第51話 ハルナジ伯爵の報告

ハルナジ伯爵が戻ってきたのは、早馬の報告から二週間も後のことだった。


「かなり大変だったようだな。面倒なことを頼んでしまってすまない」


「いいえ、ライオネル様に少しでも恩を返せたのであれば幸いです」


恩って、ブリュノ様のことかな。

ハルナジ伯爵がジョルダリに行っている間に、

ライオネル様からブリュノ様のことを聞いた。


ハルナジ伯爵のお嬢さんがどうしてもブリュノ様を婿にと望んでいると。

そのため、退学ではなく休学という処罰にしたそうだ。

学園を退学してしまえば、復学することはできない。

卒業しなければこの国で貴族として認められなくなる。


ハルナジ伯爵家のために寛大な処罰にしたライオネル様に、

大きな借りがある状態になっているため、

今回はジョルダリまで伯爵自身が送り届けてくれたのだろう。


「では、報告を聞かせてくれるか?」


「はい」


リーナが出したお茶をおいしそうに一口飲んでから、

ハルナジ伯爵は報告を始めた。


「まずはジョルダリまでの旅の間ですが、

 予想通りあの二人はアマンダを部屋に呼び出して、

 ジュリア様の話を聞きだしていました」


「学園での話か?」


「そのようです。すべて、嘘の話だったようですが」


「嘘?本当の話は無かったと?」


「ええ、すべて作り話でした。

 いかにジュリア様が身分の下の令嬢にひどいことをして、

 令息たちと遊び歩いていたかという話だったようです」


やはりアマンダは嘘の話を広めようとしていた。

予想通りではあるが、ハルナジ伯爵はそれに対して怒ってくれているようだ。


「その作り話については他にもれるようなことはありません。

 宿の使用人たちには近づかないように言ってありましたし、

 アマンダが話したのはすべて嘘だと護衛騎士たちもわかっております。

 ジュリア様の名が傷つくようなことはありませんので、安心してください」


「ありがとうございます。ほっとしました」


「国境の騎士には到着する数日前に早馬で知らせてありました。

 重大犯罪人の元貴族令嬢が幽閉されていた領地から逃げたようだ、

 ジョルダリに逃げ込もうとしているかもしれないと」


アマンダたちのことは先に情報を流していたらしい。

万が一にもジョルダリに入国してしまわないためだろう。

そのおかげで国境の検問で三人は止められ、そのまま捕縛された。


「抵抗はなかったのか?」


「詰所に招いてから捕縛したようです。

 まぁ、騒いではいたようですが。

 三人ともあきらめが悪かったそうですよ」


「そうだろうな」


「戻ってくるのが遅かったのは、二人の処罰が遅れたせいです」


「何か問題があったのか?」


二人というと、ルミリア様とブランカ様のことか。

もしかして公爵家と侯爵家が抗議してきた?


「公爵夫人と侯爵夫妻が抗議して来たようですが、

 そちらは王妃たちのことで途中からそれどころではなくなったようです」


「王妃たち?」


「あぁ、出国許可のほうか?」


疑問に思って聞いたら、ライオネル様が先に気がついた。

そういえば王女が出国許可を偽造していた。その件もあったんだ。


「はい。出国許可を偽造したのは王女でしたが、

 それに王妃が手を貸していたようで、どちらも罪に問われました。

 第一側妃様と第二側妃様が国王代理として議会にかけ、

 王妃と王女はリナディルに送り返されることになりました」


「やっとか……」


「そのおかげで王妃の取り巻きだった貴族家にも調べが入りました。

 多数の横領や賄賂が見つかったようで、

 どちらの家も娘を守るどころではなくなったようですね」


「これでうるさい家も減るな」


十二歳の王女が一人で偽造できるわけはないと思っていたが、

予想よりも多くの貴族家が関わっていたようだ。

ライオネル様たちにとってはうれしい報告なのかな。

だけど、ちょっとだけ心配。


「王妃と王女を送り返して大丈夫なの?

 同盟は維持できるの?」


王妃の結婚はリナディル国との同盟のための結婚だったはず。

王女まで送り返して大丈夫なんだろうか。


「大丈夫だよ。今の国王は王妃の異母兄にあたるんだが、

 王妃の醜聞がリナディルにも届いていたようで、

 次に何かあった場合はリナディルに返していいと言われていたんだ」


「そうなの」


「長年王妃に苦しめられたお詫びとして、

 同盟はそのまま維持する約束になっているから大丈夫だ」


それなら安心した。

リナディル国としても、ジョルダリを困らせたくはないんだろう。

前の国王が押し付けた結婚で、リナディルの評判も悪くなってしまっただろうし。


「それで、三人の処罰は?」


「ルミリアとブランカ、両名は貴族からの除籍。

 王領の修道院にて幽閉されることになりました」


「修道院に幽閉?それって、一生なの?」


貴族ではなくなるかもしれないと思ったけれど、

一生幽閉になるのはちょっとかわいそう。

そう思ったけれど、ライオネル様とハルナジ伯爵に否定される。


「いいえ、ジュリア様。これは二人を守るためでもあるのです」


「守る?」


「ジュリア、貴族でなくなった令嬢、しかも恨まれているような令嬢だ。

 後ろ盾がなければどうなると思う?あっという間に売り飛ばされてしまう。

 娼館でも最低の扱いをされるだろうし、殺されてもおかしくない。

 平民になって穏やかな人生を送るなんて、できないんだよ」


「……そ、それは」


言われるまで思いもしなかった。

平民になった貴族令嬢がそんな目に合うなんて。

言葉を失っていると、ライオネル様に頭をなでられた。


「悪い……怖がらせた」


「ううん、ちゃんと教えてくれてありがとう。

 私……今まですごく恵まれていたのね」


「知らないのが当然なんだ。

 普通は貴族の除籍なんて関わることはないだろうから」


「ええ、そうでしょうとも」


なぐさめてくれるようなライオネル様とハルナジ伯爵に申し訳なくなる。

きっと私がいなければ、もう少し詳しい話ができたのだと思う。


「もう、大丈夫。それで、アマンダは?」


「アマンダは重大犯罪人ですから、収監されることになりました。

 守り石を盗もうとした犯罪人ですから、精霊石の採掘場に行かされるでしょう」


「精霊石の採掘場か。アマンダにはふさわしいだろう。

 最後まであきらめてなさそうだったからな」


「おそらく精霊石に魅了されたのでしょう」


「採掘場って、原石を掘るところよね?」


鉱山のような場所で働くのだろうか。令嬢として育ったアマンダが?

想像できなくて首をかしげていると、またライオネル様が困った顔をする。


「……隠さないで話して?」


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