第17話 ホーローのパワハラ上司
「頼むよ。兄貴に娘を頼むって言われてから狙っている女に遊びに行こうって言われてさ。動けないんだわ」
「動けないままいなさい」
「とりあえずミナミロックに置いてきたから、引き取って。オーバー」
「全くオーバーじゃないわよ。いつから私たちは託児所になったのよ」
「ピノは?」
「どうせ夜勤よ。ミナミロック周辺は治安が心配。よって、拾いに行くわよ」
またかよ。今日も飲めないか。ジャニケンは兄貴の奥さんに電話をしている。明日また大黒に寄って、はりつけを見に行こう。
「ジャニケン知っている? はりつけ」
「はりつけ?」
ちょうどその頃。
「なんでいつも髪の毛入っているんだよ!」
明らかに年下の現場監督者がいつも僕をみんなの前で恫喝する。
分かっている。見せしめで僕の髪の毛ではないことをみんな知っている。ただ火の粉が来ると面倒でややこしいからだ。
「その髪の毛茶色ですよね。僕、染めたこと無いし」
「お前が! 家から! 持ってきて! いれたんだ!」
そんな馬鹿なことありえない。僕はバンドメンバーにピノと呼ばれている普通の学生だ。もう二十五になる大学院生。
生活費とライブ参加費の為にひたすら働いている。
「大体お前はとろいし、役に立たない。もう辞めろ向いてない。お前みたいなのいらないんだよ」
辞めたいのは山々なのだが、研究室の先輩の紹介の手前、辞め辛い。それにこの社員に一泡ふかせたい。
という相談をバンドメンバーにしようとしたが内弁慶なので頭でどんなに極悪非道な想像をしても声には出ない。
「なんだって? ホーロー」
ワーリオに聞いてみた。
「えっと、僕の仕事先の上司が当てつけ」
「分かった。まずは身辺調査だ。どんな性癖があって、どんなやり方が好きで獰猛なのか羊ちゃんなのかを調べろ。でも無理だろうからこれを使え」
「そのどうやって」
「うへへ、これを使う日が来るとはな」
ワーリオがくれた小さなスピーカーを上司のカバンに入れた。
次の日、真っ赤な顔をして上司が僕に詰め寄った。
「お前だろ。お前だな。こういう当てつけをするなんて性根が腐っている証拠だ」
「知りません」
「コイツじゃなかったら誰がいれた。防カメ見せろ」
上司は警備室に入っていった。
「やっぱりお前じゃないか!」
「知りません」
「これを見ろ低能。ここに映っているだろ。もう来るな」
「って言われたけど、あれ何?」
「あれは特殊な信号でな。ピノのポケットに球体のプラスチック入っているだろ。そこから一時間百メートル離れたら俺の性癖に刺さる音声が自動オン」
性癖が何かは聞かなかったが、大混雑の中、三十分だそうだ。
「なんでまた来るんだ」
「そのあまりにバイトのバリエーションが無いので」
「低能がお前に任せる仕事なんかねぇよ」
このバイトはなすびのぬか漬けを作る工場だ。なすびを選別し、洗浄し、ガクを取り、また洗浄し、切ってぬかを丁寧にこすりつけ、しっかり数日漬け込んだあと、機械で袋詰めをして、検品し、冷蔵庫で保存し、順番に出荷する。
石油価格が上がっている為、出荷コストもかかる上最低賃金も高くかかってきた。工場としては出荷コストを抑えつつ、人件費削減もしたい。でも売る為には作る必要がある。買ってくれないので売り上げにならない。
工場からしたらピノみたいなアルバイトは邪魔なのだが、これがどういじめても辞めない。何か事件を起こして欲しいというところだ。
ところが証拠の髪の毛を捨ててしまい、ロッカーもすぐに閉めたので間違えて開けたということになり、不問となった。
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