天使の繭

 マンションに到着してエントランスの呼び鈴を押すと、待ち構えていたようですぐ応答があった。部屋の中は相変わらず甘い装飾で溢れており、真珠姫の「どうぞ」の言葉と共に通されたパソコン前も、出てきたときと然程変化はなかった。

 変化らしき変化は、あのあと入れたと思しきミルクティーがマグカップに半分ほど入っていることと、パソコン画面に映っているウェブサイトが違うものになっていることくらいだ。


「SNSでの関係ありそうな発言を辿ったんですけど、夏頃にこんな投稿があって、もしかしたらこれかなって……」


 真珠姫が示したのは、天蓋教聖門と書かれたウェブサイトだった。SNSに紐付けされており、問い合わせや主な活動を此処で行っているようだ。

 いかにも妖しげな宗教法人らしいトップページに、教団理念や入団方法など余所の宗教サイトでも見るような内容が並んでいる。

 その中の一つに『天使の導き』というリンクがあった。リンク内は宗教団体が販売しているグッズの通信販売ページのようで、アクリル板のお守りや宗教案内の冊子、教祖のブロマイドなどがそれなりの値段で売られている。

 そして、グッズの中で異彩を放っているものが、一つ。


「この天使の卵。これが、虫の繭なんじゃないかって……」


 真珠姫がマウスポインタで指した商品。

 それは天使の卵と名付けられた白い塊だった。見た目は繭そのものだが、説明には『天使の繭はあなたに最高のインスピレーションを与え、未来への輝くヴィジョンを見せてくれます。口の中で溶かすように、決して噛まずにお召し上がりください』と書かれている。

 原材料部分には浄化済み天然砂糖とあるが、要は砂糖菓子ということらしい。


「砂糖菓子の中にあの虫を仕込んでるんでしょうか」

「恐らく。だが、依頼対象はあまり宗教に頼るタイプではなかったと言ったな」

「はい……悩んでるのは事実でしたけど、宗教とかよりは寧ろサプリとか整形とかの現実に近い解決法を選ぶと思うんです。実際、二重整形とかしたみたいでしたし」


 平常時はどんなに宗教を胡散臭がっていても、極限まで追い詰められたときに同じことを言える人ばかりではない。だが、他に悩みを解決する方法があるなら、其方を選ぶことは充分に考えられる。

 宗教サイトに飛びついたのではないなら、彼もまた、動画配信者のように飛び降り現場に居合わせてしまったのかも知れないと雪乃は思った。


「そうだ。街中での調査で気になる証言があったんだが、私立夏草商業高校の生徒が突然天使がどうこうと言いだし、性格が苛烈になったそうだ」

「それって、かおりんと同じ……」


 青い顔をして呟いた真珠姫に頷き、雪乃は彼の肩にそっと手を置く。


「SNSにも発言があるかも知れない。探ってもらえるか」

「はい。調べてるあいだ、其方で待っててください」

「頼んだ」


 其方で、と示されたのは先にも借りた座椅子だった。

 好意に甘えて座椅子を借り、自分でも出来る範囲で調査を続けた。いくら機械類に疎い武闘派要員といえど、スマートフォンで冬津港周辺の地図を見ることくらいなら出来る。ついでにタケノリが動画で言っていた、近々入港予定である大型豪華客船のウェブサイトも覗いてみる。

 トップページには、快晴の空と大海原をバックにした純白の客船が大写しになった画像があり、スクロールしていくと各案内が浮かび上がってくる。客室にはそれぞれ等級があるものの、エコノミーや何級といったあからさまに低階級を思わせる言葉は使用されておらず、どの部屋にも一定以上の高級感がある。

 ラグジュアリースイート、プレミアムツインルーム、プライベートスイート等々。雪乃の目にはどれがなにやらサッパリわからないが、とにかく何処を見ても高級感で満ちていた。

 この大型客船が週末冬津港に停泊する。ウェブサイトでは日時も公開されており、当日には、全国大会入賞経験のある冬津第一高校吹奏楽部による演奏などを添えた、歓迎セレモニーも行うようだ。


「綾辻さん、ちょっといいですか?」

「なんだ」


 真珠姫の傍まで行くと、画面は誰かのSNSホームに変わっていた。

 プロフィール欄には『夏草商業1年C組集合』と書かれており、アイコンは本人のものと思しき顔写真だ。グレーのブレザーも、雪乃がカフェで見た少女達が着ていた制服と同じであるため、間違いなさそうだ。名前は上原拓哉。アカウントの状態から見て、ハンドルネームでなく本名だろう。IDも名前をローマ字表記して、あいだにアンダーバーを入れたものになっている。

 投稿内容は授業に関するぼやきや、教師に対する不満、友人と遊んだ記録など特に変わったところは見られない。

 そんな他愛ない投稿が続く中、最近になって「バレー部が荒れてる」という投稿が混じり始めた。その一つに、友人らしきアカウントとの会話が残されている。


『うちのクラスの女子が先輩のことめっちゃナメててヤバい』

『え、バレー部って上下関係キツくなかった?』

『なんか一人だけレギュ落ちしたっぽくて。その先輩のことすげー馬鹿にしてるわ。バレー関係ないのにデブとかブスのポニテキツいとか言い出してる』

『それガチ? レギュ落ちで馬鹿にするまでいくの治安悪すぎん?』

『女子こえーwww』


 揶揄を込めたやり取りのあと。

 別のアカウントが割って入っていた。


『そういえばその先輩、二~三日前から家に帰ってないって』

『は? マジ話? 部活に来ないとかじゃなく、家?』

『マジ。うちの友達がバレー部なんだけど、先輩のこと話してるときに「あいつ最近家帰ってないんだって。いい年して家出とかダサすぎ」って笑ってたから』

『女バレ、なんか変だよね。なんか全員いきなり性格悪くなったじゃん』

『女なんて全員周りを見下してる性格ブスばっかだろwwww』

『自己紹介乙』


 此処から暫く中身のない煽り合いが続き、最後に。


『天使様に選ばれてない底辺は黙ってろ』


 先ほどからやたらと女子を目の敵にするような発言を繰り返していた初期アイコン且つランダム英数字のアカウントが突然そう吐き捨て、暫し困惑のやり取りが続いたところで『捨てアカの荒らしだろ。放っとこうぜ』の一言で会話が終わった。


「あれから色々見て回ったんですけど……何人か行方不明の人がいるみたいで。失踪直前に様子がおかしくなって、天使様が呼んでるとか言い出して、そのまま……って人が多いみたいです」

「そうか。……もしかしたら、件の動画と関係があるかも知れないな」

「あの、客船が来るときに花火をあげるとかいうあれですか?」


 雪乃が頷く。

 場所は冬津港。

 日時を指定して宣言したということは、それまでは息を潜めていることだろう。

 ざわざわと虫が這い回るような不快感が拭えない。


「当日、私も冬津港へ向かう。協力感謝する。現場あとは任せてほしい」

「はい。どうか、お気をつけて」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る