第85話 お城の名前

 ヴェステル王国軍は途中諸侯の軍を吸収しながら行軍を続け、無事にサルドマンド平原の防衛拠点『フレティーツァ城』に辿り着いた。


 フレティーツァ城は美しい尖塔を持つ白い石造りの城で、そこから城壁が長く伸びている。

 山脈と湖の間をカバーする長い城壁の真ん中に立派なお城がくっ付いている、と言った方が分かり易いかもしれない。

 ちなみにフレティーツァは花の名前だ。白い可憐な花なのだが地下茎で増えて群生し、一度繁茂するとその場所には他の草花が進入できなくなる。そこから人類領域への魔族の侵入を防ぐ城の名前に採用されたとか。ヴェステル王国はレブロと違ってちゃんと名前を考えるのだ。間違っても『北端砦』とか『第一要塞群南東砦』とか、そんな名前にはしない。


 そして、俺はフレティーツァ城の大広間で長テーブルに向かって座っていた。

 綺麗な部屋だ。前線の要塞のため装飾類は少ないが、南西側には大きな硝子窓もあり明るく、白石の壁が優美な雰囲気を醸している。

 テーブルに座るのはユリアン王子を最奥に、パトリス・ジアン、俺とブリュエットさん、近衛騎士団の団長さん、フレティーツァ駐留軍の司令官、その他に有力諸侯が5人いる。


「行軍で疲れているところすまない。会議を始めさせて貰う」


 今回の防衛戦における最高司令官であるユリアン王子が宣言する。時刻は昼過ぎ、先程入城したばかりだ。


「まずは駐留軍司令官から状況の説明をしてくれ」


「はっ。偵察により、既に魔族軍の存在は確認出来ております。ただ、魔族側がグリーンドラゴンを投入して偵察部隊を攻撃してくるため、敵戦力の全容は把握出来ておりません」


 グリーンドラゴンは翼を持たず、強靭な後脚で地上を高速で走る。持久力には難があるが、その速度は身体強化魔術をかけた馬すら凌駕する。偵察部隊の排除に使われるとなると厄介だ。


「現状確認できているのは古龍エンシェントドラゴンが1体いることと、魔族が野戦築城と思しき行動をしているということです。位置はここから通常の行軍速度で半日ほど北東に進んだ地点です」


 古龍、そして野戦築城という言葉に、ユリアン王子が俺の方を見る。


「ドグラス殿、訓練の状況はどうですかな?」


「速度の面では課題もありますが、十分実用可能です」


 ユリアン王子の問いに俺は率直に答える。

 俺と宮廷魔術師の面々は行軍中ずっと統合魔術の訓練をしていた。宮廷魔術師は流石の優秀さだった。長年共に訓練を積んだレブロの魔術師隊と共に行使するときに比べれば構築に時間はかかるものの、既に実戦水準まで仕上がってる。

 ユリアン王子は満足げに頷いた。


「諸君、敵が築城中ならば早期に攻撃を仕掛けることが望ましい。敵の状態は不明な部分があるが、明日夜明けと同時に出撃することを提案する。意見のあるものはいるか?」


 誰からも異議は上がらない。

 魔族の築城は早い。大型モンスターを活用し、凄まじい勢いで土木作業を行うのだ。司令官は野戦築城と言っているが、下手に時間を与えると人類の永久築城以上のものを作られてしまうだろう。ユリアン王子の方針は妥当だ。


「では、それでいこう。各員準備を」


 会議はあっさり終わった。明日出撃となれば、皆大忙しだ。ユリアン王子は有力諸侯と共に軍集団の編成を作っていく。諸侯軍の連合なので歴史に兵力、家同士の関係、色々なものに気を使う。この辺はフィーナ王国国王軍の運用よりも手間がかかる。

 俺は宮廷魔術師達と共に統合魔術の最終訓練を少しして、早めに寝た。



◇◇ ◆ ◇◇



 翌日まだ薄暗い中、ヴェステル王国軍はフレティーツァ城を出撃した。

 一部の兵力は城に残したため、総数は8万人程。軍は巨大な列を成して森に挟まれた細長い草原を進んで行く。ちなみに8万にはランチーㇴで共に戦ったクジイシャ伯の部隊も含まれている。ストラーンの冒険者達もそのまま傘下にいるのでガエルさんやポールさんも何処かにいる筈だ。


 俺は馬に跨り、ブリュエットさんと並んで進む。俺達がいるのは軍の先頭付近で、周りにはユリアン王子やパトリスさんもいる。


「野戦築城ということは、やはり主攻はレブロですね……」


 ブリュエットさんが心配そうな声を出す。

 サルドマンド平原を抜き、ヴェステル王国側から人類領域を切り取るつもりなら、戦力が集まりきる前にフレティーツァ城に総攻撃をかけなくてはおかしい。サルドマンド方面からレブロの背後を突かせないための作戦行動と見て間違いない。


「ええ。魔族が本気で攻めて来るならレブロの戦力だけだと厳しい。……そう言えばエリーサ様は大丈夫かなぁ」


 エリーサ様に単独戦なんて無茶をさせてしまったことを思い出す。滅茶苦茶心配だ。


「ドミーも、ちゃんとしてれば良いけど……悪ノリして変なことしてませんように」


 天を仰ぎ祈るブリュエットさん。


「そちらは大丈夫ですよ。ドミーさんも根は真面目ですし」


 そんな会話を交わしつつ、進んでいく。やがて、魔族の野戦陣地が見えてきた。


「ちょっと木に登ります」


 一言断ってから、近くにある中で一番大きな木に登る。そこから魔族軍の陣地が一望できた。


 長方形の巨大な陣地だ。堀と土塁が築かれ、手前に逆茂木もずらーっと並んでいる。それが二重に作られていた。

 更に外周の堀からは垂直にも堀が伸びている。垂直方向の堀は左右の部隊の連携を阻害する為のもので、かなり厄介だ。

 そして、陣地の中央には古龍が鎮座していた。灰色の体は尾を除いても15メートル程の長さがあり、胴は異様に太い。前足は小さく、後ろ脚二本と尾で体を支えている。ちなみに翼はあるが巨体故に飛行能力はなく、移動速度は遅い。


 魔族軍の総数は4万ぐらい。魔族は1万程で残りはモンスターだ。ここから数えるのは難しいがレッドドラゴンとグリーンドラゴンの姿もちらほら見える。


 魔族陣地は森と沼地の間の隘路に作られていた。森側からなら迂回は不可能ではないが、森の中での戦闘となるとモンスターが有利だ。猿型や虫型のモンスターに樹上から狙われると対処は困難で、大きな被害が出るだろう。


 下から「ドグラスさーん」とブリュエットさんの声がする。

 見るとブリュエットさんが木を登ってきていた。更にはパトリスさんとユリアン王子まできた。皆身軽にするすると登って、各々手頃な枝に陣取って魔族軍を見る。


「敵ながら、短時間でよくアレを作る。あの土塁……俺の背丈の倍ぐらいあるが、何かで固めてあるのか?」


「恐らくモンスターの吐く接着液で固めています。あの土塁は並の攻撃魔術では破壊困難と考えてください」


 俺はユリアン王子の疑問に答えた。口から接着液を吐いて攻撃してくるモンスターが何種類か居る。それをかけながら土を盛るとかなりの強度の壁が作れるのだ。


「なるほど。野戦築城というが、古龍の存在も含めれば最早難攻不落の要塞だな」


 ユリアン殿下の言う通り、あの陣地は通常の手段では攻略困難である。

 土塁や堀は作成速度こそ異常だが、特別な性能がある訳ではない。問題は古龍だ。古龍は他の龍種を遥かに上回る装甲皮を持ち、純魔力ブレスは近距離なら城壁すら穿つ。

 外周の土塁は純魔力ブレスの射程圏内だ。取り付いた兵士は即消し飛ばされるだろう。古龍を先に排除しようとしても、遠距離魔術など弾かれて終わりだ。


「本当に運が良い。ドグラス殿が居なければアレにはお手上げだった」


 パトリスさんがしみじみと言う。

 攻城戦と対上位龍種戦こそ『統合魔術』の真骨頂だ。あの陣地にも十分に有効である。


「全くだな。このまま進み、攻撃を仕掛けるぞ。作戦の詳細は行軍しながら詰めよう」


 ユリアン王子が言う。

 強行軍で進んだため、昼前に魔族軍への攻撃を開始できそうだ。

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