第19話マタギの血

「ぐぐ、うぅ……!!」




 病室につくと、レオンがベッドの上で身を捩り、脂汗をにじませ、苦悶の声を上げていた。


 赤黒い痣はさっき見たときよりも更にレオンの全身に面積を増し、顔の一部まで侵食し始めている。


 この痣、否――呪いは思った以上に進行速度が早いようだ。




「いよいよ呪いによる疼痛が始まりました。これは全身の骨や内臓にまで呪いが進行した証――もう一刻の猶予もありません、バンジさん!」

「ああ、大丈夫だ。たった今完成したところだ。ほら」




 俺がリーシャの眼の前に皿を差し出すと、ぱちくり、という感じでリーシャが目を瞬いた。




「え? これ――ハンバーグ、ですか?」

「そうだぜ、さっき俺たちが斃したゴライアス・ベアの肉を使ったハンバーグだ。焼いただけの肉を齧らせるよりいいだろ?」

「そっ、それはそうですが、それ以上になんだか普通に美味しそうですね……! もっともっと変な臭いとかするのかなと思ってましたけれど……!」

「そこは工夫と料理次第さ。これはジビエ、っていう、俺の世界、じゃなかった、俺の故郷に伝わる、野生動物の肉を美味しく料理するための料理法だ」

「じ、ジビエ……! バンジさんの国にはそんな文化があるんですか……!?」

「驚くのは後だ。それよりも――おい、レオンさん、今大丈夫か?」




 俺の呼びかけに、壮絶な苦痛に身を苛まれている最中のレオンが、ようやく、という感じで薄目を開けた。




「うぅ、あんたはさっきの……」

「ああ、自己紹介がまだだったな、俺はバンジ、西根バンジだ。そしてあんたと同じ、魔獣を殺した男だよ」




 俺の言葉に、レオンの目が見開かれた。




「え、ま、魔獣を殺した……!? な、ならなんで……!」

「そう、その通り。俺には呪いが降りかかっていない。あんたと俺で唯一違うのは、俺がその殺した魔獣の肉を食ったってことだ」

「は……!?」




 レオンが、まるで化け物を見るような目で俺を見た。




「あ、あんた、まさか魔獣を殺しただけじゃなく、魔獣を食ったってのか……!?」

「ああ、食ったとも。命に感謝しながらな。そしてその時におそらく、俺に魔獣の呪いに対する抵抗力がついた。つまり、魔獣の肉を食べれば、あんたのこの呪いも解けるかもしれない、って思ったんだ」




 俺はよくよく言い聞かせ、皿の上に乗ったハンバーグを示した。




「この料理はさっき俺が殺したゴライアス・ベアの肉で作ったものだ。お口に合うかどうかはわからないが――食ったらあんたの呪いも解けるかもしれない。イチかバチか、食ってみてくれないか」




 その言葉に、レオンの表情に迷いの色が浮かんだ。


 どうやら、こんな荒くれ者の冒険者であっても、魔獣の肉を食べるということについては強いタブー感があるらしい。


 ハァハァ、と苦しげな息のまま視線を泳がせているレオンに、俺は語気を強めた。




「レオンさん、アンタはこんなところで死んでいい人じゃない。俺にだってわかる。あんた、魔獣からこの村を守ろうとしてくれたんだろ? この村の村人を守ってあんたはこうなった、そうだよな?」




 そう、それは俺の爺ちゃんと同じ。


 この人も、俺の爺ちゃんや、故郷のマタギたちと同じ、人間の事情など全く汲んではくれない自然の猛威になんとかして抗おうとした人なのだ。




「村人を守るために魔獣を手に掛けた、そんな立派な人が神様の気まぐれひとつで死んだりしていいわけがない。あんたは生きなきゃダメだ。神様がダメって言っても、ここにいる全員があんたの味方だよ――だから頼む、食ってみてくれ」



 

 俺の説得に、随分迷ったような後、レオンが、かすかに目だけで頷いた。


 よし、と答えた俺の背後で、ごくり、とリーシャが唾を飲み込む音が聞こえた。




 もし、もしこれでレオンの身体に変化がなければ、俺はおそらく、もう誰からも許してもらえないだろう。


 神のお使いの獣を殺した重罪人として追放、いや、縛り首や火あぶりになったとしてもおかしくはない。


 いくらしていることが外道とはいえ、神は神。その神に喧嘩を売った以上、ここで結果が出なければ、俺は二度目の人生を呆気なく棒に振ることになるだろう。




 唯一神デミュアスとやらの裁きが勝つか、それとも俺の中に流れるマタギの血が勝つか――。


 俺は祈るような気持ちで、レオンの口にハンバーグの欠片を押し込んだ。




 しばらくして、レオンは肉片を力なく、何とか二、三度咀嚼して――飲み込んだ。




 途端に――はっ、と、レオンが目を見開いた。


 その反応を俺が固唾を飲んで見つめていると――レオンの口が動いた。




「――美味い」




 えっ? と、意外な第一声に俺もリーシャも驚くと、レオンがやおら上半身を跳ね起こし、俺はたたらを踏んで飛び退った。




「美味い、めっちゃくちゃ美味いじゃないか、この肉――! こっ、これが本当にゴライアス・ベアの肉なのかよ!? あ、アンタが作ったのか!?」

「おっ、おぉ――!? そ、そうだけど……!」

「やっべぇマジかよ! こ、こんな美味い肉料理、私は初めて食った! こんなの聖都で貴族相手に威張ってカネ取れるレベルじゃないか! 美味い、すげぇ美味いぞ――!!」




 心底驚きだ、というように目を輝かせて俺に顔を近づけてきたレオンの顔に――ふと、変化が起きた。


 首元を這い上がり、顔の一部にまで達していた赤黒い痣が――俺の見ている目の前で、見る間に薄くなっていくではないか。




「れっ、レオンさん! 痣が――!」

「へ、痣?」




 リーシャの悲鳴に、そこでようやく自分の身体を見たレオンが、声にならない声を上げた。


 一見してレオンの全身の七割以上を侵食していた痣がきらきらと光り、まるで虚空に吸い込まれるかのようにして薄れ、消えてゆく。


 俺たちが絶句している間に、レオンの全身をべったりと覆い尽くしていた痣が――やがて完全に消失した。






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