第7話ウサギ汁

 鍋を火にかけ、油を引いて肉を投入。


 サッと炒めて味を閉じ込めてから、近くの沢で汲んだ水を入れ、ふつふつと煮立ってきたら、出汁を取るべく骨片を入れる。


 本来は骨で出汁を取ってから肉を入れるのだけれど、今回はそんな時間はないので割愛する。




 物凄い量の灰汁あくをおたまで丁寧に除きながら、じっくりと煮詰めてゆく。


 この灰汁の量こそ、このツノウサギが身体に溜め込んだ生命力そのものなのだ。

 

 煮込みながら、解体中に出た小腸をしごいて中身を取り出し、近くの沢でサッと水洗い、小さく切り分けて投入。


 この小腸に蓄えられた脂と、未消化の草木の風味がウサギ汁の醍醐味になるのだ。




「うおーっ! 肉が焼ける匂いがしたら腹が減ったぞ! 早う、早う完成させよ!」




 ――山神様が待ちくたびれているので、ここはスピードアップだ。


 灰汁が出なくなるまで煮込み、骨片から出たエキスによって、汁がほんのり琥珀色になったら、鍋から骨を取り出す。


 ここでさっきのアザミの葉を投入し、ある程度しんなりしてきたら、いよいよ味噌で味をつける。


 少し辛めの塩加減が爺ちゃんの味付けなので、味噌を多めに味付けしたら――ウサギ汁の完成だ。




「よし、出来ました! 異世界ジビエ第一号、西根式ウサギ汁です!!」




 おおーっ、と、アズマネ様が幼女そのものの顔と表情で目を輝かせた。




「出来たか! もう腹と背中がくっつきそうじゃぞ! 早う、早う供えよ!」

「はいはい、わかってますって。それじゃあ、いただきます」




 俺はしっかりと両手を合わせ、よい闘いだったツノウサギとの出会いに感謝しながら、料理に箸をつけた。


 まず啜った汁からは、野趣あふれる草木の香り、そしてウサギのものとしか言えない濃厚な出汁が感じられた。


 鼻に抜ける久々のウサギ汁の風味に、おおっ、と感動の声が漏れ出た。




 次に、火が通って真っ黒になった肉にかぶりついてみる。


 通常のウサギの肉には脂がほとんどないのだけれど、このツノウサギには少しだけ、クレヨンのような濃い野生動物の脂の香りがした。


 スーパーで売っている肉とは違い、筋張って硬い肉は、奥歯で噛む度にジューシーな肉汁が口内に溢れ出してきて、その都度幸せを感じる。




 肉の脂感に飽きてきたら、次は異世界アザミの葉だ。


 シャキシャキとした小気味よい食感とほろ苦さを感じる風味がよい箸休めとなってくれる上、分厚くて食べごたえがある。




 アザミのほろ苦い風味を中和するように、今度は切り分けた小腸、ウサギホルモンを口に放り込む。


 おお、肉よりも一層脂が強く、ツヤツヤ、グニグニとした柔らかな食感が物凄く舌に楽しい。


 さっきから思っていたけれど、これは――。




「う――」




 美味い。こんなに美味いウサギ汁、久しぶり――というか、初めてだ。


 どうやら、異世界の獣は地球の獣よりも数段味がよいらしい。それに煮込んだ時間が短かったのに肉が柔らかだ。


 あの大きさだから割と大味なのかなとも思ったけれど、肉やスープに染み出したエキスは複雑で、濃厚な風味を持っている。


 アザミの葉と肉、骨、味噌だけでこれなら、この一品はジビエ食堂で出したら看板メニュー間違いなしの一品だ。




「う、美味い! 美味じゃぞバンジ! 異世界のウサギは味が濃ゆいのう! これは珍味じゃ!」




 ハフハフと熱さを堪えながら、小さな頬を膨らませてウサギ汁を食べているアズマネ様を見ていると、俺が爺ちゃんに憧れ、年々数が減ってゆくマタギたちの一員になりたかった理由を、なんとなく思い出した。




 マタギは、人を笑顔にするのだ。


 大きな獣を狩ってくれば、それだけで人々は手を叩いて大騒ぎをする。


 すげぇな、と、撃ち取られた獣を見て感嘆の声を漏らす。


 その肉を捌き、美味しく料理して食べれば、みんな笑顔になる。


 そう、それは人間が人間という動物として持っている本能――狩猟本能が満たされていく快感で、こればかりは実際に生き物を獲っている人間にしかわからない快感があるのだ。




 アズマネ様の笑顔を見て、確信した。


 俺はこの世界でもちゃんとやっていけるのだと。


 まだ何もないけれど、この狩猟の技術、料理の技術さえあれば、なんとか食うぐらいは食えるのだという確信が湧いてきた。


 俺が微笑ましい気持ちでいると、ふと俺の視線に気がついたアズマネ様が俺を睨んだ。




「何を人の顔をじろじろと見ておる。そなたもさっさと食べよ。冷めてしまうではないか」




 ニコニコと箸を動かしていたのが恥ずかしかったのだろう、アズマネ様は少しバツが悪そうに視線を逸らしてしまう。


 はいはい、と応じながら、俺もウサギ汁を堪能し――すっかりと食べきり、手を合わせてご馳走様でしたとツノウサギに感謝した。




「ふう、なんとかひと心地ついたな……。それにしてもこの量の肉、流石にカラスにくれてやるには勿体ないなぁ」




 俺は山盛りになったツノウサギの肉を前にした。


 ウサギとはいえ、その体躯は小型のクマぐらいあったため、肉はまだまだある。


 保存性を考えて塩漬けや干し肉にしてみるのもいいが、それだと一日仕事になってしまう。


 俺が悩んでいると、アズマネ様が口を開いた。




「安心せい、バンジ。異世界ならばアイテムボックスというもんがあるじゃろう」

「え? なんて?」

「アイテムボックスじゃ、アイテムボックス。全くこんなことも頭に入っとらんのか? さっきから考えておったのだが、そなたはRPGゲームとかせなんだ人間なのか?」

「は、はぁ、小さい頃から山の中を走り回る方が多かったもんで……っていうか山神様がRPGって……。それで、アイテムボックスって?」

「持ち物を収容できる場所じゃ。指定したいものに向かって『収納』とでも言えばよい。ほれ、やってみせよ」

「そ、そうですか……じゃ、じゃあ、ウサギ肉、収納!」




 途端に、赤黒い肉の塊と毛皮がフィルムのコマ落としのように消えた。


 おおっ、と俺は感嘆の声を漏らした。




「そのアイテムボックスの中に仕舞っておれば肉であっても腐敗も進まぬ。どんな冷蔵庫よりも高性能じゃ。もちろん食材だけでなく様々な道具も収納可能じゃぞ」

「おっ、おお……! 異世界って便利……! これは便利だな、ますます異世界ジビエ食堂開業にはずみがつくというか……!」

「まぁ、感動はそのぐらいにせい。そろそろ黄昏時じゃぞ。今日寝る場所の確保はどうする」




 その言葉に、俺ははっとした。


 そうだ、ここは異世界だから、自分の家はない。


 流石に寝袋も何もない状態での野宿は避けたかった。




「あ、ああ、そうだった、寝る場所ですね……とは言っても、ここは山の中だからなぁ。里に降りてもおカネもないし……」

「ではどうする? まさかこの山神に道端で寝よなどというのなら天罰を下すぞ」

「でも、ここらへんはなんとなく人が入ってる気がするんですよね。道もあるし……」




 そう言いながら、俺はあることに気がついた。


 俺のスキルには確か、精密射撃と隠密の他、斥候、というスキルがあったはずだ。




 斥候せっこう――要するに、追跡スカウトの技術。


 獲物の痕跡を発見し、追い詰めてゆく、猟師ならば必須のスキルである。




「よし、試してみるか……【斥候】!」




 俺が宣言すると、ブゥン、と視界が揺れ、目の前に不思議なものが現れた。


 足元の地面になんだか赤く発光している部分がある。


 俺はしゃがみ込み、その赤く変色した部分を丹念に調べた。




「これ、人間の足跡だな……それも結構新しいっぽい……」




 その足跡は、一直線に道の向こうに消えていっている。


 やっぱり、この辺には人が来ているのだ。


 


「よし……このスキルのおかげでなんとかなりそうだな。アズマネ様、歩きましょう」




 俺は立ち上がって歩き始めた。


 アズマネ様はふわふわと空中を浮かびながら俺に続いた。


 そう言えば、この世界の人はファンタジー世界らしく空を飛べたりするのだろうか。


 それが普通のことではないなら、アズマネ様を見て驚くだろうなぁ……。

 

 そんなことを考えながら、俺は暫くの間、山道を黙々と歩いた。







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