どうか心に響け

ハナビシトモエ

第1話 アクアのホーロー

 僕の目の前にはたくさんのお姫様たちがいる。狭いライブハウス、僕たちを見てくれるあなたたちに送る歌そして音。冬でも熱気で湿度が高い。


 僕たちアクアという名前のバンドは女性ファンが多い、男性もファンになって欲しいけど、サムスというバンドの方がユニークで面白いって言う声も聞くし、アクアは女性向けだとライブハウスに来るお客さんにそう分別されて、なんだか物足りない。


 僕は僕の歌を聞いてくれるみんなに最後まで残ってと、お願いする。それはファンに対する、僕たち以外も聞いてという思いだ。これに気づいてくれなくても、努力したと思って満足できないけど満足するしかない。




「ホーロー、おっす」

 舞台裏でサムスというバンドのチョージローと目があった。僕の兄貴分だ。


「チョーさん」


「お前相変わらずこんなライブやってんだって? 元気だね」


「チョーさんこそ華々しい噂聞きますよ?」

 チョーさんはファンサービスが丁寧で、ファンとの交流も積極的だ。そのため距離感を見誤ったファンがチョーさんに恋をして、それを断るのに苦労しているというのはこの界隈では有名だ。


「お互い様ってわけか。またホールで聞いていくのか?」

 チョーさんは笑顔で飄々と僕の肩を抱いた。僕はそっとそれを外す。


「まぁ僕のファンはみんな帰っただろうし」

 この言葉に寂しさが混ざっていることをチョーさんは知っている。

 悲しい話にしないのが、チョーさんにいいところだ。


「お、人気者宣言か」


「じゃチョーさん性病には気をつけて」


「うるせぇ」

 舞台裏から受付横の裏を抜けて、酒を買いにホールに出た。

 ホールに出ても誰も僕に気づかないのが少し寂しい。

 最前列には行かない、誰がどんな曲にはまるか見たい気持ちがあるので、カップに入った酒を片手に後ろから見る。


 周りを見ると隅の方に壁にもたれる女の子を見つけた。あの子、僕たちの番の時もいたな。ちょっと声かけてみよ。



 女の子だった。

 汗びっしょりで帰るのはどうするのか心配だった。

 下着が透けるのが嫌そうだから、アクアのグッズ青のロングTシャツをあげた。

 お願いされたので手帳にサインも書いた。

 ホーロー君から直接貰えるなんて洗濯するのがもったいないと言っていたけど、「お願い洗濯して」と、言って舞台裏に戻った。



「お、プレイボーイが戻ってきた。あの子は好みじゃなかったのか」

 ニヤニヤするチョーさんに僕は少しむくれる。


 終演後はお客さんからしたら興奮が急に冷めるのが嫌なのだが、バンドからしたら延長料金を取られるのが非常にややこしい。コロナ対策もあり、分散退場でホールを出される。



「僕、別にお持ち帰りしてないし」


「じゃ、その噂の元ではなんだ。まぁいい、出口に行くわ」


「チョーさんも最後まで聴いたんですね」


「あったりめーよ。俺たち三流バンドマンの流行り廃りなんか一瞬だぜ。ならば、最新の情報をゲットしといて損はねぇだろ」


「研究熱心ですね」

 本当に研究熱心だ。



 一方アクアの面々はというと。

 ギターのピノはさっさと帰りひたすらなすびを切って糠につけるバイトをしている。

 ベースのワーリオは段ボールを組み立てるバイトをしている。

 ドラムジャニケンはバーでバイトしていて、僕は牛肉をご飯の上に乗せるバイトをしているが、こういうバンド活動の日は休みにしてもらう。


「同じく最後まで残っている。てめぇに言われたくねーよ」


「じゃ、また次の機会に」


「おう、お前も性病気をつけてな」

 チョーさんは舞台袖から出て行った。わざわざファンが待ち構えている客用出口に。

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