トキワカフェあり~難事件はコーヒーと共に~
篠ノサウロ
闘技場殺人事件
時和区5条三丁目
私たちの住む世界とははるか異なる並行世界、もしくは異世界。その世界の人間は15歳を迎えると歳を取らない不老の生命となり、エネルギーを無から生み出すとしか思えないような異能力、『ギフト』を使うようになる。動物界の生物としてあまりにも異色なこの世界の人類は、しかし私たちと同じような文明を築き、同じような歴史を歩んだ。
蒼暦1925年、これまでの鎖国政策から一転し大陸の近代文明を受け入れた島国、カグラ帝国。巧みな外交戦略と工業化の元に列強として名を連ねるようになったこの国において問題となったのは、人口爆発であった。
この世界において、人間は不老で寿命がないとはいえ不死ではないため、衛生環境の整備が不十分であった中世においては何ら問題は起きなかった。しかし、近代を迎えたこの国にとって、死亡率は減少し、人口の増加が着実に進展していった。
これは当然カグラ帝国以外の列強諸国も患っていた病である。そうした背景もあって、列強諸国は自国民を養うだけの食糧を確保すべく、植民地拡大と軍拡に乗り出した。その結果蒼暦1914年に起きたのが世界大戦である。各国が数百万の犠牲者を出し終結したこの大戦に、島国故の地理的優位性により、漁夫の利を得る形で勝利したのがカグラ帝国である。
こうして得た植民地から搾取し続け得られた好景気の中、首都である北都の時和区5条三丁目に、ある齢十五の少女が喫茶店を開いた。
雑多なビル群の裏路地に構えたためか、まだあまり来客は無い。その代わりに、一癖二癖ある何かを抱えた人間がやってきて、ぽつりぽつりと物語を紡いでいく。
看板にはこの国の言葉の文字でトキワカフェと書かれている。店主の名前は樋口栞。
一
その日も、カランコロンとドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませ。まずはお席をお選びください」
栞がそう呼びかけると、その少年は無言でカウンターの席に座った。長髪で顔を隠し、人さし指で机をトントン叩いている。厄介そうな客だと思いつつ、栞はいつも通りの応対をした。
「こちらメニュー表でございます。当店では……」
「……以上となります。ご注文が決まり次第、お呼びください」
「……」
話し終わってからも指をトントンと鳴らす彼を見て、栞はあることに気がついた。その動作には、寸分の狂いもない。人間性が排除されているようにすら感じるほどには、常に一定のテンポを刻んでいる。
平日の14時30分、普段からガラガラの店内はより一層人が少なく、人口1000万人の都市の中にあるとは到底思えない。話し声も無く、黙々と窓際の席で読書をしている数名とその少年を除いて客は居ない。
数分後、ふとテーブルをノックしていた人差し指の動きが止まり、少年はその手をそっと上に持ち上げた。
「ご注文、お決まりでしょうか?」
「……これで」
「かしこまりました」
店の奥へと消えていく栞には、その少年の様子がどこか気がかりに思えたのだった。同時にその声を聴いて、さらに既視感が強化されたように感じた。
二
「ご注文は以上でよろしいでしょうか」
「……」
「それではごゆっくりお過ごしください」
その不愛想な客は、テーブルを叩いていた指を一度止めてから、コーヒーカップに手を付けた。彼はまるで深夜の酒場のように品のない喉の音を鳴らしながら一気に半分ほど飲み、元の位置に戻した。しかし、彼はどこか呆気に取られてカップを見つめている。
「……美味い」
「……そうですか、ありがとうございます」
口をついて出たといった誉め言葉を聞いて、カウンターで仕事、もとい読書をしていた栞は、軽く返事をした。それから数秒時間が流れた後に、今度は栞の方から話しかけた。
「どうか、されたのですか?」
「……なぜそんなことを聞く」
「何となくです。ただ……」
栞は少し意味深に間を空けて話した。
「なにか、心を痛めているようなご様子でしたから」
少年はそう言われると、一瞬目を見開いて、すぐにどこか納得したかのような表情で目をゆっくりと閉じてうなだれた。
「そうか、やはり君にもそう見えるのか」
ぽつりとつぶやいた彼は、そのまま栞に首を向けて静かに言った。
「だったら、なんだっていうんだ?」
「……今はお客さんも少ないですし、多少お話を聞くことならできます、ということです」
「そうか、そうかい」
少年はコーヒーを少し飲んで、さっきよりは落ち着いたような顔で正面を向いた。その間に栞はカウンターの方へゆっくりと移動した。
「その前に、君は俺を知っているのか?」
「いや、すみません、多分知らないかと。あの、有名人なんですか?」
「自分で言うもんじゃないが、かなり名前は知られている方だな。とはいえここの客からも、通りすがりの人間からも今日は誰にも気がつかれていない。まあ、いつもと印象違うからかな」
その語り口から、栞は自分の感じた既視感が間違いではなさそうだと思った。しかし、それが具体的になんなのかは、直後に彼の名前を聞くまで分からなかった。
「俺の名前は、大西和真だ」
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