第7話 下馬物語



私たちは、まるでいつもそうしているかのように、缶ビールとお菓子を机に置き、ソファに座った。


美咲が選んだのは、ゼロ年代の邦画だった。

北関東の片田舎を舞台に、ロリータファッションを愛好し刺繍に情熱を燃やす少女と地元の暴走族に所属するヤンキー少女の出会いと友情を描く映画だ。



映画は、全身フリフリピンク少女の甘ったるい一人語りから始まる。

私はポテチをつまみながら冷めた目で見ていたが、その隣で美咲は少女の装いや語られる言葉に心惹かれているようだった。

「実は、私も昔から可愛いお洋服に興味があって、短大で服飾関係の資格取ろうと思ってたの。でも、中退しちゃって。」

話しかけるでもなく呟いた美咲に、私は何の言葉も返せなかった。

この主人公のような軽薄で享楽的なファッションは、確かに彼女に似合いそうだ、などと失礼なことを私は考えていた。



映画が進み、スクリーンには、もう一人のヒロインである暴走族の女が映っている。その女優の力強い演技に魅入られる一方で、私は余計なことを考えていた。

「この人、数年前に舞台か何かでトラブってたな。なんだっけな」

美咲はスマホを取り出し、検索をかけてくれているようだった。

「あーなんかあったね。あ、これだ。演出と揉めて舞台の稽古ドタキャンしたやつね。へー。この人裁判勝ってるんだ。」


「なんか、そういう感じ私もあるんだよなー。わかるなぁ。」

私はさっきの美咲のように、話しかけるでもなく呟いたつもりでいた。

「どういうこと?」

捕まった。聞き返された。


「社会とか仕事相手と自分の正義がうまく折り合えないってこと。私も組織の中でうまくやれなくて、白い目で見られてばっかりなの。社会性とかコミュ力とか全然ないし。ほら、さっき岡本に話してた今日の総会の話とかまさにそうじゃん。」

「あー、私そのとき放心状態で話の内容まで聞けてないわ。」

「そっか。なんか、ごめん。ほんと、巻き込むつもりは無かったんだ。」

「いいよ。こんなに明日が楽しみなの、私今日が初めてだから。」

「そっか。変なやつ。」

「玲奈もだよ。」


スクリーンの中では、ヤンキー少女が、特攻服の刺繍をロリータ少女に託していた。

どうやらそれは命を託すことと同じらしい。

「私たちも、お互いに命託してるね。」美咲が笑った。

「例えじゃなくてマジだからな。」私も笑った。


あまりにもベタで笑えてくるけど、映画の二人が同じ時を重ねるように、私たちにも不思議な何かが芽生え始めるのを感じていた。


「玲奈、私たちこれからどうなるのかな」

「わかんない。けど、美咲を一人にはしない。これは絶対。」

「うん。約束。」


映画の終盤でヤンキー少女は、規律を重んじる暴走族に歯向かい、ボロボロになりながら戦っていた。彼女に待ち受ける運命が、私の嫌な未来予想図のようで見ていられなかった。

果たして隣の女は、その時バイクで駆けつけてくれるだろうか。口八丁と嘘八百には期待できるが、それこそ道中で事故ったら、この街では無事ではいられない。



私が彼女を守る。密かにそう心に誓った。




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