第7話 死に際のセトリ
僕の苦しさは葬式に現れたジャニケン以外誰も知らない。
「それで結局、練習は忌引きで休み。おやじさんが用意していた真新しいスーツが役割をしっかり果たしたと」
「チョーさんのそのまとめ方で正解です。てか、さっきからその話ばっかり」
サムスのチョーさんは煙草を吸い、けほけほと咳き込んでいた。咳をするくらいなら吸わなければいいのに。
「うちのタンズがお前の体験を元に歌詞を書きたいって言ってんだわ」
「止めてくださいよ。僕の経験ですよ。専売特許ですよ」
「微妙に意味間違えているけどな。そんで続けんの?」
「続けますよ。ファンが減っても三十歳までは」
「じゃ、あと五年か。わかんねぇぞ、四年で売れてしまうかもしれないぜ」
「チョーさん倒さないと難しそうですね」
「ったりめぇよ。何年やってんと思ってんだ。こちとらな十年選手だぞ。ピザ生地に具材を載せるのが一番上手いんだよ」
チョーさんは空気を吸うといって、地上に上がって行った。どうせファンサービスして、何人かと連絡先交換するんだろうな。今日は地上に出る気分じゃない。
「あんたおばあさんが亡くなったこと気にしているんじゃない?」
ジャニケンさんはばあちゃんの葬儀に来てくれた。男の正装で、僕も一応男の正装だったが窮屈だった。
ばあちゃんの葬式なんだ。ばあちゃんに空元気でも見せる為にフワフワしたスカートで臨むくらいがちょうどいいと思っていたら焼香台が終わったあとのジャニケンさんに睨まれた。
やば、ばれている。ジャニケンの察しがいいのか、それとも僕が迂闊なのか。さてどちらが正解だろう。
父はアレがリーダーだと告げると、「ありゃ二枚目だね。バンドなんてやってんのもったいないよ」と、言い。聞こえた声でジャニケンは父を睨み付けた。父は何かをジャニケンに渡していたようだ。父の表情が緩んでいたことを葬式が終わった後も覚えているし、なぜそうなったかの経緯をやはり葬式後に知ることになる。
葬儀の後、最初の練習で懇意にしているバンドマンやスタッフから慰めの言葉をもらい飄々と歳だったんでとか、家で死ねたし、家族で見送れたし、なんて言ってスタジオの休憩室を通り抜けた。部屋の前の椅子の上で眠っているピノや、にやにやしながら携帯を触っているワーリオに軽く挨拶をして、部屋へ予約時間の十分前に入った。
発声練習に時間を取りたかった。これくらいならスタッフも許してくれるだろ。入るとジャニケンがいた。
「あんたセトリ聞いたよ」
「いつの? 誰から?」
「おばあ様見送る時のセトリよ。お父様が偶然録音していたのよ。少なくともお父様はあんたを理解しようとしていたの。あんたアレ全部自分の好きな曲じゃない。別れとか考えなかったでしょ」
善人だけの人がタイミングよく録音しているはずがない。少しだけ父を見直した。
母はそんな父を見て何を思っただろうか。恥か、怒りか、落胆か。それとも、いやきっと。侮蔑だろう。
ピアノが出来ない音楽家を名乗る子どもとその音楽に期待している父。母の枷になった義母はもういないのだから。すぐに離婚したら怪しまれるので、あと三年くらいは大丈夫だろう。
「しかもマイク使うとか、おばあ様の部屋をカラオケボックスか何かと勘違いしていない?」
「いやぁ、偶然だよ」
「それで葬式はスーツきまっていたけど、こんな生活いつまで続けるの?」
「声が使い物にならなくなるまで」
「あんたアフターケアしていないもんね。そこにかけているなら後悔もしないでしょ。ま、あんたが男になる気が出てきたら私の男にしてあげるわ」
耳もとでいやな音をさせてジャニケンさんは部屋を出て行った。
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