第23話 死神
「あー」
舞台裏の椅子に腰かけたホーローの横に座った。
「無理やりするからよ」
「だってさ、関係ない子もいるのに湿っぽい話をしてさ。もうジャニケンは悪いけどつらいよ。その後、仕事」
「場所は変わったわ。ホントにゲイしか来ない店。本当はゲイの世界だけじゃなくて、下ネタしか言わない女とか自称探偵の三十路女とかいた方がいいわよ。ゲイしかいない店だとそんなやつ来ないから」
「ごめんな」
「謝ることで自分を慰める人間は嫌いよ」
「想像が漏れただけだ。聞き流してくれ」
「声の勢いが無くなってきた」
ホーローは何も話さない。
「今日も力業でどうにかしたでしょ。何年一緒にしていると思っているの」
「もつよ」
「せめてアフターケアしないと」
「三十になって、あの時どうして頑張らないで過ごしたんだろって思いたくない。僕の声が出なくなった時は悪いけど解散する時だ。だからもし、そろそろまずいと思ったら次のバンド探すかボーカル探した方がいいよ。連れてきて僕が大丈夫と思ったら、僕は念願のソロデビューだ」
「させないわよ」
「するよ、しゃがれた声でソロデビュー。最初はホーローだって思ってファンもつくよね。でも澄んだ癒しボイス? 笑っちゃうけどそんな声は二度と聞けないよ」
そんな無茶をしないで、もっと持たせる努力をしなさいよ。それはアンタの努力不足よ。ホーローはそれを見抜いていたのだろう。
「僕たちは季節ものだよ。ジャニケンも分かっているでしょ。僕がたとえ、澄んだ声を出せなくなってもまた次に澄んだ癒しボイスのボーカルが現れるし、イケメンが好きなドラムも女癖が悪いベースも自己主張が乏しいギターがいるバンドがきっと出て来るよ。だからずっと同じわけにはいかないよ」
「一緒よ」
「違うよ」
「アンタの声がしゃがれてもアンタの声はアクアには必要だし、もしアンタの声が無くなってもキーボードを教えてあげる。ずっとアクアのホーローはアクアにいて、アクアで活動するの。ピノに歌わせたらいいわ」
「最近、いらっしゃいませは上手く言えない。演奏終わったあとのありがとうが詰まる」
「それこそケアをして」
「今からケアして前みたいに戻る? 僕たちは消費物だよ」
「いいじゃない、趣味で活動して」
「そうかもね」
そういって、ホーローは寂しそうに笑った。
「そう言えば気になっていたんだけどさ、私はジャニーズでしょ? ワーリオはゲーム、ピノはアイス。なんでアンタはホーローなの」
「幌っていうのあるでしょ? 昔、本当に大切だった人がね。僕に『そうねあなたはどんな石や砂から弱い人を守る幌がいいわ。あなたは弱い人を助けるの』って、だから幌にしたかったのに当時のメンバーに幌はファンが読めないって、だからホーロー」
当たり前だけど前に所属していたバンドがあったのか。
「交通事故でボーカルが亡くなってさ、その次のバンドはギターが、次はベースボーカルギターキーボード」
ボロボロ流した涙が上を向いた顔から流れた。幸い舞台からは離れている。
次は僕だ。
ホーローはうちのバンドに入った当時、死に神だと言われていた。そうかこういう経緯があったのか。
「アンタの為に私たちは死なない。でも怪我くらいは許して欲しいわ」
「それくらい、許してあげるから」
死なないで、お願い一人にしないで、そういうことを言いながら私の胸に頭を押し付けた。
「アンタと長くライブをしたいから、声を大切に」
「ダメだよ。声が代わりだ。もう誰も殺させない」
そういって、荷物置場に引き上げて行った。
「王子様は家に帰った?」
「何も話さないのね」
チョージローはホーローとは長い仲だ。アクアを結成した時には既に交流もあった。
「だって、話してもアイツの孤独を変えることは出来ないだろ」
帰れ帰れと言われ手で払われて舞台裏を出た。心斎橋は寒い。もういい時間なので、人の通りも表通りは少ないだろう。
明日は夜勤で次に練習。いつかビッグになるために練習してきたのは私だけかもしれない。ホーローの声が死んだら潮時だな。
練習日、調子悪いというホーローに不安を抱いた。ワーリオは笑っていたが、その時はすぐに訪れた。歌いだし、ホーローの口から出たのはしゃがれ声ではなく、鮮血だった。
「あんた」
「大したことないよ」
細く血の混じった声。
「おかしいな」
「話さないで」
「行くよ。出番だ」
どうか心に響け ハナビシトモエ @sikasann
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