第5話 祖母との再会
僕は大きなリュックにマイクスタンドと一番いいマイクを入れた。僕の握力はとても低く、マイクを持つことに不安がある。そのためのマイクスタンドをリュックのサイドケースにいれている。
この際、音楽も認めてもらおう。
僕が発する音と声で親に認めてもらって、僕の人生を作ってくれたばあちゃんに認めてもらおう。
どうだい、うちの孫はすげぇじゃろう。
そうやって自慢をしてもらうのだ。
僕は一家の誇りだ。
そう言われたい。
着いた家は外壁がはがれていて、ばあちゃんが趣味にしていた家庭菜園は雑草が生えてとてもじゃないが家庭菜園をしていた面影はどこにも無い。
庭に止めている家族が使うであろうワンボックスもどこか薄汚れている。二台あるはずなので、誰か出かけているのかもしれなかった。
インターフォンが壊れているのを記憶していたので、門をくぐって左手に回り込んだ。きっとばあちゃんが座っているだろう。
僕が僕と分かるかな、ばあちゃん忘れているかもな。そういった期待と不安が心を支配した。不安は心を荒らした。
「おお、来たか」
父は笑顔で縁側を下駄で履いて降りてきた。下駄だけは家とのアンバランスと相まって真新しく気持ちが悪かった。
「どうだ。その。音楽の、方は」
言いづらそうにされると少し傷つく。なんだ。
父は僕がバンド活動をしていることを認めてくれたわけでは無かったのか。
期待が落胆に変わった。
「順調だよ」
そう答えるしかなかった。
「そうか。今、母さんなスーパーに行っているんだ。今夜は牛肉らしいぞ」
父の上滑った口調を無視した。気まずいのは父も同じらしい。
「そ。ばあちゃんは?」
「それよりその大荷物はなんだ」
実家でライブをしようとしたなんて、痛いことは言えない。ジャニケンに言わせれば、思春期真っ盛り、夢見る中学生と言ったところだろう。
「これお土産、ばあちゃんの部屋は奥だよね」
「そんなに急がなくていいじゃないか。今日は泊まっていけよ」
父は僕を引き留めようとする。確かにこの暑さだと夜になっても気温は落ちないだろう。六月の末でも最近は暑い。
泊まって明日の朝に帰るのが理想的だ。だが、そういう好意的な引き留め方ではない。何か秘密があって、その秘密を知られたくないという後ろ暗さを感じさせた。
「いや今日中には帰る。明日朝から練習だし」
ばあちゃんの部屋のふすまを開けて、父がばあちゃんと会うことに抵抗感を示した理由が分かった。
たくさんの機械と管と線。両親は在宅介護を選んだのか、それともこれは老人ホームの順番待ちなのか。
「ほらな、ばあちゃんは何も聞こえていないんだ。だからもっと調子のいい時にまた来い。な? 先週はおはようを言えたんだ。明日には忠の名前が呼べるかもしれない」
また来いという割には明日呼べるかもしれないというのはあやふやだ。
ばあちゃんがこんな姿になったのはショックだった。当たり前だ。
両親にCDを送っても返事は帰って来なかった。
父の様子を見ると分かる。音楽は反対だけど、きっと父はこちらが送った手紙を知らない。
きっと母が全て父の目に触れぬように止めていたのだ。母が家にいないのは牛肉を買いに行く為ではない。僕に会いたくない。
拒否をするためにわざわざ車に乗ってスーパーか喫茶店に逃げたのだ。
悲しくて辛くてやりきれない。せっかく期待を持って戻ったのに、邪魔者扱いをされた。
今回の帰省はばあちゃんに孫がお見舞いに帰って来たと、いう既成事実を作りたいだけだったのだ。ばあちゃんはもうじき死ぬ、葬式できっと父は母が書いた台本通りこういうのだ。
「最後に孫が会いに来て、数日で逝きました。きっと母も嬉しかったことでしょう」
葬式で僕は親戚からばあちゃんを大事にしてくれてありがとうと言われ、今何をしているか聞かれるだろう。
その時に僕がバンド活動をしているというとどうだろう。この雰囲気から行くと母にしたら、ピアノ如きが出来ない音楽家の息子は恥だと思われているに違いない。
母は「忠は就職活動中で」と言うし、僕はその言葉に頷くしかない。
ダメだ。考えれば考えるほど土壺にはまってしまう。
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