第9話 絵を描いている月山凛はどこまでも美しい
それから色々と対策を練ってみたのだが、全て空振りに終わってしまった。
「無理~」
とうとうテーブルに突っ伏してしまう月山。
限界が来てしまったようだ。
「ちょっと休憩!」
そんな月山は、唐突に鞄からスケッチブックを取り出した。
そのまま黙々と絵を書き始める月山。
どうやらこれが彼女流の休憩らしい。
いきなりこんな所で絵を書くのもどうかと思うのだが、彼女の勢いに飲まれてしまって何も言えなかった。
「…………」
僕は黙ってその様子を見つめる。
思ったのは、さっきまでの月山とはまるで別人だという事だ。
凄い集中力だ。
もし仮に、今ここで大地震が起きたとしても、月山は気にも留めずに絵を書き続けるのではないか?
そう思ってしまうほどの迫力を感じた。
本気になった人間とは、こうも顔つきが変わるのか。
今までの不器用な雰囲気は完全に消え去り、無駄が存在しないと言えるレベルの透き通った真っ直ぐな表情がそこにあった。
率直に言えば…………凄く綺麗な顔だ。
しかも、これが彼女にとっての『休憩』というのだから驚きだ。
僕だったら全神経を集中させても無理だ。
それを月山は、自然と休憩のつもりでやれてしまう。
今の月山は、完全な『自由』なのだ。
ひたすら好きな事をやるだけの自然な全力。
嬉しくも無いサプライズには喜ばない。
感謝の気持ちも無い言葉は発しない。
作りたくも無い笑顔は作らない。
でも、好きな事には全力。
これが月山凛だ。
そんな主張が体中からにじみ出ているように見えた。
これは何の才能も持たない僕の憧れの気持ちなのだろうか。
それとも予定という同じこだわりを持つある種の共感なのか。
対人経験の薄い僕には分からない。
それから30分くらい過ぎただろうか。
あるいは1時間かもしれない。
ずっと僕は絵を描いている月山を見ていた。
それでも見ていて飽きない。
集中して絵を書いている彼女をいつまでも見たいとすら思った。
予定は何も崩れていない。
そもそもの話、1日かけてサプライズ対策をする予定だったのだ。
今は彼女の休憩を見守っておこう。
これもまた、僕の予定の一つである。
「できた!」
そうして手を止める月山。
どうやら絵が完成したようだ。
「はい、あげる」
しかも、僕にくれるつもりで書いていたらしい。
見てみると、人物画だった。
中々のイケメンである。
いや、待て。というか、これって……
「もしかして、僕?」
「そうだよ」
「いやいや。なんだこのイケメン。僕はこんなじゃないぞ」
「鏡、見た方がいいんじゃない?」
「毎日見てるって」
馬鹿にしない意味でこんな言い方をする子、初めて見た。
特に目つきが別人だ。
僕はもっと腐った魚みたいな目をしているはずだ。
こんな情熱と意思に溢れる強い瞳など知らないし、実際に僕にそんな感情など存在しない。
ただ予定を愛するだけの、つまらない人間だよ。
「予定を考えている時とか、たまにそんな顔してるよ。そういう時って集中しているから、自分じゃ分からないけど、他人が見たら別人に見えるよ。そういう経験、無い?」
いや、まあ、今まさに目の前の月山がそうだったのだが……
「これがあたしの中の下田君なんだから、これでいいの。他人からどう見えても関係ないし、本人がどう思おうとも知らない。現実だって無視するよ。だって、絵は自由だ。現実が不自由だとしても、絵だけはあたしが自由に書く。あたしが見た世界だけを、好き放題に表現してやるんだ」
なんとキラキラした目で語るのだろう。
本当に絵が好きなんだな。
いや、絵を通した自由を月山は愛しているのだ。
それが形となって表れて、コンテストで受賞するまでなった。
しかも本人すら、現実すら関係ないとは、よく言ったもんだ。
本当にどこまでも自由で、それが似合うというか、輝いている子である。
「って、しまった。なに恥ずかしい事を言ってんだあたし。また思った事が口から勝手に出ちゃったよ~」
慌てて口を押える月山。
相変わらず癖は止められないらしい。
「……ん?」
そんな時、月山の鞄からビリビリに破られた絵が見えた。
「あっ!」
慌ててその絵を隠す月山。
あまり見せたくなかった絵らしい。
敗れた断片からでも、かなり上手に描けているように見えるが、どうして破られているんだろう。
「こ、これは……その……ど、どうしても気に入らなくて……破っちゃったというか、恥ずかしいなぁ。えへ」
そうなのか。
気に入らないからビリビリに破るって、月山らしくない気がする。
何か別の理由でもありそうだが、今はそれを考えても仕方ない。
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