ただの後方腕組転生者、うっかり勇者に拍手を送ったら黒幕扱いされる。
森空亭(アーティ)
序章
第1話 黒幕はとりあえず拍手をして登場しよう
「素晴らしい。まさかこれ程とはね」
「お、お前は……?」
僕は満面の笑みで、ゆっくりと勇者に向けて拍手する。
彼はいくつもの試練を乗り越え、ついに魔王を討滅した。まさに英雄。そんな伝説になろうとしている人物に、ファンとして賛辞を贈るのは当然だった。
「僕は君のファンになってしまったよ……。実に素晴らしい戦いだった。僕の予想を超えて、君は成長した」
「な、何を言って……。まさか――」
「そう、そのまさかだよ」
僕は勇者の言葉を肯定する。彼が言うならそれが正解なのだ。内容は正直よく分からないけれど、関係ない。だって彼がそう言うのだから。
激戦を勝ち抜いた勇者とその仲間たち……。全員が僕を凝視している。
「君達のこれまでの戦いは全て――僕の手の上だ」
僕は見た目が魔物を殺した時に出るのっぽいけど、実は違う撮影用の魔石を見せつける。(魔王の死骸から出そうなくらいのサイズ)
ファンとして、君達の戦いの記録は後世に残さなくてはいけないからね。
「そん、な」
「嘘でしょ……」
「馬鹿なっ……!」
「……やっぱり、魔王は戦いを望んでいなかった?」
勇者達はなにやら動揺しているらしい。無理もない話だ。背後からいきなり現れた僕に驚くのは当然だろう。
魔法使いの美少女に、盾役と回復役を兼任する僧侶の大男。そして、精霊使いのエルフの少女。
勇者を支えた仲間達にも、当然僕は敬意を持っている。だから――
「君達にも、感謝を伝えないといけないね。僕はずっとこの瞬間を楽しみにしていたんだよ……。ありがとう、君達のおかげで僕の願いは達成された」
「き、貴様っ」
勇者もきっとファンからの称賛が嬉しいのだろう。声を荒げている。
だが、もはや満身創痍だ。
立つことすらままならない。全員が死に物狂いの戦いだったから。
「流石の勇者パーティも、その傷では動けまい。今回は挨拶をしたかっただけでね。僕は失礼しようかな……。なに、またいつか会えるさ、君が戦う限りはね」
「何者なんだ!」
「だからファンだよ。君達の、ね」
「ふざけるな……! 名前を言え!」
温厚な勇者が怒鳴るなんて、珍しい。レアシーンだね、撮影しておこう。
疲れている時に、ファンの対応をさせられて、流石にイライラしているのだろう。意外と人間臭いそういうところも、チャーミングだと思う。
「僕かい? 僕はエモ・スギルという名前だ。いわゆる転生者というやつでね、君達とは違う世界からやってきた」
「お前は一体……。目的はなんだ! その魔石で何を!」
「歴史を変えるんだよ。過去に終止符を打つと言っても過言ではないだろう」
そう――この魔石の記録映像で、英雄譚が残る。
この国にとって、いや、人類にとって歴史の一ページと言っていい。魔物や魔王に怯える日々は終わりを告げたのだから。
「少し残念でもあるけれどね……。魔王という脅威が消えた今、君達の戦いはここまでなのだから」
「まだ、まだだ……。俺はっ! お前を必ず……!」
「ハハ、無理をするものじゃないよ。勇者と言っても君も人の子だ。おとなしく、そこで横になっていた方が身のためだよ?」
どうしてだろうか?
心配してあげたというのに、全員が凄い顔をしている。歯ぎしりしていて、なんだか悔しそうだった。
なるほど……。そうか、ファンの前だからカッコつけたいのか。
「あぁ、そうだ。最後にネタバラシをしようか」
「……何?」
僕は最後に、説明をしてあげることにした。
彼らが、僕の気配に気が付かなかった理由。戦いに巻き込まれない理由。
「これ、分かるかな?」
「まさか……!」
「マジックアイテム……」
勇者が驚き、魔法使いの美少女が答えを口にした。
この世界は剣と魔法のファンタジー世界だ。とてもテンプレな世界観なのだ。そんな中で、マジックアイテムはありふれた武器だった。
魔法や武技を扱うのが強者の戦い方で、マジックアイテムはあくまで補助的に扱うというのがセオリーだ。しかし、僕には才能がなかった。
故に――マジックアイテムを大量に身に付けている。気配遮断や、魔法障壁が内蔵された優れ物で、大金をはたいて手に入れた。
「君達には、これで十分だろう?」
「……っ」
「おのれ」
勇者パーティなら詳しく説明しなくとも、理解できるはずだ。
マジックアイテムのおかげで、背後にいただけなんだよ、と。
「魔法も、武技も使う価値がないと言うのか!」
「ハハ、それはどうだろう? 君達と僕とでは、差がありすぎるからね」
僕は勇者パーティのような天才ではないのだ。
魔法も武技も使えたことがない……。しかし、ストーキング――ゴホンゴホン……ファン活動するためには、巻き込まれず、気配を絶つ必要はある。
そこで、このマジックアイテムたちの出番というわけさ!
「では、失礼するよ」
「ま……まてっ! 俺は……俺は絶対に、お前を!」
「さようなら、勇者パーティの諸君。話せて楽しかったよ」
僕は少し控えめな笑顔で、そう言った。
これ以上彼らと話すのは迷惑だろう。疲れているだろうし、引き上げるとしよう。
*
「え……?」
翌日――僕は何故か、国家から指名手配されていた。
似顔絵は僕そっくりだし、名前も同じだ。
死刑判決も既に出ているし、莫大な賞金まで用意されている。まって、罪が重すぎない?
そんな悪いことした? 嘘でしょ?
「どうして、僕が犯罪者扱いされている? ストーキングがバレたから?」
そうして、僕の逃走生活は始まったのである。
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