第28話 モフモフ三人組、姫君の真の竜姿を見る。(2)

美事みごとなり」

「素晴らしいですね」

「ですねえ!」

 圧倒的な、緋の色の竜姿と、姫君を称賛する三人組。


『姫君の魔力の上昇が落ち着いたならば、ネエネエ、花の束を……』

『はいです……ねえ?』

『失礼、翔びます!』

 そののちに、これからの色々を想定していた三人組は、違和感に気付いた。

 そして、ピイピイが、動く。その華麗な青き羽の舞によって。


「水晶が!」

 宮中医師の、悲痛な叫び声。

 手の中から、水晶が滑り落ちたのだ。

 もちろん、ネエネエもガウガウも気配には気付いていた。

 念のためにと距離は取ってはいたが、三人組からも気配を感じられる位置にいた宮中医師、斑雪はだれは、しっかりと記録用の水晶を握っていたはず。

 なぜ、水晶はその手からこぼれたのか。


『不可解ではありますが、それよりも』

 ピイピイが風魔法を使おうとした瞬間。


「無事にございます!」

 声が聞こえた。

 先祖である人型の猿の獣人騎士への変化が可能な人族の宮中騎士が、水晶をしっかりと掴んでいたのだ。

 芝に落ちる寸前のこと。よい動きであった。

 氷の邸宅の庭の芝と土たちはネエネエの魔法で保護されており、万が一にも水晶に傷などは付かないだろうが、変化の最中に記録水晶の落下というのは縁起がよろしくない。未然に防げたのは何よりだ。


「お見事です。猿の獣人殿には指紋がございますから、掴むのもお上手なのですね」

「ありがとうございます。人型と人族。確かに、指紋がございますのは便利であります」

 ピイピイが宮中騎士を労い、ガウガウが宮中医師に声をかける。

「貴国の宝たる記録用水晶が落下したことの推測をするよりも、まずは水晶を強く握られよ。ただ今より花の国の花の束を用意し、姫君にお渡しする。その様子を我らが確認したら合図をいたす。そこにて、宮中騎士殿は人型を解くように。よいかな?」

「寛大なご配慮を誠にありがとうございます。宮中騎士殿にも誠に申し訳ない」

「畏まりました。そして、どうかお気になさらず。お役に立ててよかった。貴方の医術と魔法医術には皆が感謝しております。そして、此度の機会。限定された期間ながら、貴方の薬師と魔法薬師としての資格を正式にお活かし頂けますこと、騎士団員皆が喜んでおりますよ」

「痛み入ります」

 宮中騎士の言葉で、宮中医師は笑顔を作ることができていた。


「姫様の魔力の渦の影響かも知れませんねえ。宮中騎士さん、おみごとでしたねえ。御使いたちはこのことにつきまして何も申しませんから大丈夫ですねえ。それよりも、これからを頑張りましょうですねえ」

 そして、ネエネエ。

 やはりというべきか、そのモフモフですべてを落ち着かせ、これからの流れを導き始めたのである。


『何か……ございましたか』

『ご安心を。何もありませんよ。それよりも、わたしたちとの念話に支障はないでしょうか』

 姫君のもとには、ピイピイが。

 ガウガウやネエネエが落ち着いていられるのは、姫君のもとにはピイピイがいるはず、という確信からであった。

 そして、ピイピイも全力でそれに応じている。


『はい、以前のように皆様の念話でのお話に入り込むようなことをしない限りは、まったく』

『それはよかった。このあとはネエネエが花の国から頂いたお花をお出しします。まずは、それに呪いが出ますかどうか。そののちに人族との対面をいたしましょう』

『畏まりました』


『では、ネエネエ』

『はいですねえ』

 ピイピイの合図で、魔羊毛からネエネエが花の国から贈られた花の束を出す。

 その瑞々しさには姫君も驚いたようだったが、御使い様方のお力と納得をしたようだ。


『頂戴いたします』

 迫力のある竜の爪も、既に太い指の中に収まっていた。

 王族専用の赤い騎士服をさらに特別に加工して、竜化とともに全身を纏う外套へと変化をする、専用の騎士服。

 初代女王陛下の御代とそれ以前から受け継がれた、獣人王国の被服、道具、魔道具の達人たちの技術の結晶である。

 既に外套へと変化を済ませたそれは姫君の赤よりは薄い色であり、それがいっそう、美しい緋色の鱗を引き立てている。


 黒き魔羊ネエネエの羊蹄から、うやうやしく花の束を受け取る赤き竜の姫君。

 あたかも、絵巻の一巻か、それとも吟遊詩人の詩の一節かのようだ。


 この真の竜姿の神々しさには、花の国の一団もさぞかし喜び、誇らしく感じたことであろう。

 初代女王陛下が王女でいらしたときの自国の王子との婚約と解消、当時の花の国の魔法薬師の大罪という過去はあるが、この獣人王国と自国とのこれからの更なる強い繋がりを予期したはずである。


『いかがかな』

 姫君と宮中医師、宮中騎士との間に立つガウガウが巨大な水晶を抱えながら、問う。


『多少、目に痒みが。涙も少々。問題ないと言えますが』

『ありがとう。記録もいたせた。念のためにだが、ネエネエ、布を』

『はいですねえ。どうぞですねえ』

 素早く定位置に戻ったネエネエが、籠から清潔な白い布を出し、姫君の涙や色々を拭う。なんとも素早く、的確な動き。

 使用した布はしぱぱぱぱ、というネエネエの動作で、きれいな弧を描いて空であったほうの籠へと投げ入れられていく。


『御使い様方、誠にありがとうございます』

『なんのなんの』『ですねえ!』

『では、次は人族を。まずは宮中騎士殿からといたそうか。ピイピイ、頼めるであろうか』

『宮中医師殿は公式記録者でもありますからね』

『ですねえ』

『ネエネエはこちらに。ガウガウはそちらに。わたしが参ります』

『はいですねえ』

『頼むのである』


「宮中騎士殿、人型を解いて人族に戻って頂きまして、そののちに、そのまま、姫君のもとへと」

「畏まりました」

 華麗な羽遣いで現れたピイピイに、宮中騎士が深々と頭を下げる。

『……お心を強く』

『ピイピイ様……ありがとうございます』

 宮中騎士に聞かれることなく、静かに宮中医師を励ますピイピイ。

 そして、適切な指示を行う。


「宮中医師殿も、共に。御使いの一人がおりますそばで待機を」

「畏まりました」


「御使い様、人族に戻りましてございます」

 猿の耳や手、指、尻尾。それらがなくなり、確かに人族の青年騎士となった宮中騎士が、報告をした。

「それでは」

 ピイピイの言葉で、ピイピイ、宮中騎士、宮中医師の順で歩き出す。


「宮中医師殿はこちらに」

「記録の水晶は魔法で浮遊させましょうねえ」

「ありがとうございます、お願いいたします」

 獣人王国の記録用水晶が、ネエネエの魔法で浮き始めた。

 記録を取りやすい位置で、停止している。


「では、宮中騎士殿」

「はい」


『姫様、頑張りましょうですねえ!』

『はい!』

 新たな清潔な布を持ち、羊蹄をふるネエネエ。

 姫君も、魔力を落ち着かせることができた。


「よろしい。いらしてください」

「はい」


 宮中騎士が、竜姿の姫君に近付く。

 手を伸ばせば、届く距離。この場では、その近さも重要なのである。


「……グシュン!」

 現れたのは、明らかな、くしゃみ


「グシュン、グシュン……」

「大丈夫ですねえ、宮中騎士さんはそのままですねえ!」

「分かりました」

 姿勢を正して、宮中騎士はぴしりとする。


「よし、宮中医師殿、我らも」

『姫君は大丈夫であるから、とにかく、己を責めることのなきように』

『はい』 

 肉球で支えていた巨大な水晶を浮遊させ、宮中医師を導くガウガウ。


『……ハグション! ハグシュン! ハグシュン!』

 その時。姫君の高い魔力が、震えた。


 嚔。鼻水。涙。おそらくは、痒みもひどいことであろう。

 人型の獣人に変化できる特性を持つとはいえ、同じ人族ではある宮中騎士との差は、あまりにも甚だしいものであった。


『これは……苦しかろう』

 花の国との式典の際にはよくぞ耐えた、とガウガウは姫君を称えた。


「大丈夫ですからねえ。色々はみんな、拭きますですねえ」

『ありがとうございます、まだ耐えられますので、皆様、どうか、偉大なる魔女様方にご覧頂けますよう、記録をお取りくださいませ!』

『よくぞ申されました。それでは、あと五分といたしましょうか。ネエネエ、砂時計を。ガウガウ、いかがですか』

『うむ。さすがは獣人王国の王族、あっぱれだ。五分は、よい判断。二人とともに、お願いいたす』

『ええ』

『ですねえ!』 


 ネエネエは、器用に王女の涙や色々を拭いつつ、魔羊毛から時を示す砂時計を取り出した。


「五分ですねえ、砂時計さん、しっかりもっふり、お願いしますねえ!」

 ネエネエが叫び、ピイピイは砂時計を風魔法で空中へと浮かび上がらせた。それは、無詠唱の美しい羽の動きによるものである。


 あとは、少しの時間の経過と、記録を残すのみ。


 激しい呪いのあらわれ。

 しかしながら、姫君の竜姿の美しさは、けっして損なわれてはいない。

 むしろ、苦しい中でよく、とその健気で強い心がさらにその姿を美しくしてさえいた。


 氷の邸宅にある全員が、姫君の心と姿の立派なことを称えている。


 それ以外の思いを加え持つのは、ただ一人。

 宮中医師にして、宮中薬師代理たる斑雪のみである。


 花の国の花の束では、症状は、軽微。

 獣人王国の人族でも、さほどではなく。

 ところが、先ほど。

 自分がおそばに寄ることで、姫君の呪いの症状は増していらした。

 あたかも、花の国の使者のときのごとくに、おいたわしきお姿。


 そう。

 とどめのようになったのは、宮中医師たる自分である。


『私の……忌まわしき血のせいなのでは』

 考えてはならないことが、脳裏に浮かぶ。

 しかし、なんとしても、このような感情の発露を姫君の竜角にお聞かせしてはならない。  

 宮中医師は、己の胸中でひとりごちる。


 すると、すべてを見通すかのような趣で、ガウガウが、肉球で宮中医師の背に触れた。

『否。敢えて言うならば、其方の先祖のせいではあるかも知れぬ。然しながら、けして、気に病むでない。それよりも、姫君の姿をしかと見よ! これからであろう! 其方の仕事も増えるのだぞ!』

『……はい!』


 我知らず、宮中医師の片方の手は、隠しに触れていた。


 そのまま、空中を漂う二つの水晶を見る。

 次は、呪いに苦しまれながらも凛々しくおわす、姫君の竜のお姿を拝見する。


 宮中医師は、気付いたのだ。


 御使い様の仰せのとおり、姫君が再び人型になられたのち、ご体調をお鎮めするのはほかならぬ自分であるのだ。いち早くご対応申し上げられるように。姫君の竜のお姿をきちんとご確認いたさねば、と。


 宮中医師、そして代理とはいえ宮中薬師をも兼ねたるものは、決意を新たにしたのであった。

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