第15話

 次の日から、蒼空はバイトに出勤し始めた。日中のシフトで、夕方の五時までの勤務だという。そうすれば、三笠の帰りを料理を作って待っていられるからともいう。付き合っているわけでもないのに、まるで共働き夫婦みたいだと思ってしまう。

 働き始めた蒼空は、楽しそうだ。職場が合っているのかもしれない。それはそれで良いことだと、三笠は素直に思う。それ以外は、特に気には留めていなかった。

 しかし、そんな三笠にも変化が訪れる。


 蒼空が仕事をするようになってから一ヶ月後、三笠は捜査のために雪田を伴い外出していた。

夏になり、最高気温が三十五度という暑い日だった。いつの間にか、春に蒼空と出会ってから季節も巡っていた。

「先輩、暑いっすね。倒れそうですよ、俺」

 街中を歩きながら雪田が訴えてきた。

「そうだな。一時間くらい動き回ったからなぁ。そろそろ休憩するか」

「あ、先輩!あそこにカフェありますよ!」

 目敏い雪田が、数メートル先にあるカフェを指さす。

「ホントだな。じゃ、あそこに入ろう」

「はい!」

 つい今しがたまでぐったりとしていた雪田だったが、まるで生き返ったように目を輝かせた。

 店内に入ると、外とはまるで違う温度に安堵感すら覚える。

「あー涼しい!」

 雪田は感嘆の声を上げ、真っ先に店員の待つカウンターへと向かった。二人でアイスコーヒーを購入し、空いている席を探す。

そこまでは混んでいないが、それなりにお客は入っていた。三笠がキョロキョロと辺りを見回していると、ある一角に目が留まった。奥の席に蒼空がいたのだ。一人ではなく、見知らぬ男と二人で。

『あ……』

 思わず三笠の足が止まる。

 ただ、冷たい飲み物が飲めるとウキウキ気分の雪田は早く席に座りたいようだ。

取り敢えず、何となく目立たない位置の席を選ぶ。

「こ、ここでいいか?」

「あ、はい」

 三笠は蒼空のいる場所に背を向ける形で座った。蒼空に見えないだろうか。

「先輩、どうしたんすか。何かキョドってますよ?」

「い、いや、何でもない」

 何とかして気持ちを落ち着かせようとした。しかし、三笠の頭の中は『あの男は一体誰だ』ということで一杯だった。

『そういえば……今日は仕事休みだって言ってたっけ……あの男とは、休みに会うような関係なのか?ただの友達?』

 色々な感情が頭の中に渦巻き、軽くパニックになる。

雪田と話しながらコーヒーを飲んだが、蒼空のことが気になり何を話したか覚えていない。

 結局、店の中では蒼空に気付かれることはなかったようだ。

カフェを出てからは仕事に忙殺され、時間があっという間に過ぎていった。

しかし夜九時を迎え帰途に就くと、昼間のカフェでの情景が蘇ってくる。

三笠は車で通勤しているが、帰りの車中で一人悶々と蒼空のことを考えていた。

 昼間一緒にいた男は友達かもしれない。蒼空の交友関係については聞いたことがなかったが、きっと友達なのだろうと思うことにする。

しかし、相手の男は蒼空とは別の世界の人間のように見えた。蒼空も髪を染めているが、あの男は金髪で目立ち、厳つい雰囲気があった。何と言うか、”その道の筋”の人間のように見えたのだ。

 なぜ蒼空が、そういった人間と関わっているのだろう。相手もごく普通の人間なのかもしれないが。三笠はなぜか胸騒ぎがするのだった。

 車のハンドルを握りながらも、頭が悶々とする。しかし、なぜ自分はこんなに蒼空のことを気にしているのか。

『あれ……』

 信号待ちで車を止めた時に、ふと思い至った。自分があの男に嫉妬をしていることに。三笠が蒼空のことを気にしているのは、彼のことが自身の心を占めているから。

一緒にいたあの男は誰なのか。

気になるなら聞けば良いだろう。

しかし、直球で聞いてもいいだろうかとも思う。

 自宅マンションに到着し、部屋までの間に蒼空に聞くかどうか悩んだ。

部屋のインターホンを押すと、蒼空が出迎えてくれた。いつもと変わらない光景だ。

「お帰りなさい」

「ただいま」

「今日もお疲れ様でした」

「う、うん。ありがとう。君はどう?今日は何をしてた?」

 そんなこと、聞いてどうするのだと思う。リビングに入ると、ソファーにバッグをポンと放った。

そして、ダイニングテーブルの椅子に腰掛ける。

「実はさ、今日君を見たんだ」

 三笠は覚悟を決めて告げた。

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