第13話虚弱体質
ぜはっ、ぜはっ……という息遣いが、自分の耳にもうるさく聞こえた。
今、俺は束ねられた芝の上に転がされた大グマをロープで引きずって山道を歩いている。
どうやら俺のアイテムボックスに収納できるものは小さいものに限られるらしく、何度命じてもこの巨体はアイテムボックスに収まってはくれなかった。
仕方なく、俺はそこら辺の木の枝を束ね、小屋にあったロープで即席のソリを拵え、そこにようやっとゴライアス・ベアを乗せ、村まで曳いてゆくことにした。
これは柴ゾリという即席の橇で、束ねた芝が地面との摩擦を軽減して運びやすくしてくれる上、せっかく獲った獲物の毛皮を傷めない効果もあるが、それにしたってその上に載せられたクマの大きさは規格外すぎた。
既に頭のてっぺんから汗だくで、脚はフラフラの有り様だったが、その魔獣とやらを撃ち取った証拠として、何としてもこのクマは丸のまま村にたどり着かねばならない。
ひぃひぃ、と、隣で同じくロープを引いてくれているリーシャが「頑張りましょう……!」と気丈にも声を上げた。
「あと、あと少し、あと少しで私の村に着きますから! もう少しの辛抱です……!」
これで何度目の「もう少しの辛抱」なのかわからなかったが、確かにとにかく今の状況は頑張るしかない状況だ。
ちなみに、汗だくになって芝ゾリを引いている俺たちを、アズマネ様は手伝うどころか労ることもしてくれず、ただただ暇そうに傍を歩いているだけだ。
というか、その前に――。
俺は隣で、肩にロープを掛け、白い肌を真っ赤にしながら踏ん張るリーシャを見た。
「うおー! こんちくしょー!! 重いーっ!! 頑張れーっ! 私ーっ!!」
――この人、声だけは威勢がいいが、本当に力を込めてロープを引いているんだろうか……と、俺はちょっとだけ不審に思った。
この人、どうにもなんというか、全体的に華奢な印象だし、運動とか力仕事の類が出来そうには全く見えない。
俺が素知らぬ顔でロープを引く力を弱めると、リーシャの白い顔がますます紅潮した。
「ふんぎぎぎぎ……! お、重い……! でもこれをなんとしても村に届けなきゃ! うおーっ! 頑張れ私ィーッ!!」
……やっぱり、ほとんど力が入ってない。ただロープがぎしぎしと伸びたり緩んだりしているだけだ。
大物とは言え、どうにもこの柴ゾリは重すぎると思っていたが、それもそのはず、最初からこの人がほとんどソリを引くための戦力になっていないのだ。
俺は呆れ半分でリーシャを見ていると、ハァハァ、と犬のように喘いだリーシャが顔を手で拭った。
「ハァハァ……! んぐっ、お、重い……! でもこれをなんとしても村の皆に届けないと……! 頑張らなきゃ……!」
「ま、まぁ、そんな根詰めないで、ゆっくり引っ張っていけばいいよ。まだ日は長いんだろうからさ……」
「そんな流暢なこと言ってられません! 村の皆は私の帰りを今か今かと待ってるはずですから……! 休んでなんか……いられません……!」
――口調こそ威勢がいいが、どうにも相当に消耗しているらしかった。声にハリがない。
しかも全身既に汗だくで、足元もフラフラとして覚束なくなっている。
どうやらこのリーシャとかいう娘さん、根本的に力仕事には向かない人であるらしい。
まぁ、この僧衣っぽい服装から考えるに知的労働者なのだろうが、それにしてもなんというか……虚弱だ。
「さ、さぁ、バンジさん、もうひと頑張りしましょうか。一刻も早く、このゴライアスベアを村に……!」
リーシャがそう言って力み始めた、その途端だった。
だらっ……という感じで、リーシャの鼻から真紅の液体が滴り落ちてきて、俺はぎょっとした。
え、は、鼻血出た――!? 俺はちょっと大きな声で指摘した。
「お、おいあんた! 鼻から血が出てるぞ!」
「え? ……あ、ああ本当だ。大丈夫です、ちり紙持ってますから」
リーシャはそう言い、僧衣のポケットから汚らしい紙の塊を取り出して小さくちぎり、こよりを作って鼻の穴に詰め始めた。
なまじ壮絶なまでの美貌を持った儚げな金髪美女が、間抜けに鼻にこよりを詰める様……これは一体何フェチに向けた光景なんだ、と俺は大いにヒいてしまった。
「ハァハァ……す、すみませんねぇ、お見苦しいところを……見せてしまって……。私ったら……どうにも昔から……力仕事が不得手でして、力むとすぐ鼻血が……」
おいおいマジか。力仕事の最中に力んで鼻血出す人なんか、俺は初めて見たぞ。
鼻の穴にこよりを詰めるリーシャを、俺はドン引きの表情で見つめた。
「さぁ、早いところ……村に、たどり着きましょう……! せーのっ、ふんぎぎぎぎ……!!」
リーシャがロープを引いて踏ん張るのから、なんだかなぁときまり悪く俺が目をそらしかけた、その瞬間だった。
ボキッ……という湿った音が発し、俺は反射的に音がした方を見て――悲鳴を上げた。
「りっ、リーシャ……!!」
「ふんぎぎぎ……!? はい? どうかしました?」
「て、手ッ! 手が、手、手が変な方向向いてる!!」
俺は震える声で叫んだ。
なんと――ロープを掴んでいるリーシャの左手首が、絶対に曲がってはいけない方向に、綺麗に折りたたまれていた。
◆
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