第11話裁きの獣

 まるでヒステリーを起こしたかのような声で叫んだ女性を見て、俺もようやくまともに事情聴取をする気になった。


 どういうことだか皆目わからないけれど、という気持ちで、俺は女性に向かって問うた。




「……その、唯一教会、唯一神デミュアスってのは、あんたたちにとってそんなに大事なのか?」

「何を言ってるんですか!? あなただって知らないはずはないでしょう!? 唯一神教会は全てをお救いくださる唯一神デミュアスの教えを説く尊い教会です!」




 女性はヒステリックに喚いた。




「この国の人間ならば誰でも知っている教えです! この地上に生きとし生ける神の獣たちは全てデミュアスの子であるから決して抵抗してはならぬ、慈悲の心を持って己の身を魔獣に施すべしと……!」




 なんだって――!? 俺は目を剥いた。


 慈悲と忍耐とで我が身を獣に施せ、だと?


 それが、この世界の神が説く教えだというのか。




「な――なんだよそれ。要するに、お使いの獣に会ったら黙って喰われろ、可哀想だから絶対に殺すな、ってことか?」




 まさか、と続くはずだった言葉は、大きく頷いた女性の挙動に飲み込まざるを得なかった。


 狂ってる――俺は心の底からぞっとした気分になり、女性に向かって反論した。




「お、おいおい……! 嘘だろ、本気で言ってるのか、それ!? 無抵抗で死ねって言われてんだぞ! そっ、そんな教えをあんたなんで守るんだよ!?」

「それが救いの道だからです!」




 正気を疑う俺の声に、女性は金切り声で答えた。




「私たち人間は罪深い! だから唯一神デミュアスは彼らお使いの魔獣をこの世に解き放った! 残虐で酷薄な人間たちに慈愛と自己犠牲の心を思い出させるために――!」

「そっ、そんなバカな話あるわけねぇだろうが! それに死んだ後に神様に褒められてどうすんだよ!? 本当の神様なら人間に生きろって言うはずだろうが!」

「そう思うのはあなたがよこしまな人間だからですよッ!」




 よこしま。今までの人生で一度もされたことがない罵倒のされ方に、俺も一瞬、流石に気圧されてしまった。




「魔獣は裁きの獣、罪を犯していない人間を裁くことはなく、そうでない者も魔獣に身を施すことで罪はきよめられる――! それが唯一神デミュアス様の定めた命のことわりなのです!」




 女性の目は気の毒なぐらい必死ではあったけれど――その不思議な琥珀色の瞳には、しかし狂った教えのためには命など惜しまない、というような狂信者カルトの色はない。至って普通の人間の眼の色だ。




 なんだ、なんなんだ、この人は。


 俺が少し不気味に思い始めているのにも構わず、女性は瞬時視線を下に落とした後、自らに言い聞かせるように言った。




「……それに、私たちにはもうその教えに縋って生きるしか道がない。この世界の人間は既に一度滅びに瀕している。唯一神デミュアスの教えに背いたら、今度こそ我々は滅亡してしまう。だから私たちはデミュアス様の救済を信じて日々を――!」

「ならばそなたも邪な人間ではないか」




 アズマネ様が言うと、はっ、と女性がアズマネ様を見た。


 呆れ果てた、というように、半笑いの表情のまま、アズマネ様は女性の前に歩み寄り、しゃがみ込んでその顔を覗き込んだ。




「ならば問おうか、娘。何故そなたは先程悲鳴を上げた? 獣に大人しく喰われる事が罪を贖い、救われる道なのじゃろう? せっかくその機会が来たのに、何故そなたは喜ばなかった」




 その質問に、女性が俯いた。


 アズマネ様は俺の問いたいことを代弁するかのように、更に言った。




「そなただって、そんな教えが滅茶苦茶であるとわかっておるのであろう? 心の底ではその教えとやらを疑い、内心では拒絶しておる。考えないようにしておるだけ、それは違うと主張する勇気がないだけ――違うか」




 アズマネ様の指摘に、女性は血が出るほど下唇を噛み、拳を握り締めた。




「――えぇ、そうですよ。私だって至って邪で利己的な人間です。本当は死にたくはない。利己的と言われようと、邪であると言われようと、黙って死にたくなんかない。けれど……けれど!」




 だからといって、どうしろというのか。


 女性は、明確にそう続けたかったはずだ。


 なんとなく、この女性や、その唯一神とやらを信仰するこの世界の人々の事情を知ってしまったところで、ハァ、と俺はため息を吐いた。




「ああもう、わかった、わかったよ――なら、少しでも罪滅ぼしするから勘弁してくれ」




 俺は村田銃を背中に担ぎ直し、山刀ナガサを抜いた。


 身体は巨大だが、そりさえ作れば一人でも引きずっていけるだろう。


 女性が震える声で言った。




「何を――するつもりなんですか?」




 俺は女性の方を向かないまま、手短に答えた。




「何を、って、決まってる。このゴライアス・ベアとやらを食うんだよ」







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