第3話 首都ナキアケア ②

 声をかけてきたのは、背丈がシンゲンの胸元ほどの綺麗な女性だ。

 上下黒の服装の上からワインレッドのジャケットを羽織り、黒縁メガネのレンズ越しからは確固たる胆力を感じる。そして特徴的なのは燃えるような垂れ下がった赤く長い髪——実際には髪は炎のように揺らめいていた。だが熱はなく、服も焦げていない。そういった髪質なのだろうと納得した。以前にも種族こそ違えど同じような髪質を持つ存在に出会ったことがある。

「この髪が気になりますか? 私、エストリエという種族の吸血鬼でしてね。こうして燃えているように見える髪は、私たちの特徴なんです」

 洗練された大人の女性という印象だったが、ふいに向けられた柔らかな笑顔に強い好感を覚えた。

「すまない。以前にも一度、同じような髪質の女性の悪魔を見たことがあってな。つい、その時を思い出してしまった」

「ふふ、そうなんですね。その方、よほど魅力的だったのでしょうね」

 目の前の女性は特に気にする様子もなく、相変わらず笑顔で対応している。

 話し方や声のトーンは柔らかいが、その立ち振る舞いには自信がうかがえる。

「ところで、オレに何の用だ?」

「そうでした。申し遅れました。私、週間ルシファの雑誌記者、ラナテリヤと申します」

 ……雑誌記者か。たしかに、薄くて半透明状の手のひらサイズの情報端末を左手に持っている。

『シンゲン』

『ああ、わかってる』

 頭の中に響いた声に対し、オレも意識で返す。

「進化の儀に臨む今のお気持ちを、少しだけ伺えればと思いまして。お時間いただけますか?」

「そう、だな……」

 相手は雑誌記者。ここに来るまでにも参加者の情報は集めてきたが、さらに確度の高い情報が欲しい。ラナテリヤから得られる情報はあるのか? いや、守秘義務を理由に何も教えてくれないかもしれない。逆にこちらの情報を引き出されて、相手に利用される可能性もある。

 しかし、こんな時期に接触してくるとは、疑われるとは思っていないのだろうか? 本当の雑誌記者だったとしても。

『シンゲン、魂魄眼こんぱくがんだ』

 だよな。用心に越したことはない。

『——魂魄眼』

 オレは自身の固有スキルをラナテリヤに向けて発動した。

『どうだ?』

『思った通りだ。しかもご本人様のスキルだ』と頭の中で応じた。

『ご本人様のスキル? 詳しく聞かせてくれ』

『こいつの本当の名は羅奈らな。冥界の九尾孤きゅうびこ戯狐宝天ここほうてんのスキル。そいつが生み出したスキル体だ』

 スキル体——スキルによって生み出された意志と思考を持つ存在。こういう連中に合うのは、実はこれが初めてではない。だが、目の前のこいつは……あの時の者たちとは格が違う。

『おいおい、そりゃ……運がいいってレベルじゃねぇな』

『ああ、幸運が転がり込んできた』

 頭の中の声の「運がいい」という言葉に、オレも強く同意する。

 新聞、雑誌、番組といったメディア関係はもちろん、ウェブ検索、進化の儀の過去映像、冒険者ギルドや酒場の噂話、人脈、思いつく限りの手段で情報を集めてきた。

 だが、初めて参戦する者や冥界族の九尾孤など、数名の情報がほとんど掴めていない。

 情報は武器だ。相性次第では、いかに強くとも敗北はあり得る。

 ならば、その相性の不利を覆すには、自身の能力を基軸とした戦術と戦略が重要になる。

 しかも全員、例外なくチート能力所持者。相手の攻撃手段を予測し、その対策を事前に組み立てることが不可欠だ。

 だから参加者たちの情報は何としても欲しい。

 それが、自分からのこのこ現れたのだから。

「迷われているようですので、ひとつ、ご提案させていただければと思います。今回の進化の儀・武の祭典の参加者、冥界の九尾孤、戯狐宝天。その関連情報をかぎられた範囲でお渡しできます」

 オレが黙っていたのを、迷っていると解釈したらしい。しかし、戯狐宝天の情報を教えるねえ……。

「魅力的な提案だな。だが、悪いが断らせてもらう」

「そうですか……。戯狐宝天に関する情報はほとんど出ていませんのに。それでも、ですか?」

「ああ、それでもだ」

「承知しました。明後日の祭典は、きっとご多忙でしょうし。また別の機会にお声がけさせてください」

 断られても嫌な顔ひとつせず、食い下がる素振りも見せない。最後まで雑誌記者ラナテリヤの役をきっちり演じきっていた。

 オレたちは彼女に背を向け、当初の予定通りホテルへ歩き出す。

『断って正解だ。正しい情報は渡されなかっただろう。十中八九、偽の情報を掴まされて終わりだ』

「ああ、それを信じて当日対戦することになったらと思うと、目も当てられない。それに、事前に聞いていたとおりだな」

『開催地に入ると、いろんな奴が些細な情報でも抜こうと強引に接触してくるって話、だろ?』

「ああ。まさか本体がスキル体を直接使って接触してくるとはな」

『しかし、ラナテリヤというスキル体、間抜けじゃないか?』

 確かに、そう見えてもおかしくはない。だが、それはオレが魂魄眼を持っていたから言える話だ。もし使えなかったら、鑑定のスキルを使うしかなかった。

「彼女は鑑定結果を偽装するスキルを使っていた。普通なら見破れない。だからこそ、あんな大胆な真似ができたんだろう」

 鑑定スキルが通用しない相手。しかも、あのスキル体をあと5体も持っている。ラナテリヤであの強さだ、本体の戯狐宝天は間違いなくもっと強いだろう。

『で、魂魄眼で戯狐宝天について何かわかったか?』

「ああ。あのスキル体があと5体も存在していて、それぞれが能力特化型。だが、本体に関しては情報がゼロ。詳しい分析はホテルに着いてからだな。飯食って、風呂入って、その後で情報を整理しよう」

 それにしても、引き際が妙にあっさりしていた。もっと強引に食い下がってくると思っていたが。

 疑問を胸に抱いたまま、オレたちは喧騒の中へと消えていった。


 都市の街並みを見下ろす高層ホテルの上階、パノラマビューを望む和風モダンな客間。

 深みのある赤色のラウンジチェアに、白い和服姿の女性が静かに腰を掛けていた。扇子で口元を隠しながら、窓外の煌々こうこうと輝く月を物思いにふけるように見上げている。

「……失敗でござんしたか」

 パチン、と扇子を閉じる音が静寂に響く。小さく息を吐き、瞳を閉じて思案する。

 やはり首都に入ってからは、誰も彼も警戒心が高うござんすねえ。あわよくば……と思いんしたけれど、やはり難しゅうござんしたよ。

 月明かりに照らされるのは、白雪のような髪と、その頭に生えた狐の耳。赤い腰帯に白い和服、赤い花緒のぽっくり下駄。九本の純白の尾先をゆるやかに揺らす、色白の女性。

 彼女は再び月を仰ぎ、誰もいないはずの部屋で、まるで正面に誰かが座っているかのような調子で語りかける。

「……ええ、ようござんすよ。プリオラの一件もありんすからねえ。あの場で素直に引き下がって正解でござんした」

 プリオラ……羅奈がラナテリヤとして同じように接触し、しつこく食い下がったとき、何の前触れもなく羅奈は殺された。

 しかも私まで。二人同時に、一瞬で。

 この部屋にいた私まで殺すなんて、接触すらしていないのに……ほんとチートでござんすよ。収穫といえば、なんとなくではありんすが、私たちを殺した彼女のスキルの片鱗が見えたことでしょうかねえ。失ったものも大きいけれど。

 目の前のテーブルに置かれた、四つ身の着物をまとった小さな女の子の人形。それを手に取ると、彼女はかすかにため息を漏らした。

「冥界から持って参りんした身代わり人形でござんすけれど、プリオラのせいでもう使えやしません。これ一つしかありんせんのにねえ」

 ラウンジチェアに背中を預け、深く体を沈める。視線の先、魔王リロナキアが造り出した人工の月が耽美たんびなまでの光を放っていた。

「ほんに、綺麗なお月さまでござんすねえ」

 その光を、彼女はただ静かに眺め続けた。


 喧騒が絶え間ぬ街並みの一角。シンゲンたちが立ち去った後も、街は祭典前の熱を孕んだままだった。その時——前触れもなく、何もない空中から羽の生えた小さな悪魔の映像が飛び出し、子供のような声で飛び回りはじめた。

「明後日の13時から、進化の儀・武の祭典が開幕するよ〜ん。今回のトーナメントに参加する16名を紹介をするよ〜ん……」

 参加者たちの二つ名と共に名前が紹介される。

 

 

 転生魔剣士 信玄

 罪咎つみとがの魔女 テティアンケ・オクターブ

 天才物理魔導学者 アーウォット

 究極完全生命体 エルガルゴ

 遍在の黒き惨禍さんか ベリルゼゼ

 星落としの小学校教師 ベフィティロ・ベイフィー

 冥府の九尾孤 戯狐宝天

 超越弩級無敵エルフ エウパロ・グーシャ

 堕天蛇龍 デゴン

 魔剣コレクター オードベル

 戦闘最強武族 ホスフィン

 暗殺女子高生 プリオラ

 悪魔聖女 ドリス・ロア

 魔動機甲吸血戦鬼 ノイトラ・ヴァーミッシュ

 ミノタウロスの勇者 エンプリュ

 魔狼忍者 リスタザ

 

 

 そして一定時間飛び回ったのち、小悪魔の映像はふっと掻き消えるように、何もない空中へと戻っていった。





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【2025.12/04】 地の文の表現を一部調整

・「思索に沈む」→「思案する」に変更。


【お知らせ】

今回登場したキャラのイメージ画像をBLOGにて追加・更新しました。

もし興味があれば、下記のURLから気軽にご覧ください。

https://gjuonji0221.blog.fc2.com/blog-entry-4.html


※あとがき

イデア魔界儀伝は16名の主人公の物語をオムニバス形式でお届けします。

そして後半には、その16の物語が首都ナキアケアにある闘技場にて一同に会し、トーナメント方式で戦います。

極力戦闘描写で過去回想シーンを少なくしたいという思いから、こういった特殊な形式をとっています。

なので、一同に会するまで少し長いですが、16名の主人公の物語を楽しんでいただければと思います。

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