第27話 露出の「段」
「でも」ぼくはふと気になったので聞いた。「『1/8秒』のつぎは『1/16秒』じゃなくて『1/15』秒なんですね」
「そこは」先輩はなんということはないというふうに説明してくれた。「2のべき乗だと桁数が多いから、分かりやすい数字に近似してるの」
「分かりやすい?」
「『64』より『60』の方が分かりやすいでしょう」
「でも、その次が『125』になってますよ」
「それは『128』の近似だからよ。それに、125にしておけば次の『250』からはまた倍の倍の倍よ」
「確かに、『125』、『250』、『500』、『1000』、『2000』は分かりやすい」60と125の関係はちょっと気になったが、その先は大丈夫そうだった。
「でしょう」
「端数がないからきりがいいですね」
「シャッタースピードの制御は1割ぐらい誤差があるのが普通だから、『1024』の『24』とかは無意味よ。それよりわかりやすさが大事」
「なるほど」
「で」唐突に、先輩があらたまった感じで言った。「重要なことを言うから聞いて」
「はい」
「シャッタースピードの数字は、連続した無限の数字じゃなくて、2のべき乗で整理されてるから、さっき書いたいくつかの数字を覚えれば、『難しい』とか思わなくなるわ」
「そういえば」F3を見ながらぼくは応えた。「ダイヤル一周の間に数字全部入ってますね」
「『1/30秒ならぶれるかな』とか、『1/1000秒なら片手でもブレないかな』とか、そういうふうに、それぞれの数字でどう撮れるかをイメージすればいいの」
「イメージですか」
「1/30秒から1/1000秒まではたった6個よ。簡単でしょう」
「1/30, 1/60, 1/125, 1/250, 1/500, 1/1000…。本当だ。たったこれだけで、すごい範囲の数字がカバーできてる」
「シャッタースピードは要は遅ければ手ブレして早ければブレない。まずそれを覚えて、頑張ればなんとか手持ちで撮れる1/30秒と、そうそう手ブレしない1/1000秒まで把握すれば、それほど困らないわ」
「分かりました」
「さっきの数字だけど」ぼくがパソコンで撮った写真のデータを眺めていると、先輩がまた言った。「『2』の何乗か、という、指数で表してみて」
「シスウ?」
「ほら、数字の右上にある小さい数字、その数字を何回かけるかを示すやつ」
「ああ、あれですね」
ぼくはシャーペンを手にノートに向かった。しかし、そこで手が止まってしまった。
「どうしたの?」
「あのう。『1』は2の倍数なんですか?」
「ああ、まだ習ってなかたっけ。1は2の0乗よ」
「ゼロ乗ですか」
「1に2を0回かけたら1でしょう」
「ああ、ほんとだ」
ぼくは頷きながらノートに数字を書いた。
2^0, 2^1, 2^2, 2^3, 2^4, 2^5, 2^6, 2^7, 2^8, 2^9, 2^10, 2^11
「『2』の右上に小さい数字って言わなかったかな?」
「そう書いたんですが、なんだか変換されちゃってますね」
「変換?」
「いえ、なんでもないです」
「そうね。上付き文字が表現できない世界でも通用する書き方で行きましょう。『2**0』とかでもいいわ」
「そんな書き方もあるんですか」
「あるのよ」
「はー」ぼくは、この世界でできる新しい表現をひとつ知った。というか、ぼくがいる世界はずいぶん制約が多くないか?
「そんなことより、今度は逆数を同じように書いてみて」
「ええ? 逆数も2の何乗とかあるんですか?」
「ごめんね、教わってないことまで要求しちゃって。2の逆数は2のマイナス1乗よ」
「マイナスなんですか」
「ええ、指数がマイナスの場合は、その数字で何回割りますって意味なの」
「そういうものですか」
「そういうルールだと思っておいて」
「じゃあ」
2^0, 2^-1, 2^-2, 2^-3, 2^-4, 2^-5, 2^-6, 2^-7, 2^-8, 2^-9, 2^-10 2^-11
「そうそう。で指数のところを見て」
「あ、-11から11までいっこずつ大きくなってる」
「この指数のところを、『段』て言うの」
「『ダン』ですか。なんか風来坊みたいですね」
「そうね、名前なら、『ロシュツノ・ダン』とでもしておきましょうか」
「なぜ人名風に???」
「『風来坊』とか言っといてそれ聞く?」
先輩は拳でぼくの頬をぐりぐりやった。いたいいたい。
「これは『ヴェーバー・フェヒナーの法則』と言って、明るさや音の大きさなどの感覚は、音や光の強さの倍率を、強さの差として人は感じるそうよ。だから、強さが2倍、3倍、4倍に変わったな〜、て思うときは、実際の強さは指数だから、2倍、4倍、8倍になってるの。差が大きいときはそれこそ、文字通り『桁違い』よ」
先輩が改めてそう説明した。
「だから、露出の明るさも2倍、2倍とか1/2倍、1/2倍とかで変えた方が、人の直感に誓いの」
「『ニバイニバイ』ですか」
ぼくは左手で∨の字を作りながら、声をしゃがれさせて言った。
「あなたのその昭和ギャグはどこから出てくるのかしらね」
「え? 昭和なんですか? 今の」
「もしかして無意識にやってる?」
「そうですね。たまに昭和生まれの人に憑依されるようです。さっきも、『ダン』と聞いた途端に『風来坊』と言わずにはいられませんでした」
「それは困ったものね」
先輩はそう言いつつ、またノートを示した。
「ほら、シャッタースピードが1/60秒で適正露出だった写真を1/30秒で撮ったときの明るくなる程度と、1/1000秒で適正露出だった写真を1/500秒で撮ったときの明るくなる程度は同じってことなの」
「ああ、なるほど。そうするとあまり悩まなくていい」
「そう。どんなときも、1段明るくしたり、1段暗くしたりするときの、写真の変化は同じなのよ」
「分かりました」
「私も、露出について突っ込んだ話ができるようになってきて嬉しいわ」
「先輩に一歩近づけた気がします」
「そうそう。どんどん私に近づいてきて」先輩はそう言って笑った。「あなたが追いつく頃には、私はその先に行ってると思うけど」
先は長そうだ。
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