明日へ

 小百合の話をまとめると、小百合の能力は単純に時間を超えるものじゃないらしい。今、俺たちが生きている世界から、別の平行世界へ移動する能力。小百合は、睡眠中に夢を見ることで移動先の平行世界を選ぶんだと言っている。

 「ちょっと待ってよ、その話、”先生”は知ってるの?」

 半笑いで穂香が小百合に聞く。

 「知ってるも何も、この能力の研究のために”先生”が私を捕まえたんだ。」

 「研究ってか人体実験だろ。」

 小百合はじろりと俺を睨んだ。

 「さっき”先生”に薬品ぶっかけたとき、少しはお前らの気が晴れればいいなって思ったよ。」

 目を細めて、そうだね、と吐き捨てる小百合の姿にの姿が重なって、ミラーから前を走る車に視線を逸した。

 穂香はずっと半笑いだが、瞳は信じたくないと訴えていた。一人じゃ何も考えられないように躾けられて、駒として扱き使われてきたのが穂香だ。正直こっち側につくとは思ってなかったし、まあ、色々しんどいんだろうけど、

 「”先生”の話じゃ、みんなで死ねばより遠い過去に飛べるらしいじゃねえか。俺たちを未来に連れて行くってのは、みんなで死んで別の世界でやり直そうってことか?」

 話を先に進めないといけない。いつまでも適当に車を走らせていたら、警察にも本部にも見つかって終わりだ。

 「別の世界でやり直すのは正解。でも、死んでも世界を渡れないし、大勢で死んでも何も意味がない。私は眠って夢をみないと世界を渡れない。それに、」

 穂香はわかんないと言って頭を抱えるが、小百合はそのまま続ける。

 「私は未来へも飛べる。文字通り、二人を未来に連れて行ける。」

 「”先生”のいない未来にも?」

 俺の言葉に小百合は強く頷いた。

 「もちろん。過去にでも未来にでも行ってやり直して、明るい未来を手に入れよう。」

 小百合の言葉に、穂香が顔を上げて叫んだ。

 「明るい未来って何!?やり直せないよ!今日、私達が何したか忘れたの?逃げるだけなら、あんなこと……。」

 「今日だけじゃないだろ。俺たちがこういうことしたのは。」 

 「私達は確かに悪いことをしたかもしれない。でも、私達に責任はないでしょ。」

 小百合は「私達」というが、悪いことをしていたのは穂香と俺だ。被検体として連れてこられた小百合と俺達とじゃ、やらされてきたことが全然違う。それを小百合が知ってんのかは知らないけど。

 「今まで俺がしてきたことを、なかったことにはできない。」

 「だったら!」

 穂香の目に涙がいっぱいに溜まっている。それを溢さないよう堪えるのは、自分が涙を流していい側の人間じゃないって自覚しているからだ。俺も同じだ。俺は今日、はじめて明確な殺意を持って、自分の意志で人を殺した。俺たち三人が逃げ切れるように、殺人ガスを発生させるよう穂香に指示を出したのも俺だ。

 「それでも俺は明日が見たい。過去へ行くことを夢想する連中について行って死ぬくらいなら、俺は未来へ行きたい。」

 ハンドルを強く握りしめた。

 「小百合、何時間眠れればいい?」

 「最低でも二日。でも、長ければ長いほどいい。」

 「俺たちも一緒に寝なきゃ行けないのか?」

 「世界を超えるその瞬間だけ、眠ってくれればそれでいい。」

 「じゃあ、今からでも寝られるか?」

 寝られるけど、小百合は穂香の様子を伺っていた。

 「小百合……。」

 穂香は声を震わせて尋ねた。

 「この世界の過去に飛ぶことはできないの?」

 「できない。同じ世界に二度飛ぶことはできない。」

 「別の世界に行ったとして、この世界はどうなるの?”家”にいるみんなはどうなるの?」

 「わからない。」

 「わからない……?なら連れて行ってよ。みんなにとって、ここも、”家”も安全じゃないんでしょ。」

 小百合は一瞬言葉を詰まらせた。

 「私の能力じゃ、一緒にワープできる人数は二人が限界だ。それなら、玲司と穂香を連れていきたい。」

 「二人……。」

 穂香はうなだれてしまう。

 

 小百合の能力について、俺も”先生”のまとめた資料に一通り目を通していたが、それとは全然話が違う。

 「玲司、眠る前に少し食事を取っておきたい。コンビニによってくれ。」

 「最期の晩餐がコンビニ飯でいいのかよ。」

 後部座席向かって喋りかけながら、すぐ横にあったコンビニに車を停めた。

 「最期にはならない。安心しろ。」

 ブレーキをかけるやいなや、小百合はコンビニにへと駆け出して、数分で両手にパンパンの袋をぶら下げて戻ってきた。


 「玲司と穂香も食べるだろうと思って。」 

 気丈に振る舞う小百合の袋を持つ手が、少し震えている。流石に緊張してんのか。

 小百合がおにぎりを二つ食べ終えて、いつもの睡眠薬を飲んだ後でも、穂香はまだうなだれていた。

 「穂香、玲司が眠るときまでに決めて。」

 小百合が穂香の手を取った。

 「私が保証するから、二人の未来を。」

 穂香はコクンコクンと二回頷いた。

 「玲司も。」

 「ああ、任せるよ。」

 「それじゃ、おやすみ。」

 小百合はすぐに寝息をたてはじめた。ここから最低でも二日、逃げ延びないといけない。

 

 数時間後、車を路肩に停めて外で休憩しているとき、穂香も外に出てきてようやく口を開いた。

 「…………玲司。」

 「……。」

 「私、嬉しかったの。小百合が”家”に来てくれたとき。」

 「うん。」

 「確か、私も小百合もまだ八歳とかで……。」

 「うん。」

 「玲司が来たときも、同い年だ、仲良くしたいなって」

 「うん。よく絡まれた。」

 穂香はふふっと笑った。

 「……玲司は、私が何してるか知ってたよね?」

 「……うん。」

 「小百合が何をされてるかも?」

 「…………うん。」

 穂香がペットボトルを握る手に力が入った。

 「私は、知らなかった。」

 知ってる。穂香は何も知らなかった。

 「言ってくれればよかったとか、そんなこと言うのは無神経だよね。」

 「何も言わなかったのはお互い様だろ。」

 「……そうだね。」

 「…………決めたのか。この世界に残るのか。」

 「……許されると思う?」

 穂香の問いに、ふと”先生”の言葉を思い出す。

 「世間は許してくれないだろうね。」

 穂香は目を閉じて頷いた。

 「玲司、運転交代する。」

 「お前、運転できるのかよ。」

 「できるよ、運転以外も。自慢じゃないけど、こういうことは玲司以上に慣れてると思う。」

 ペットボトルの水をゴクゴク飲み干して、穂香はこっちをまっすぐ見つめた。

 「まだ私は何も決められてない。でも、守るよ。二人を必ず未来へ送り届ける。」   

  

 

 

 

 

 

 

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