第6話 最後の音楽
「延長コード」
「は?」
のんきな父に僕は苛立つ。僕は切り替えた。今、出来る最善を尽くし、ここからいち早く出て行く。葬式を早々に終わらせてあの街へ帰るのだ。
「延長コード持ってきて、たくさん。家にあるの全部」
家の事は母に任せっきりの父に何も出来るわけは無く、母が帰って来て大騒動になった。
コードは父が使うと思った母は出してくれたが、潰す時間を諦めた母は僕を見て、音楽はあんたなんかには無理よ。と、呟いた。
父にはきっと聞こえていない。母は僕がここにこれ以上とどまるのを許さないし、僕はそれが辛かったけど既にそのつもりは無かった。
バンドの練習より家族の事の方が重要だよ。リーダーさんに僕から言っておくからね。
そう鈍感な父は言うが、父はジャニケンの連絡先なんて知らないし、知る気も無い。
だから一筆書いて詫びをすると、父は言い出した。
僕はその時、初めて父が善人だけの人ということを知った。無知だがいい人、お人好しで優しい人。
そんな人はこの場で必要とされていない。僕が必要とするのは元気だった精進落としの時の様な祖母みたいに気の強い人、僕みたいにフワフワせずに確固たるプライドを持つ人だ。
僕だってプライドを持っているけど、その影響力は極めて限定的だ。
一瞬隣の部屋が見えた。嫌なもの。たくさんの会社説明の書類、新しいスーツ、リクルートバッグ、ハローワークの案内。両親が自分に期待している。そういうことがよく分かる。所謂、就活セットだ。
もし、僕がここで「バンドは辞めて就職活動をします」と、言えば母は僕を見てくれるだろうか。いいや、そんな納得の出来ない人生を歩むことは僕には出来ない。僕は確固たるプライドを持って、これからも音楽活動をしていくのだ。
もし三十までに芽が出なかったら、趣味にしよう。それも確固たる自分の象徴なると僕は信じている。
母は本当にステーキを買ってきていた。焼いたのは二人分、僕とばあちゃんの分は無かった。僕はフライパンによけられたわずかに肉のついた塊をばあちゃんの部屋に持って行った。マイクスタンドを立てて、高さを合わせてマイクをつけた。
いつもは事情を察したライブハウスのスタッフが合わせてくれるが、自分で調整したのは久しぶりだった。マイクは重く、何度も取り落としてしまうので無いかと思うほど覚束ない、うっかりばあちゃんの前でカッコ悪いところを見せそうになった。
そしてマイクテストをして、後ろに誰もいない自分だけが支配する空間に打ち震えた。
「聞けよばあちゃん。あんたが何とか出来なかった家族の最後だ。いってこい」
歌い終わった後、畳の上に敷かれたフローリングに座り込んだ。
いつもファンのみんなにする笑顔や感謝、そういったものは一切に無かった。ただ全力で歌った。
たくさんの心を含ませた乗せた叫びだった。
ばあちゃんのベッドからチカチカとした点滅とけたたましい音が流れていた。それがばあちゃんの流した最後の音楽だった。
葬式は黙って立っているだけでいい。通夜の前に母からそう言われた。こんな時くらい親でいてよ。そんな邪魔者みたいに扱わないで、でも邪魔者にするような家族は僕には不要かもしれない。
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