第16話
「それじゃ行って来ます。」
翌日、漁協に向かう為に早目に家を出た。自転車に乗り見慣れた道をのんびりと進む。
「やれやれ、仕方ないとは言え同じ事を言うのは面倒だよね。……でも魚人について何か分かった事があれば教えて貰えるかも知れないしね。」
倒した相手とは言え、アレが何なのか正体について興味がない訳ではない。噂の真相を知りたい。元は人間説もあるのだ。その場合は私は人を殺した事になるのだろうか?そう考えると行くのが怖くなる。しかしこのままそれを知らずにモヤモヤしたままでもいられない。そんな事を考えつつも漁協に向けて自転車を漕いで行く。漁協にはパトカーと見知らぬ県外ナンバーの車が停まっていた。
「もしかして遅刻したかな?」
時計を確認するとまだ時間にはだいぶ余裕がある。どうやら遅刻した訳ではないようだ。向こうが早く来てしまったのだろう。
「おはようございます。」
扉を開けて開口一番に大きな声で挨拶をした。
「おお、朱音ちゃん。おはよう。早速だがこっちに来てくれ。」
案内されたのは会議室。
「もう始めるの?」
時計を見るとまだ9時40分。予定よりもだいぶ早い。
「早く着いてしまったらしい。まあ早く始めてしまえばその分早く終わるだろうよ。」
「そうだね。その方が良いね。」
扉をノックしを開く。中にはスーツ姿の男が3人、前の時にも居た警察官、そして向こうの関係者とは思えない迷彩柄のズボンを履いてTシャツ姿のガタイの良い男が1人座っていた。
「お待たせしました。天王寺朱音です。」
朱音は入るなり挨拶をした。
「天王寺さん、おはようございます。こちらこそ、早く着いてしまってすいません。」
そう言ったのは警察官。
「朱音ちゃんはそこに座って。」
男達とは対面になる形の席に案内された。
「お茶だけ準備するのでちょっと待って下さいね。」
そう言って安達は扉を出てお茶の用意を頼んだ。
「それじゃお茶が来る前に自己紹介を。」
そう言ってスーツ姿の1人が立ち上がった。髪は少し長めだが、キチンと整えられている。黒淵の眼鏡をかけ、パッと見はやり手のサラリーマンに見える。
「僕は海洋生物の研究をしている田中洋一。今回は主にあの生物の調査に来ています。そして彼は」
隣の男が軽く手を上げた。伸び放題の髪がボサボサとしか表現出来ない。少しよれたスーツの上から白衣を羽織っていて、いかにも研究者って感じだ。
「福井啓太。主に哺乳類の研究をしている。」
同じ研究者なのにさっきの田中という人とはあまりにも違う。正直、見比べてしまうとこの人は大丈夫なのだろうか?という印象になってしまう。
「彼は学会でも注目株でね。研究一筋なのでどうも見た目を疎かにしがちなので損をしてしまうタイプなのさ。」
朱音の気持ちを察したのか田中が補足をしてきた。
「余計なお世話だ。お前も今でこそマトモな格好しているが、ちょっと前まで俺と対して変わらなかったじゃないか。」
「ちょっと前っていつの話だよ。それは俺が結婚するより前の話だろ?」
「そうだな。」
「それから何年経ったと思っているんだ?」
「何年?そんなにも経って無いだろ?」
「5年だよ。研究一筋も良いが、ちょっとは世間の時間の流れも考えろよ?」
「そんなに経ったのか。え?って事は今何歳だ?」
「その疑問はまた後でな。」
田中がやれやれという様子でそのやり取りを遮った。すると隣の男が手を上げ
「いいかな?僕が遠藤正人。僕は研究者じゃなくて事故等の現場検証をしているんだ。」
こちらは髪は短めに整え、スーツもビシッと着こなしている。丸い眼鏡をかけいかにも真面目そうな性格をしていそうだ。
「そして彼は」
田中が迷彩柄の男を紹介しようとすると、
「俺はいい。単なる護衛だ。」
迷彩柄の男がそれを遮った。髪は短く刈り揃え筋肉隆々としたいかにも鍛えてるって感じの男だ。
「へ?護衛?」
「あー、今回は魚人の件で死者とか出てるでしょう?後で海岸にも調査に行くので念の為に来て貰っているんだ。」
「3人も居るのに護衛が1人?」
「ま、あくまでも念の為だから。細かい事は気にしないで。」
田中が無理に話しを切ろうとしているのが分かる。が、変に突っ込んで聞いても仕方がない。そこに扉をノックする音。
「お茶をお持ちしました。」
扉が開きお盆を片手に年配の女性が入って来た。
「すいませんね。こんな物しか用意出来なくて。」
安達が協力して皆に配る。
「いえいえ、ありがとうございます。」
配り終わった所で安達が席に座ったのを見て田中が口を開く。
「それでは始めましょうか。まずは僕から報告を。」
そう言って鞄から何やら紙を取り出し安達と朱音に渡す。
「まずあの魚人の正体ですが、分類上は魚に位置すると思われます。と言うのも」
朱音はその言葉に安堵した。
(人間が変化してなった物ではなかった。私は人を殺してはいなかった。)
「まずは特徴的なのはエラ。そして鱗。調べた結果、この鱗は皮骨の構造をしており円鱗と呼ばれる物でした。これはマイワシの鱗に見られる特徴でしてあの個体はイワシが変化した、いや、進化したと言っても良い物かと考えられます。魚が人間のような形となり、原始的ながら槍を持っていた、道具の使用も考えられるとなると歴史的な大発見でしょうね。しかし残念な事にこの鱗は丸山さんの船から採取した鱗と同種の物でした。」
「という事は丸山のおじさんは……。」
「このイワシの魚人によって殺害されたとみて間違いないでしょう。」
「丸山さん……。」
「次にそのイワシの魚人ですが、正直に言って詳しい事はまだ分かっていません。イワシが人間のように進化したのだろうが、それがいつから存在していたのか?まったく不明です。」
「哺乳類の進化の過程を考えるとこの魚人はずいぶん前から存在していたとは思われます。何故なら進化したと仮定するならば、アメーバやウイルスならともかく魚のような存在がここまで進化をするには途方もない時間を必要とする筈です。」
福井が補足してきた。
「なら、あの魚人は昔からおったという事か?」
「そうですね。もしかすれば人魚伝説の正体はあの魚人である可能性もありまし、河童なんかもそうであるかもしれません。」
「なるほど、そう言われれば確かにあり得そうだ。」
「そんな昔から居たのならばもっと見た人とかいないのかな?」
朱音が疑問に思った事を口にする。
「それは分かりません。昔は見つからないような場所に生息していたのが、今になって現れ出した。と考えるのが自然かもしれませんね。」
「何でですか?」
「推測で言えば環境の変化や、食糧事情。神災の影響なんかもあり得ますね。」
「なるほど、元々の場所に住めなくなったり、食べ物が獲れなくなったりか。神災の影響と考えると今のこの時期ってのも納得できますね。」
「そして同様にタイの頭をした者も、タイと同様の特徴を持っていた為、タイの進化と思われます。何故今回この2種が同じ場所に現れたのかは不明です。タイとイワシが仲間なのか、それとも完全に別の存在でたまたまそこに居たのか、共存しているのかはたまた敵対しているのかすら分かりません。ただ、どちらも脳の発達が人間に近しいものが有り、人間と同程度の知識や考えがある可能性はあります。」
「それにしてもイワシやタイにしては大くなり過ぎですよね?」
「そうですね。特にイワシはかなり大きくなったと言えます。普通のイワシだと最大でも30センチ程度です。タイも日本で見つかっている最大サイズは1メートル程ですね。」
「それが人と同じ位のサイズになってるなんて。何でこんなに大きく?」
「それは進化の過程で大きくなったとしか言い様がないですね。可能性ですが、一緒に槍が見つかってますから道具を使うにあたって脳の巨大化。それにより体を大きくする必要があったのかもしれません。」
「そうなんですね。」
「あくまでも可能性です。脳の分野は非常に難しく解明出来てない所が多くありますしね。それが要因で大きくなったというのも仮説の1つですね。」
「それで魚人に対して何か対策は?」
「正直な所を言いますと魚人の居そうな所に近づかない。それ以外は現状ではありません。」
「そうですか。」
「と言うのも彼等の生態がまだ全然分かってません。どれ程の知能を持つのか?人とコミュニケーションをとれるのか?分からない事だらけです。現状で分かっているのは人と敵対する可能性が高いという事と鱗の性能から考えて武器の使用を無しでは人間で勝ち目は無いという事だけですね。」
「鱗の性能?」
「今回は特に衝撃の吸収ですね。柔らかい鎧を着ていると思って下さい。彼らの身体能力がどれ程かは判りませんが、こちらから殴る蹴る等の攻撃をしたとしても鱗によってその衝撃はほぼ無効化されるでしょう。」
「と、いう事は……。」
「銃火器が無しでは闘えない。もしも生きている個体を発見したなら直ちに逃げるようにして下さい。さっきも言ったように魚人とは敵対する可能性が高いですから。」
その言葉に違和感を覚える。この後に魚人が現れた海岸へと行くと言っているのに何故護衛があの人だけなのだろうか?対抗する為の武器を持っているようにも見えない。車の中に置いているのか?
「敵対……。」
「敵対の意思がなければ丸山さんは襲われていない筈です。丸山さんが襲われていたのならば、それは魚人が人を敵として認識しているという事になります。そんな中で彼等の生息する地域、海に行くという事はかなりの危険を伴う事となります。」
「やはりそうですか。しかし困った。ここしばらく漁獲量も減っているというのに、更に海にも行くなとなると漁業関係者は仕事を辞めるしかない。」
「心中お察しします。ところで漁獲量も減っていると仰いましたがそんなにですか?」
「かなり少ない。」
「やはりですか。これは太平洋側の全ての地域で減っているんです。もしかしたらですが、彼等が乱獲して少なくなっている可能性があるかもしれません。そして彼等は新たな獲物を求めて陸に上がりだしたとも考えられます。ただ、あくまでも僕個人の考えでしかないので確証はありませんが。」
「もしそうなら海沿いの地域は全て危険なんじゃないのか?」
「そうとも言えます。ただ、彼等はエラ呼吸。陸に上がって長時間活動出来るとは思えません。なので陸上での生活においてはそれほどの危険性はないと考えています。」
果たしてそれはどうだろうか?私は実際に陸で活動する姿を見ている。しかし、ここでそれを言う訳にはいかない。どうしたものだろうか。
「となると、やはり海には出るなと。」
「そうなりますね。」
「ただし、海に行かないとしても楽観視は出来ない。」
これは福井の発言だ。
「と言うのも魚から人間の形状になった事による物なのか分からないが、肺と思われる器官が未熟だがあるようなのだ。もしかしたらこれから肺呼吸が可能なように進化の途中の可能性が否定できない。」
「それとどの程度かは分からないが、ある程度の文明を形成していると思われる。」
今度は遠藤だ。
「どういう原理かは分からないが、彼等の傷口には大量の砂の付着が見られた。これは砂を使った爆発物の使用が考えられる。ただ、硝煙反応とかはないから火薬を使った訳ではないが、何らかの武器の使用だと思う。」
「まあ、海の中の文明と考えると、火薬等の火を使った物は発達しようがないだろうがな。」
「ただし、そういった何かを造り、使う知能は確実にあると言う事になる。」
「知能があると言われてもワシ等はどうしたらいいんだ?」
「それはまだお答えしかねます。彼等と話し合いが出来て交流をもてるのか、それとも戦うしかないのか、全てがまだ不明です。」
「それはそうかも知れんが……。」
安達さんは困った様子だ。彼等の話しだと魚人をどうにかする見込みがまだないのだから。
「さて、報告は以上になりますが、朱音さん。あなたにお聞きしたい事があります。」
「はい。何でしょう?」
「本当に死体を見つけただけ?」
「そうですが?」
「その前に何か音を聞いたり、動く他の存在とか何かなかったでしょうか?」
「ありません。あったら話してますよ。」
「そうですか?それにしては死体が新し過ぎると感じました。人間と同じと考えていいかは分からないが、死亡推定時間がどうも発見時の辺り、そうだな、1時間も経過してないように思えます。」
朱音は内心動揺した。そう、実際は私が戦い倒したのだから。
「私がここで嘘を言って何か意味があるんですか?」
「さあ、僕には分かりません。分からないからこそ可能性があると思う。」
「ありませんよ。」
「そうですか?まあ、仕方ないですね。何かあればと期待したのですが……。」
「そうですよ。当たり前じゃないですか。」
「残念です。」
「私が疑われているのですか?」
ことさら大きな声でそう言った。そう言いながらも朱音の内心は焦りまくりだ。
「いや、流石にそれはあり得ないでしょう。先程も言ったように魚人と戦うにはそれなりの火力が必要になります。それを一般人であるあなたがどうこう出来るとは思えない。」
その言葉にほっとする。
「じゃあ何で?」
「手掛かりが欲しいんですよ。」
「手掛かり?」
「どんな存在が何をどうやって殺したのか?そしてそれを行った存在は我々人間の味方なのか?のね。」
「味方なんじゃないですか?危険と思われる魚人を倒しているのだから。」
「だと良いですがね。」
と、そこで急に扉が開き
「すいません、港に魚人らしき姿が!」
「何⁉️」
1番に反応したのは護衛と名乗った人だった。
「案内しろ!」
護衛が1番に外に出て行く。
「僕達も向かいましょう。」
それに続いて田中、福井、遠藤の3人も外に向かう。それにつられてか、安達と警察官、朱音も向かう事にする。
「それにしても護衛が先に向かうのっておかしいよね?」
朱音は疑問に思いながらも皆に付いて行くのだった。
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