10話 九音のリベンジとユウマの苦悩

 西園寺とデートに行ってから一週間が経った。金曜日の放課後。

 俺は西園寺から呼び出されてカフェテラスに来ていた。 

 放課後ということもあり、人もまったくおらず、ほぼ無人な状態だった。

 静かな室内を歩きながら、呼び出した張本人である西園寺の姿を見つけるため、辺りを見渡すが――――。

――――あれ、おかしいな。まったく見当たらない。

 おかしいと思った俺は、ブレザーのポケットからスマホを取り出して、時間を確認がてら、LINEのメッセージを見返すと、確かに場所はと時間は間違っていなかった。

 では、なぜ、西園寺本人がいないのか、と不思議に思っていながら室内をぐるりと一周して回る。

 そして入口付近に近づいたところで、突然、背後から大声を出される。


「…………うわぁっ!!」


 振り返ってみると、「どう? 驚いた!?」と言っておどけた顔をした西園寺が立っていた。

―――いったいどこから出てきたんだ? 隠れていたのか…………

 色々と理解が追いつかずに、呆然としている俺に西園寺が慌ててごめんねと言い、てへっと舌を出して、手の平を合わせて謝ってくる。

「さ、西園寺…………どうしてそんなところから出てきたんだ?」

 いきなり現れたことに驚きながらも脅かされたことに対しての怒りから、そう尋ねる。

「ごめんね。ちょっとしたドッキリのつもりだったの。まさかこんなに驚くなんてお予想外だったな」と少しだけ困ったように笑みを浮かべる。

「…………」

 西園寺の顔を見た俺は何を言えずに、話題を変えるために「どうしてここに呼び出したんだ?」と訊く。

 途端に、満開の笑顔を浮かべた西園寺が「ユウマくん。明日、デートしようよ」とリベンジデートを申し込まれる。

 そう言われた俺は、ついこの前の西園寺の言葉を思い出していた。

『(そっか、他意はないのか――――じゃあ、今度はしっかりと私に夢中になるくらいのデートにしてみせるから覚悟してよね!)』ってとは言っていたが。

 まさかこんな早くリベンジされるとは思っていなかった俺は、困惑して返事ができずにいた。

 そんな俺を見た西園寺が、「どうしたの? ユウマくん」と言葉に詰まっている俺を見た西園寺がニヤリと意地の悪い笑みを浮かべながら、訊いてくる。

――――絶対、分かって言ってるだろ!

 心の中で、叫ぶながらも西園寺の提案を断るための返答を考えていた。

 懸命に返事を考えるために黙り込んでいる俺を見つめてくる。

「…………」

 西園寺に見守られる中、何とか必死に考えを絞り出す。

 それから数分経ったころに、しびれを切らした西園寺が「沈黙は肯定ってことでいいいのかな?」といつもの調子で尋ねてきた。

「…………断る」

 西園寺の言葉を訊いた俺はそう口にする。

「そんなこと言わずにデートしょうよ。ユウマくん」

 西園寺はめげることなく誘ってくる。

「…………」

 西園寺の誘いに無言で拒否の意思を示すが。

「良いのかな? ユウマくん」 

 西園寺がいつもの意地悪な蠱惑的な笑みを浮かべながらそう言ってくる。

 とうとう、我慢の限界が来たらしく強引に誘う作戦に切り替えたらしい。

 それから粘ってみたが結局は、例の如く付き合ってくれないと“秘密をばらす”と脅されて半ば強制的に行くことになった。



 週末の土曜日。

 約束の時間になるのを自宅のリビングで待っていた。

 前日に来たLINEには、『明日は、私がユウマくんのお家に迎えに行くから

 と、送られてきた。そのため俺は、こうして西園寺が来るのを待っていた。

 壁にかけてある時計が丁度、五分前をしたところで来客を知らせるインターホンが鳴る。

「おはよう。ユウマくん」

「…………ああ」

 ご機嫌な西園寺が嬉しそうな声で話しかけてくる。

「ほら行くよ、ユウマくん」と西園寺が荷物を持っていない俺の手を引っ張って部屋の外に連れ出す。

 マンションのエントランスまで降りていき、入口に停まっている黒塗りの高級車へと歩いていく。

 「おはようございます。昼神様」

 いつものように執事の伊織さんが恭しく俺に一礼してくる。

「こちらこそいつもすみません」と言って軽く頭を下げる。

「こちらこそ、お嬢様がわがままを申してしまい、申し訳ありません」と逆に頭を下げられる。

 今回はどこに行くのかと思いながら、車に乗って目的地に着くのを待つ。

 しばらく車窓を眺めること数十分。大きな亀の甲羅のような施設が見えてきた。

 どうやら、ここは温水プール施設らしく隣のゴミ集積場からの余熱を利用していると車内から指をさしながら、西園寺が教えてくれた。

 車が駐車場に停まるまでの間に他にも食堂や温泉、トレーニングジムまで完備しており、実用的な施設であるという説明を受ける。

 感心している俺の顔を見た西園寺が悪巧みを企てる子供のような顔をしていた。

「西園寺、今度はいったいなにを考えているんだ?」

 気になって聞いてみるが、「それはあとのお楽しみだよ」と言ってはぐらかされてしまう。

 一抹の不安を抱えながら入口から施設内に入っていく。向かって、左側の自動ドアから中に入って指定料金を払う前に、「それにしてもどうしてプールなんだ?」と訊てみる。

 更衣室前に設置してあるゲートに向かって二人で歩きながら、「そろそろ、夏休みに入るから新しい水着も新調したんだ。だからユウマくんにお披露目したくて………」と少し照れたように頬を赤らめさせながらそう言ってくる。

「………そうか」と答えて俺は男子更衣室に入る。

 着替え終わった後、出入口付近で西園寺が出てくるのを待っている。

 その間に先ほどの言葉を頭の中で反芻する。

――――ユウマくんにお披露目したくて、どうして西園寺はそこまで俺にこだわるのかが、分からずにいた。

 悶々と一人で考えていると「………お待たせユウマくん、どう似合っているかな?」と着替え終わった西園寺が女子更衣室から出てきて、俺に声をかけてきた。

 純白のビキニにショート・ハーフの布を巻いている西園寺が、恥ずかしそうにはににかむ。

 普段の清楚なお嬢様の感じとはかけ離れた大胆かつセクシーな恰好に、俺は目のやり場に困り、つい視線を右往左往させてしまう。

 俺の反応を見た西園寺は満足げに微笑みながら「ほら、行こう! ユウマくん。と………その前にシャワー浴びないといけないね」と言って、隣同士に並んでシャワーを浴びてからプールサイドに出る。

 肩が触れ合うくらいの距離のだったせいか、女子特有のふんわりとした良い匂いが鼻腔をくすぐり、思わずドキっとする。

「どうしたの? ユウマくん」

 シャワーを浴び終わった西園寺が、小さく首を傾げて不思議そうに訊いてくる。

「いや、何でもない」

 何とか、誤魔化しつつ急いでシャワーを浴びる。いざ、プールサイドに出ようとしたところで、「…………ねえユウマくん、耳貸して」と声をかけられる。

「どうしたんだ? 西園寺」と言わるがまま、耳を貸すと「もしかして興奮した?」と蠱惑的な笑みを浮かべて訊いてくる。

「………なっ! 何言っているんだ」

「そんな隠さなくてもいいでしょ。私はとっても嬉しいよ」

 慌てて否定するが、ますます西園寺は嬉しそうにするばかりでまったく聞く耳を持ってくれなかった。その後は二人プールサイドを散策してから流水プールや波のプール、ウォータースライダーを楽しんだ。

 夢中になって遊んでいるところで、ピーーーとホイッスルが場内に鳴り響く。

 それと同時に周りにいた監視員の人たちが「ただいまより、点検を行いますので、お客様は一度、プールサイドに上がってください」と声がけをされる。

 指示に従って二人でプールサイドに上がったところで、中央に設置されている時計に視線を向けると、ちょうどお昼の時間になるところだった。

「何か食べる? ユウマくん。あそこにフードテラスがあるよ」と言って、西園寺が二階を指さす。

 階段を上って、店内に入る。メニューを見ながら、どれにするかと話し合う。

「見てみて、どれもおいしそうだね」と興奮気味に西園寺が言う。勉強会の時のピザと言い、本当に西園寺はそう言ったものを食べる機会がないらしい。

 今回の昼食もすごく楽しそうに、新しい物でも発見したかのようなテンションでいる西園寺であった。

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