第3話 夏のライブのチケットを

「あんたたち夏のイベント決まったわよ」



 ライブツアーは動きやすい秋ごろにあるのだが、こういう夏のイベントは若者でも参加しやすいように限られた地域の区画のライブハウスで行われるライブ形式をとる。

 タイムスケジュールをお客さんが見て、バンクリというバンドを見たい人は二時にジャーナルというライブハウスに行き、同時にバーンズというバンドも聞きたければお客さんに迷ってもらう。


 チケットを持っていたらワンドリンクは無料だ。

 ジャニケンから借りた狭いライブハウスで、コピーされた二枚の紙が配られた。


「ライブ名は?」

 ベースのワーリオは徹夜明けなのでテンションが高い。

 大体集合時間を九時にしたのが悪い。

 そのせいでギターのピノの顔色は真っ青だ。

 ワーリオは夜な夜な女の子と遊んでいるし、ピノの朝は低血圧だ。



「シンロックスミナミよ。例年通りじゃない」

 ジャニケンは手慣れたもので、企画説明書とタイムスケジュールをペラペラめくっている。


「なんか代わり映えすっかなと思ったけど、まいっか。関係者優待席はあるのか?」

 ワーリオはぶつぶつ呟きながら、指折りを始めた。

 大方、誘う女の数と優先順位を考えているのだろう。

 高校生にも手を出す無法者で、アクアの中で最も有害だ。



「あるけど、ワーリオには前科があるから渡さない」


 ワーリオは一年前たくさんの女を招待しまくり、ライブ会場の一部が修羅場と化したことがあった。それ以降、ジャニケンはワーリオにチケットを渡さない。



「ノルマが無いのか。ぐふふ」

 ワーリオはのんきなもので、チケットノルマがないと分かると余裕の表情だ。内心、女を誘えず悔しい思いをしているはずだが、高みの見物と構えたらしい。


「ワーリオが言った通り、今回は主催者が取りまとめるから、ノルマは無いわよ。ま、欲しいって言えばくれるだろうけど」


「安心した。バイト先に嫌な顔されずに済む」

 ピノのバイト先はピノの幸薄さを見て宗教の勧誘をしていると勘違いされがちだ。

 やっと前々回のライブでチケットを買ってもらってもしかして自分に気があるのかもしれないと思ったピノは売った女の子に誰と行くか聞いたのだ。



「あ、そうだ。お父さんと行くのでもう一枚ください」

 お父さんか彼氏じゃなくて良かった。

 そう思ったピノは良かったら僕の出番が何時なので見て行ってください。

 と、言おうとすると。



「最近のお父さんすごいんですよ。一晩ご飯一緒にしただけで十万くれるんです」

 その時のピノはきっと薄ら笑いを浮かべて、同僚から気味悪がられただろう。ピノはショックを受けるとごまかすために薄く笑うのだ。



「ピノ、チケットは?」

 ぼうっとしていたピノはハッと我に返った。


「ノルマ、何枚?」


「だからノルマは無いって、さっき言ったわよ。出るバンドが多いからね。今回客席とステージの間に透明の壁を作るんですって、コロナが落ち着いても感染対策は面倒ね」

 ちなみにライブ会場に現れたパパは落ち着いた大人の男性だった。

 後ろの方で楽しそうに話していたのが見えた。ピノはコードを間違えた。


「ホーローは?」


「一応三枚ちょうだい」


「親御さん?」


「ま、まぁ」

 両親とはうまくいっていない。どうにかこうにか関係性と良好に保つためにチケットをおくったり、収入の証明をおくったりもした。

 だけど、きっと両親は二十代も半ばに差し掛かる子がいまだにバンドを主食としていることが腹立たしいのだろう。

 フリーターなのが親としては気にいらないのだ。

 何の為に大学まで出したんだ。もう二十代も半ばだ。いい加減売れないバンド活動なんか止めて、就職活動をしなさい。

 そう言われて、「売れるか売れないか分からないじゃん」と言い放ち、僕はそこから実家に帰っていない。



 今回のライブもチケットを送る。対バンのCDも送る。僕は両親に受け入れられていないことに不安と認められない寂しさを抱えている。いつか見に来て欲しい。すごいね、あんたこういう才能あるんだね。そう言って欲しい。


 自分の子どもがバンド活動に入れ込み始めた辺りから息子か娘か分からなくなった。全てはバンド活動が悪いと決めつけるのも横暴な話ではないのかもしれないかもしれない。

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