第21話

 片手を後ろに示して、イデル殿は連れの男の人達を下がらせた。

 リーゼもデイダラさんについていったから、廊下にイデル殿とふたりになる。

「あんたも部屋に戻れ」

 わたし達が滞在していた部屋のほうをあごで示す。騒ぎのあとの静けさに、頭も心もどこかぼうっとしたまま、少しの間イデル殿を見ていた。

「聞こえなかったか?」

「また部屋に鍵をかけるんですか」

 彼はうなずかなかったけれど、否定もしなかった。わたしだけ閉じ込めて、リーゼは自由にさせておくのかな。それは適切だと思う。

「わたし達を、いつまでここに置くとお考えですか」

 繰り返される問答の気配に、彼は不快を浮かべた。でも睨まれても、こわくはなかった。そうだ、わたし、どうしてだかこの人はこわくない。デイダラさんはこわかったのに。

「……知らない事実は、語れません」

 自分の声が細い。今みたいに力が抜けているときは、自分でも聞き取りづらい。

「妹君のことはお気の毒なことと思います。だから弔ったのであって、一切の他意はなかったのです。どうか、ご理解ください」

 イデル殿は厳しいまなざしのまま、目をそらした。少しの間、沈黙する。

「だが、知っている事実なら語れるだろう」

 こちらを向き、わたしの目を見た。

「あんたとリーゼは何者なんだ。どこから来て、なぜここに来た」

 今度黙ったのは、わたしのほう。嘘は言えないと思った。

「どこから来たかは、言えません。なぜここに来たかは、……さらわれたからです」

「さらわれた?」

「祭りの夜、帰るところを捕らえられて、そのまま船に押し込められました。この近くの港に降りるとき、隙を見て一緒につかまっていた子供達が抵抗したんです。そのときに逃げ出しました」

 もちろん本当のことだ。でも、いきなりこんなこと言われても、信じられないよね。

「青なら船か。どうやって逃げたんだ?」

「え?」

 思わず、まばたきをした。

「なんだ」

「いえ」

 あわてて首を振る。せっかく信じてくれたのに、わたしのほうがあやしい態度を重ねてしまって、あせる。でも、やっぱり驚いて、まじまじとイデル殿を見てしまった。

「信じて頂けると、思っていませんでした」

「どうして?」

「だって、いきなりさらわれたなんて、そんなこと」

 イデル殿は仏頂面のまま、肩をすくめた。

「なるほど、青は奴隷がいないんだったな。人売りなら、時折ここにもくる。うちは買わないが……」

 奴隷。そうだ、赤と白は奴隷がいるんだ。

「いや、一度買ったな。死んだ妹が、子供の頃に少年を買った。そいつは忠義に厚くて、よく育ったから、妹の護衛につけたんだ」

 林の中で倒れた、広い背中を思い出す。傷だらけだった。イデル殿は一度、目を伏せた。

「あんたとリーゼなら、さらわれたというのもうなずける。でもそれなら、素性を言えないのはなぜだ」

 一瞬、全部、正直に話せばいいのかと迷って、すぐさま首を振る。この人が理性的に話してくれるのは、わたし達を青の人間だと思っているからかもしれない。リルザ様の身柄は、赤にとっていくらでも使い道があるはず。

 言葉が見つからない。わたしはイデル殿を見たまま、なにも言えなかった。

 イデル殿が息を吐く。

「でも……でも、あなた方に害をなす存在ではありません。誓えます」

「長く置くつもりはない。でも今あんた達を行かせたら、二度と話を聞くことはできないだろう。だからもうしばらくはここにいてもらう」

 それ以上は言えなかった。わたしの言葉にはイデル殿達を納得させるだけの力がないと自分で思えてしまったし、つまりイデル殿の側からみれば、これは穏当な処置なんだとわかってしまう。手がかりの欲しい今、わたし達の不明をそのままに置くのは、手ぬるいと判断する人もいるはず。

 さっきのデイダラさんを思い出す。わたしは臆病だから、自分を傷つける相手には敏感だと思う。彼は状況がそうなればわたしを直接に傷つける、それがわかったからこわかった。だけど、イデル殿は違う。出会いはああだったのに、今は、わたしやリーゼを傷つける気配がしない。だからわたしは、この人に恐れを感じていないんだ。

「部屋に戻ってくれ」

 そんな立場でもないのに、内心で苦笑した。わたしが意地を張れば、困ってしまいそうだ。

 二度目の指示を受け入れ、わたしは部屋へと戻った。

 後ろからついてきて、見届けたイデル殿が扉を閉めようとしたとき、彼を呼び止めた。

「イデル殿。お願いがあります」

「……なんだ?」

「あなたにいずれ解放してくれる気があるのでしたら、わたしは逃げません。だから、その間、ここで働かせてもらえないでしょうか?」

「働く?」

 イデル殿は思いきり顔をしかめた。

「着の身着のまま逃げてきて、持ち合わせがありません。リーゼを無事に帰すため、旅費が必要なんです。わたしは、青で侍女の仕事をしていましたし、召使いとしても働いていました。なにか任せて頂けることはないでしょうか」

 そんなに変かな。でもこの人、閉じ込めはしても、熱を出している間のように十分な待遇をくれるのだろうし、だったら働かせて欲しい。

 なにをばかなことを、って顔が、ふとまじめになる。なにかを思いついたみたい。顔に出る人だなあ。

 考えておくと答えて、イデル殿は扉を閉めた。

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