最終話 予定人間、サプライズに敗北してしまう
そうして、教室に残ったのは僕と月山と日野だけになる。
ふうっと日野が息をついて、僕たちの方を向いた。
さっきまでの恐ろしい姿はどこにもなく、いつもの日野に戻っていた。
「下田君。巻き込んですまなかったな。どうしても俺なりのやり方があったんだ。だが、君なら必ず合わせてくれると思って甘えてしまった」
申し訳なさそうに頭を掻く日野。自覚はあるらしい。
「やはりと言うべきか、君はそこまで驚いていなかったな。これも予定の一部だったか?」
「まあね」
「ふっ、いつか下田君には本当のサプライズをしたいものだ。一度でいいから、君の予定を突破して、本気で驚いた姿を見てみたい」
いや、勘弁してくれ。もうサプライズはコリゴリだ。
「月山君もすまなかった。財布の件に関しては倍以上にして返そう。それで許されるわけではないだろうが、どうか勘弁してほしい。それと今後は困った事があれば、俺たち日野グループに言ってくれ。全力で対処する」
月山に対して頭を下げる日野。
こんなに申し訳なさそうにしている日野も珍しい。
「今泉は、どうするんだ?」
「反省してもらう。その後はまたグループの一員に戻ってもらう。悪いな、納得できないかもしれないだろうが、これは約束だ。守ってほしい」
あの日、僕と日野がした約束は『グループのメンバーに対する処遇は、日野に委ねる』だった。
「僕は別にいいけど、月山がどう思うかだな」
「あたしも別にいいよ。絵が描ければ、それでいいし」
あまり私怨的な恨みは無いみたいだ。約束を果たせるという点ではありがたい。
日野が言う誰も悪者にならない世界。奴はまだその理想を目指しているのだろうか。
あるいは教室が狂っていた原因を今泉だけに押し付けるのを良しとしなかったかもしれない。
まあ、僕には関係ない話だ。今後、こちらに被害が出なければそれでいい。
余談だが、翌日から今泉は別人のように淑やかになっていた。
どんな『罰』を受けたのかは謎だ。
だが、それは本来の今泉の性格でもあるらしい。
元々、彼女は下位グループに属していて、性格も良かったらしいのだが、日野という権力を手に入れて、それで狂ってしまったとか。
今回の件で学んだのは、この世で最も恐ろしいのは『権力』だという事だ。
「下田君。君も困ったことがあれば、俺に頼っていいぜ。精神科医の卵として、君に興味があるんでね」
「ふん、僕が病気って言いたいのか?」
「さあな。ただ、君や月山君、後は今泉君みたいなタイプと付き合うのは、俺の将来にとって勉強になる。それだけだ。互いの利害関係ってやつだな」
勉強って……こいつが一番やばいんじゃないのか?
サプライズが好きなのも、人の心理を学ぶために驚いた人間の反応を研究していた、ってオチもありそうだ。
ま、敵にはならないみたいだから、別にいいけど。
「ねえ、下田君。とりあえず、これで全部終わったんだよね」
「ああ、サプライズ地獄はこれで打ち止めだ。はあ~、疲れた」
思わずため息が出てしまった。本当に色々と大変だったな。
でもこれで全て解決だろう。
今泉を無力化した今、もうサプライズが絶対正義という狂った空気感も生まれない。
「安心しろ。もう君たちにサプライズはやらない。俺の負けだよ」
観念した様子の日野は両手を上げている。
少しだけ悔しそうにしている奴の顔が面白くて、思わず笑ってしまった。
「へへへ。やったね。下田君、サプライズに勝ったね」
「当然だ。僕たちはサプライズなんかに絶対に負けないんだよ」
この先、どんなサプライズが来ても、僕の予定がそれを凌駕してみせよう。
サプライズの逆襲などさせはしない。僕の完全勝利だ!
「それじゃ、下田君。帰ろっか」
「ああ。約束の絵、楽しみにしてるよ」
「ふふふ~。それは任せて。凄いのが出来たからね」
上機嫌な月山。ここまで嬉しそうな彼女も珍しい。
彼女はようやく真の自由を手にしたのだ。
きっと月山は、これからも好きな絵を描いて、自由に生きていくのだろう。
そんな彼女とずっと一緒にいたい。そう思った。
いつかこの気持ちを伝える事ができたらいいな、なんて考えている。
月山からしたら、僕みたいな変人はお断りかもしれないけど。
ま、当たって砕けるのも悪くない……か。
「君たち、本当に仲がいいんだな」
「うん、そうだよ」
そして月山は、今日一番の笑顔となった。
「だってあたし、下田君の事が好きだから」
「っ!?」「っ!?」
僕と日野から声にならない声が出た。
「あっ、しまった!」
月山は口を押える。
例の思った事が勝手に口に出てしまうやつだったらしい。
「いや、これは驚いた。まあ、月山君の気持ちはなんとなく察していたが、まさかこんな所でいきなり告白するとは思わなかったぞ。俺をここまで驚かせるとか、やるじゃないか」
「うう、こんな所で告白つもりはなかったのに~」
「ふふ、確かにその癖は直した方がいいかもな。ムードも何もなかったぞ」
「うう~。絶対に直す!」
「ま、とはいえ、下田君にとっては、これも『予定通り』だったんだろ?」
ニヤニヤしながら日野がこちらを見てくる。
「全てを予定通りにして、女を落とすとは、君も中々隅に置けない………………ん? 下田君?」
「……………………」
…………え? 予定? ……ああ、予定ね。
うん、そうだよ。僕は予定を極めている。
僕の予定は誰にも崩せない。
今、月山に告白されたのも、予定通りだ。
これも僕が構築したプランの一つさ。
さあ、了承の返事をしよう。
えっと、どう答えればいいんだっけ?
えっと、えっと…………あれ?
fghzn4qw8ps○×♯※@!?!?
「どうやら彼、気絶してしまったみたいだぞ」
「え!? なんで!?」
「多分だが、月山君の告白サプライズが、彼に直撃してしまったんじゃないか?」
「ええええええええ!? 別にサプライズしたわけじゃないよ!?」
「悔しいな。俺がどれだけサプライズを仕掛けても先読みされたのに、月山君のサプライズは完璧に決まったらしい。君、サプライズの才能があるんじゃないか?」
「嬉しくないし! あたし、サプライズ嫌いだし! え? っていうか、あの下田君が予定にできないくらい意外だったって事? あたし、普通にいい感じと思ってたんですけど! ちょっとショックなんですけど!?」
「まあ、あれだ。彼は悪意に対して予定を立てるのは完璧だったが、善意で告白される予定に対しては全然だったという事だな。下田君、油断はよくないぞ。サプライズの魔の手は、いつどこで誰が君を襲うか分からないのだ。そして最も恐ろしいサプライズとは、意図せぬサプライズだ」
嬉しそうに日野が僕の肩に手を置いた。
「ま、下田君もいつまでも誰も自分を好きにならないとか思っている場合じゃないぞ。君に告白する子もいるんだ。これからは告白される予定もきちんと立てておくんだな。くくく」
心の底から面白そうに笑う日野の声を薄れゆく意識で聞きながら、僕は思った。
これからは……告白された時の予定表も……作って…………おこう。
終わり♪
僕たちはサプライズが大嫌い でんでんむし @dendenmusi3
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