第21話 レンズに指紋が
別の月曜日。
「ああ、先輩〜」ぼくは困った顔で部室に入り、唐突に自分の悩みを話した。「やられちゃいました」
部室では、テーブルを挟んでニコ先輩と花咲さんがなにやら女子トークをしていた。二人の間にはF3があった。
「何?」
「どうしたの?」
盛り上がっている話を遮って割り込んでしまい、しまったと思っていると、さいわい、二人とも興味を持ってくれた。
「週末姉が子供を連れて来るっていうんで、部室のカメラ借りさせてもらったんですよ」
「先週カメラ借りたのはそんな理由だったの」とニコ先輩。
「ええ。写真部のことをうちの母親が話したらしくて、面白がって実家に来ることになりました」
「ノクト君、お姉さんいたんだ」花咲さんが意外そうに聞いてきた。
「3年前に結婚してもう家にいないんですけどね」
「そっかー、ずいぶん歳の差のある姉弟なんだね〜」
「花咲さん、高1にして叔父さんになってしまいました」
「それで、小さいお子さんをZ6で撮ってあげたと」
「ええ、先輩、この部室から借りたZ6で………………Z6?!」ぼくは背中から降ろしたリュックからカメラを出して、それがD70と違うのでびっくりした。「ほんとうだ! D70じゃなくてZ6だった!」
「☆ミラーレス!だからね」といたずらそうにニコ先輩。
「いつの間に……」
「20年前のデジカメだったD70は」先輩が改めて説明してくれた。「撮影会の後壊れちゃったから、私がうちにある古めのカメラを持ってきたのよ」
「そうだったんですか。それはよく確認してませんでした……」
「いいのよ、気にしなくて。これぐらいの気まぐれはよくあることだし」
「『気まぐれ』?」
「他に誤字脱字もあるわ」
「?」
「ああごめん、なんでもない」
よくわからないやり取りの後、確かにD70を借りたはずだというぼくの確信が、手にしたZ6のイメージで急速に上書きされていった。人の記憶というのはこうも簡単に上書きされてしまうのだろうか……。
「あ、そうそう」閑話休題。ぼくは相談ごとを改めて口にした「このレンズ、NIKKOR Z 24-200mm f/4-6.3 VRなんですが」
「君もレンズの名前がスラスラ言えるようになったね」
「ええ、オフィシャルサイトからコピペできるようになりました」
「コピペ?」
またよく分からない会話になりそうになって、花咲さんが頭に巨大な「?」が浮いてそうな顔になった。
「それより本題です。最初のうちはよかったんですが……」ぼくはカメラのレンズキャップを外して皆に見せた。「目を離したらこの通り」
「ありゃー」
「なるほどー」
女子二人がレンズを見て頷いた。
レンズの前の保護フィルターにべったりと指紋がついていた。
「一度ティッシュで拭いたんですが、その後もう一回やられて」
「じゃあ写真は」
「指紋のところが滲んでました」
「でしょうねー」
先輩はうんうんとうなづいた。
「それはそうと、さっき『ティッシュで拭いた』って言ったわね」
「はい…」
なんか先輩が険しい顔で聞いてきた。
「ティッシュペーパーはだめよ」
「そうですね。指紋がきれいには取れませんでした」
「そういう話じゃないの」
「え?」
「あなたが3月にくしゃみが出ない、選ばれた人類なら分からないかもしれないけど」先輩がものすごく真面目な顔で言った。「ティッシュペーパーの繊維は硬くて凶悪よ」
「あ……」
「鼻をかみすぎると鼻が赤く腫れたりするでしょう」
「なりますなります」
「それぐらいティッシュはものを傷つけるの」
「先輩も花粉症なんですね!」
「一般論よ」
先輩は表情一つ変えずに言った。花粉症なのか違うのか、どっちなんだろう。
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