと2班が槍の投擲により負傷。」
「近くの者に2班の応援に行かせろ!3班の応援には俺が行く!それとライフルの使用を許可する!」
そう言いなが高田は走った。こうなってしまえば見つかる事も覚悟の上で行動するしかないだろう。
ダァン
大きな音が鳴り響く。誰かがライフルを使用した音だろう。こうなるともう乱戦になる事は必至だ。
「全員に指示。見張りを除く各班は港出入り口を中心に防衛をしろ!見張りは敵の増援及び港区画からの脱出を見張れ。場合によっては狙撃を許可する!何としてでも食い止めろ!」
高田は無線を使い全員に指示を出した。
「まずは3班と合流だ。確かこの辺りのはずだが……。」
高田は3班が使用した建物に入る。
「3班。何処だ?」
無線で3班の隊長に連絡をするが返事がない。そのまま罠の設置場所に向かうとそこには3体の魚人の姿が血の池と化した通路に立っていた。そしてその足下には何かよく分からない塊が3つ。そして魚人の1体は手に何かを持っていて口に運んで噛み千切っていた。高田にはそれが何か分からなかった。いや、理解したくなかっただけだ。本当は何を持っているか、何を食べているのか分かっていた。魚人が持っていたそれは人の腕だ。
「くそったれが!」
高田は持っているサブマシンガンの引き金を引いた。激しい発射音が鳴り響き、無数の弾丸は3体の魚人の体をこれでもかと穴だらけにした。高田は弾を使い果たして銃撃は止まったが、引き金は引いたままだ。魚人は倒れて動かない。しばらくそのまま高田は動けなかった。倒れて動かない魚人の向こうにある塊に向けて
「すまない。」
3班の隊員は無惨にも食い千切られ人として原型を留めてすらいない。
「後で必ず迎えに来る。お前達の死は無駄にはさせない。」
高田は急ぎ他の隊員達の所へと向かう。奴らに殺される事の恐ろしさを改めて理解した。他の隊員を彼らと同じ目にあわせてはいけない。
「いったいいつになったら応援は来るんだ?」
まだまだ来ない事は分かっている。しかしそれでも愚痴らずにはいられない。港の出入り口には隊員が集結していた。
「部隊長、3班は?」
「間に合わなかった。」
「……そうですか。2班も、全滅でした。」
「そうか。……しかし悲しみに浸っていられる場合ではない!犠牲になった3班を見て分かった。奴らは我々を食する為に狩りをしている。このまま市街地に奴らが進行すれば無惨な光景が拡がるだろう。何としてもここで食い止めないと駄目だ!正直言って厳しい闘いとなるだろう。この防衛ラインに近寄らせるな!確実に仕留めろ!無茶なのは分かっている。しかしここで今までの訓練の成果を出せ!」
「はい!」
ダアン
周りを警戒していた1人が発砲した。魚人が現れたのだ。弾丸は正確に魚人の頭を撃ち抜いていた。
「来たか。」
それに続いて次々と魚人が集まって来る。距離がある内はライフルで狙撃し対応する。狙撃手以外はサブマシンガンが構え何時でも対応できるように構えていた。順調に戦えていた。魚人の投げる槍は距離がある為、こちらには届かない。
「見張りより連絡。敵の増援を確認。海中より続々と出現中。中にはタイの頭をした上位種と思われる存在も確認。」
「な⁉️このままいけば何とかなると思ったのに……。」
このままでは無駄に部下の命を散らしてしまうだろう。あの残酷な目にあわせてはいけない。
「命令だ。拳銃を残しそれ以外の武器を置いてお前達は逃げろ。」
「え?」
「もう1度言う。お前達は逃げろ。逃げて住民の避難指示にあたれ。」
「それでは隊長は?」
「俺はここに残り時間を稼ぐ。」
「そんな⁉️それでは隊長は死んでしまうのでは?」
「そうだろう。だが、誰かがここで時間を稼がないと被害は大きくなる。」
「承服出来ません!」
「早く行け!」
「自分はここに残ります!」
「自分も残ります!」
隊員の2人が涙ながらに言った。
「ここに残っても無駄に死ぬだけだ。」
「無駄なんかじゃありません。」
「少しでも多く時間を稼げます。」
「それに隊長でもこれだけの装備を使いきれないでしょう?」
「お前達……。残りは早く逃げろ。少しでも多くの人を避難させるんだ。」
「はい。すみません。隊長!」
隊員は涙を流しその場を離れようとする。そこに現れたのはタイの魚人。
「マズイ!」
見た瞬間に分かった。あれは他の魚人と比較にならないほど危険だと。タイが槍を投げる体勢になった。理由は分からない。しかし狙われているのがこの場を離れようとしている隊員だと分かった。
「危ない!」
体が勝手に動き、その隊員を突き飛ばした。このまま槍が飛んで来て死ぬんだと思った。
パッパー
クラクションがけたたましく鳴り響く。その音に気を取られたのか、タイが動きを止めた。激しいエンジン音が響き車がこっちに突っ込んで来る。
「全員退避!」
隊員達は慌てて道を空ける。車は激しくスライドしたかと思うと横を向いて止まった。隊員達側のドアが開き中から女の子が飛び出す。
『地面よ盛り上がり壁となれ』
不思議な言葉が聞こえたと思ったら車と魚人の間のアスファルトが盛り上がり壁となった。そして運転席から出て来たのは
「馬場さん……。」
応援が駆けつけてくれた。少女を含め僅か3名。だが、これのなんと頼もしいと感じた事か。
「良く耐えてくれた。俺達も手伝うから頑張ろう。」
『筋力を強化』
『顕現せよバスターソード』
話しには聞いていたが見るのは初めてだ。巨大な剣を片手に立つ馬場の姿に何とかなる。と期待せずにはいられなかった。
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