16.堕姫

 何故だろう、ドクドクと刺すように胸が痛い。自分の唇に触れ、浅ましくも自らの主君を意識してしまう。


「小田様、大丈夫ですか?」


「問題ねーよ。あいつさ、昔からよくわかんねーけど。俺より頭いいから、何でも自分一人でしようとするんだよ」


 どうして小田様は、そんなに優しい顔をされるんですか?


「那須、今後もよろしく頼むぜ」


 小田様は、私の背中に手を伸ばし肩を組んだ。そんな些細なスキンシップに、私の心臓は溶けそうになる。


「御心のままに」


 期待されるのが嬉しい、応えられるよう強くなりたい。


「俺は、お前を一番信頼してる」


 しかし私は、その信頼に報いることができるのだろうか?


「だから側にいろ」


 その言葉に許された気がした。生涯かけて小田様の御側にいたい。


「はいっ」


 那須が暗い顔をしていた。いつも世話になっているのだから、少しは俺を頼れ。ドイツもコイツも、一人で完結しようとする。俺は、そんなに頼りないか?


 もしかしたら頼りないかもしれない、だから頼れないのか?


「頼りなくてごめんな」


 ついボソッと本音を漏らしてしまった。


「今なにかおっしゃいましたか?」


 良かった、那須には聞こえてなかったようだ。


「なんでもないよ」


 小田は、小田なりに考えているということね。だが、正直まどろこしい。そんな簡単なことで悩むなんて…いや簡単なことだからこそか。


「なにつまらない顔してんの小田。私たちには、止まっている暇なんてないわよ」


「わかってる」


 エレベーターから四階へ、また開ける扉は一つのみ。罠だったら、どうする?


「行くに決まってるでしょ」


 立花の張りのある声は、そんな思考を吹き飛ばしてくれた。


 ここで疑ってしまったら、俺は花夜を裏切ることになる。


「おう」


「いっせーのー」


 立花と同時にドアを蹴り飛ばす。大きな音を立てて、ドアは粉々になった。部屋の奥の椅子に座る熊のような図体をした男、口許を歪めて笑う。


 いた、奴だ。


「龍造寺鷹春、やっと会えたな」


「高橋の兵隊か、ようやくここまできたか」


 人の気配など感じなかったというのに、わらわらと現れた龍造寺の兵隊に囲まれる。


「龍造寺は、私と小田で倒す。この先進ませるな」


「後ろは任せた」


 目を合わせて己の役割を理解し、いざ戦いの場へ。


「歩き巫女様、お導きを」


 何がお導きだ、くだらない。


「貴女たちの傷一つない綺麗な肌、爪の先から毛穴まで切り刻んで穢したい」


 指と指の間に小さな刃物を挟んで、体全体をふらふらと揺らす独特のスタイル。


 巫女装束の女は、動きが読みにくい。数的にも不利、だからといって攻めないわけにはいかない。


 空気銃を二丁構え、最初から全力だ。


 空気の弾が吐き出され、歩き巫女に向かって進む。空気の弾は、地面を穿ち当たることがなかった。


 ただ歩いているだけにしか見えないが、残像が残り距離が縮まる。


 何が起きているのか理解できない。この女は、化物か?

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