懺悔の記し

#4

 一年生、二年生の時は、長いし無駄に生徒会が盛り上げてるなって思ってたけど、三年生としての三送会さんそうかいはどこか違っていた。まあ、三年生の思い出を振り返る会だもん、一年や二年には分からない話が多いから、あまりノれなくても仕方ない。

 最初は一年生の出し物。光る棒を持って踊っていた。きれいだったよ。きっとたくさん練習したんだよね。

 三年生あるある。あれは全部共感した。私たちが事前にアンケートに答えてるから、そりゃそうなんだけどね。可愛かったなあ。

 全員合唱で「猫」。流行りものについてはよく知らないけど、これはすごく好きかもしれないって思った。空気にのまれただけかもしれないけど、それでも全然かまわない。

 次は二年生。まずはビデオから。

 事前アンケートをもとにしてるんだよね? めっちゃおもしろい仕上がりでした。各クラスそれぞれの思い出。

 槙野先生あるあるの寸劇で槙野先生を演じてた子、激似だった。あの子、女優になれそう。ホントに素敵な人だなって、改めて思う。

 新川先生、最初からいじられてたね。うける。口では嫌がってるけど、内心まんざらでもないんでしょ、わかるよ、顔はにやついてるから。新川先生の印象ランキング、第1位は「生徒想い」。

 原田先生の好きなところ。やっぱり「かわいい」がランクインしてた。いつ見ても原田先生はかわいい。それに「優しい」も激しく同意。

 ビデオが終わったら、次は歌。去年うちらが卒業式で在校生として歌った曲だった。なんかすごく刺さった。

 次は先生たちから。三年間を振り返るビデオだった。一年の時と今、みんなだいぶ違っていたね。自分たちのこととはいえ、成長を感じる。それに、自分たちで作ったビデオに自分たちで感動してたように見えた。先生という立場であっても、気持ちはうちらと同じなのかもしれないな。

 二本目のビデオで、今度は三年生から「ありがとう」のメッセージ。みんなそれぞれ、想いを持ってる。生徒側からのメッセージのはずなのに、最後はなんと、先生方から卒業生のみんなへ、だった。もう内容忘れちゃったけど、確か「みんなといれて幸せ」みたいなことだったと思う。うん、これを幸せって言うんだろうな。


 ◇ ◇ ◇


 同じ学校を受験する子と改札で落ち合って、始発から四本目の列車に乗った。前日に体育館で行われた事前指導で、私たちより早く出発する子はいないということは分かってた。本当に誰一人として知り合いはいなくて、それどころか、まだ五時台で、どこもゴミが出されていなかった。いちばん力を入れて取り組んだ問題集の一冊だけしか持ってきていないのに、リュックが妙に重たかった。

 市内の端っこの駅で乗り、一回乗り換えて反対側の端っこへ。友達と話していたはずだが、何も記憶に残っていないということは、私は上の空だったんだろうね。

 二回目の乗り換えで、さっきまで乗っていた列車の青を見送った。そしたら、ホームから別の青が見えた。

 空が綺麗だった。朝日が綺麗だった。眼科に広がる住宅街を照らしていた、あのオレンジ色の淡い灯りは何気ないけど特別で、絶対に忘れたくない。

 気分が高揚する、ということはなかった。ただその悠々と昇る姿に見惚れていた。セーラー服の襟元で結んだスカーフで眼鏡を拭き、曇りと汚れを視界から消し去る。あれは問題を見透して答えを読み取るための願掛けのつもり。あの灯りのように、ペンで机上を照らしてみせようって、意気込みが強くなると、同時に不安も大きくなった。もし解らなかったら、もし名前を書き忘れたら、そんな嫌な想像が頭の中を支配して、今まで全てをかけて取り組んだ成果を出せなかったら、私の中学時代は意味を持たなくなってしまうって、あのオレンジが緊張感ばかりを後押ししてきた。きっと大丈夫と自分に言い聞かせて必死に抑えつけようとしても、無意味だった。実体のない塊が喉に詰まった。

 しかし、あれは見事だった。今までに見たどんなものより麗しかった。そういえば、あれより後は、一緒だった子とは何も話さなかった。

 前に、塾から記念品を受け取ってた。小さくて薄っぺらかったけど、教室は盛り上がってて、みんな開封しようとしていたけど、手渡した先生が申し訳なさそうに言ってた。

「それ、今はまだ見ない方がいいと思う……。」

 そう聞いたから、第一志望の開始直前に開封すると決めてた。きっと先生たちからの応援だろう。個別のメッセージだったら一層嬉しいけど、大人数だし、まさかそんなことはないよね。私は脆い方ではないから、どんな感動を誘う言葉だろうと、水分ではなく養分に変えることができるだろうと思っていた。

 問題集の振り返りが終わったら、携帯の電源を切って、筆記用具を取り出して、準備万端となったところで、封を開けた。出てきたのは、先生からの激励ではなくて、個別のメッセージでもなくて、特製のハンカチとお母さんからの手紙だった。私に向かって話す声が聴こえてくるみたいだった。

 私はスカートのポケットにハンカチを、胸ポケットの生徒手帳に手紙を挟んだ。ただでさえ多めに持ってきたティッシュなどでいつもより膨れたポケットはさらに太って、足に当たって邪魔だった。

 落ちた。第一志望で、ずっと目指してきたけど、及ばなかった。


 ◇ ◇ ◇


 午前十時に市長から卒業式をやるかやらないかの発表があって、本当に今日が最後になるかもしれないと覚悟した。それはみんな同じだったみたい。

 まず、朝登校したら、話題はもちろん「卒業式はどうなるのか」。「今日卒業式だって」とみんなが言っていた。「うそでしょ……」と思ったら、ふいに喉にくっと形のない塊が詰まった。教室の黒板には、槙野先生の似顔絵とクラス全員の名前、そして真ん中に大きく「3-1」。

 本来は朝学習の時間だけど、誰一人として勉強なんかしていない。でも、とがめる子はいなかった。八時半をすぎた頃、ようやく教室に槙野先生が来た。

「昨日のニュースを見ましたか? 私も夕方のニュースで知って……」

「もしかしたら今日が最後かもしれません……」

 語尾が波打つように震えていた。

 三年生全員が体育館に集合したのは、八時四十分くらいだったと思う。

「十時に予定通り式ができるのか発表があります。もしかしたら今日が最後かもしれないので、先生方ひとりひとりからお話をして過ごします。式ができないのなら、その後卒業証書を渡します。できるのなら、簡単に式の練習をします。」

 こんな感じで学年主任が前置きして、いよいよ先生方が順に話し始める。トップバッターは井島先生。

「本当なら一組の先生から順番のはずですが、一組の先生がどうしてもいやだとおっしゃったので、俺から話します。」

 少し笑いを取る。

「今まで授業の初めに話をしてきたのは、みなさんに少しでも社会に興味をもってほしいからです。様々な話をしてきましたが、俺は家族の話や下品な話はしたことがありません。」

 そんな井島先生の話は、まさかのトイレについて。シュッとして便器を拭くやつ、あれをいつ使うのかについて、昔、生徒が始めに使う派と最後に使う派で議論していたのを聞いたらしい。最後派の人は、次に使う人のことを思ってのことだったそうだ。いつも全く知らない人のことを気にかけて想っている、そんな人になってほしいと。また、家族ネタははじめからおもしろいことがわかっているから話さないのだと。井島先生の、先生としての信念が見えた。つまらないことをいかにおもしろく、興味をもってもらうか。

 次は槙野先生。自身の経験について。

「教員になりたいと思っていたけど、試験に落ちて、一度は民間企業に就職しました。二年働いて、講師として学校で働かないかという話がきました。葛藤がありました。上司からは『ここで辞めるのは逃げることだ』と言われました。でも、自分の頑張りたい場所はここじゃないと思ったから、転職しました。学校で働くようになって、再び、教員になりたいと思うようになりました。試験を受けたけど、落ちて、次の年も落ちて。結局受かるまで何年かかったと思いますか?

 五年です。

 やっぱり、何回でも不合格の通知をもらうと落ち込みます。」

 一度、いや、何度も挫折してるんだって、初めて知った。

「人生には、たくさんの選択があります。目標があっても、あきらめたっていい。でも、そのひとつひとつを大事にしてください。

 あの誘いがなかったら、私はここで頑張ろうと決めていなかったら、私は今、ここにはいないから。」

 私に重なるところがある気がする。人生とは、きっと、先生が経験してきたようなもので間違いないのだと思う。

 加害者になって、毎日が憂鬱で、でも、あれから、怒涛の勢いで頑張って。

 先生も私も、後悔はしていない、きっと。

 三番目は新川先生。しょっぱなから涙声。

「私は三年間持ち上がりで受け持つのはこれで三回目になります。実は、先々週に一回目の子、先週に二回目の子が私に会いに来てくれました。どの学年の子にも、それぞれ思い入れがあります。一回目の子たちは、初めて受け持った子だから思い入れがあるし、二回目の子たちは卒業式の時に臨月で、そのあと産休に入ったから。

 3回目のあなたたちは、復帰と同時に異動になって、慣れた学校から離れて初めての子たちだから。」

 それは知ってる。

「新天地で、たくさん不安があった。

 1年の時も、2年の時も、ずっと叱ってばかりだったと思う。でも、3年になって、少しだけ、怒ることも減ったね。」

 熱さはずっと変わってないよ。

「これから先、高校、大学へ進んで行って、何度も苦しむことがあると思う。でも、何があっても、生きていてね。生きてさえいれば、必ずいいことがあるから。少なくとも、私より先に逝ったりだけはしないでください……」

 私は生きている。

 絶対にこの命を無駄にしたりはしない。

 四番目は原田先生。

 そういや、こないだの水曜日にも泣いてた。四組のみんなからサプライズされて感動して。そんな原田先生の4組に、なんだか寒さも吹き飛びました。

「えー、私はさっと切り上げます。知ってるかもしれないけど、私、一昨日も一回泣いてますからね。もう泣きません。」

 離任式で毎年、離任する先生の話聞きながら泣いてるじゃん、そんなの原田先生だけだよ。

「君たちが小学校から中学校に上がる時、私たちは小学校の先生からひとりひとりについて話をききます。その時、みんなが口をそろえて『いい子たちです』と言っていました。嘘じゃないよ、ほんとだよ。どんな子たちが来るのかなあと思っていたら、本当にみんないい子たちだった……。私は次、高校の先生方に、みんなのことを、いい子たちですと言って送り出せます。そのことが何よりも、私たちにとってうれしいです。」

 最後声震えてて、慌てて話を終わらせたように見えた。

 ずっと私は嫌われ者だった。嘘じゃなくてほんとなら、私のこと、いい子だと思ってたのかな。

 宮内先生は「人生は一次関数」の話を、直美先生は昔の旅していた頃の話を、体育の先生はバナナの皮で滑って転んだというくだらなくておもしろい話をしていた。

 一次関数のグラフは直線。傾きがプラスなら右上がりで、マイナスなら右下がりになる。傾きの値を決めるのは自分なんだって。直美先生みたいに、イラつく時は舌打ちじゃなくて「ペッ」って言ったら、プラスにできるかも。バナナの皮でコケてもすぐ笑い話にできるのは、それが本当にバナナだったからで、私の例え話に使うとしたら、とても笑えないね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る