第5話 このクラスは狂っている

「あー思い出したら、死にたくなってきた」


「あれは、狂っている」


 このクラスの女子さん、どれだけ日野とサプライズを信仰しているんだよ。宗教かよ。

 もはや好き嫌いどころか、サプライズに対応できないだけでゴミ虫扱いだ。

 あれを狂っていると思っているのは、僕だけなのか?


 あんなのでサプライズが好きになるはずがない。

 好きになる奴がいたとしたら、そいつはよほどのお人好しか、自我も持たない流行りを愛するだけの信仰心の高い人間だけだろう。


 そもそも、なんで月山を祝うはずのサプライズで、彼女が責められてんだよ!

 そこが一番おかしい事に、なぜ誰も気付かない!?


 最も厄介なのは、だ。

 サプライズが絶対正義とされているこの教室では、サプライズに対する不満はイコール悪となる。


 実際、悪意ではなく、善意を持っての行動なので、大声で『やめてほしい』なんて言えない。

 言えばどうなるかは、以前の月山が体験済みだ。


「特に今泉さんから、めちゃくちゃ詰められた」


「あー。今泉か」


 今泉いまいずみ志穂しほ。美術部に所属。

 日野の親衛隊のリーダーで、実質このクラスで2番目に権力を持つ女と言っていい。

 あの時に月山を責めていた中心人物で、わざとらしく泣いていた女だ。


 この今泉という女が非常に厄介なのだ。

 僕の中の危険人物ランキングでトップを独走している。

 彼女はとにかく攻撃的だ。

 攻撃的、というのは暴力など直接的な攻撃力という意味ではなく、『他人の価値を下げるのが得意』というその性質のことを言う。


 よほど日野が好きなのか知らないが、日野という王の価値を異常に上げようとするあまり、とにかくそれ以外の人間の株を下げようとする。

 『サプライズが好き』という日野の考えを『サプライズできない奴がゴミ虫』という空気にして、いつの間にかそれをクラス内に広めたのも今泉だ。


 さっきの彼氏を振ったとか、予定通りにしか動けない男は価値が無い、みたいな会話をしていたのも今泉グループで、僕にとって最も警戒しなければならない人物である。


 いち早く日野の王としての資質に気付いて彼に取り入って、大きな権力を手にした彼女は、その権力を手放さないようひたすら周りをけん制している。

 おまけに都合が悪くなると、泣き出して周りの同情を誘うプロでもあった。


「今泉さんに泣きながら言われた。『わざとサプライズを失敗させて、日野君を困らせて喜んでいるんだよね』って。そんなつもり、無かったんだけどな」


「なんだそりゃ」


 無理やりすぎる解釈だ。攻撃的にも程がある。

 やはり今泉は厄介だ。


「ちなみにあたしは、来週が誕生日」


「あー」


 一度サプライズがあったので、次は無いと思いたいのだが、残念ながらその希望は打ち砕かれるだろう。


『ねえねえ、日野君。月山さんって、来週が誕生日みたいだよ。もう一回サプライズしてあげようよ~』


『よし。サプライズ・リベンジだ!』


 ちょっと前に日野と今泉がノリノリでそんな話をしていたのを聞いていた。

 今泉については、クスクスと笑っていたので、月山がサプライズ苦手と分かって言っている説もある。


「またあの時みたいになるのかな。はあ~、サプライズじゃなかったら、うまく反応できるかもしれないけど、いきなりじゃ無理だよ」


 やはりその部分だ。

 普通に祝って貰えるなら、きちんと対応できるが、サプライズで驚かされて頭が真っ白になってしまうと、それも出来なくなって変な対応となってしまう。


「だよな。僕もサプライズなんかされたら、気絶する」


「気絶!? そこまでなるの!?」


「うん、気絶する。絶対、する」


 予定を愛する僕がサプライズなんて攻撃を直接受けたら、確実にノックアウトだ。


「なにそれ……ふふ」


 月山はそんな僕を見て、面白そうに笑っている。

 初めて笑った顔を見たかもしれない。

 本当に話してみると、思ったより喜怒哀楽がある子だと思う。

 僕と話す時だけそんな風になる……なんて思うのは、自意識過剰だろうか。


「あーでも、ダウトだよ!」


 今度はぷく~っと頬を膨らませて指をさしてきた。

 またしても普段は絶対に見られない表情である。


「下田君、先月に誕生日サプライズされてたよね? その時は気絶どころか、嬉しそうにしてたじゃん。あたし、見てたんだからね!」


「ああ、それか」


 そう。実のところ、僕は既にサプライズの洗礼を受けていたのだ。

 先月は僕の誕生日だった。

 月山の言う通り、僕はその時にサプライズをされたのだが、普通に喜んでいた。



 …………と、わけだ。



 なるほど。つまりはだった。

 その事実に、僕は思わずほくそ笑んでしまった。


「む~、なに笑ってるのさ」


「ああ、ごめん。あれさ、実は『サプライズ対策』をしていたんだ」


「え? サプライズ対策? そんなのできるの!?」


「できる」


 はっきりと言いきってやった。もちろん、嘘じゃない。

 サプライズには、実際に対処法が存在する。


「どうするの?」


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