第37話
「……狂っている」
クロサキの言う言葉、一つひとつは正しく理解することが出来やしないものだった。はっきり言って、こんな考えをする人間が存在していたとして——よもやここまで大仕掛けの計画を立てて実行しているなど思いもしなかったからだ。
「それ、褒め言葉かしら?」
クロサキの言葉は、わたしの言葉を真剣に理解していないことを、冷酷に告げているようにも感じられた。
「……あんた、何がしたいの?」
「何、って?」
「まるでこの世界を滅ぼしたいとか、そんなことをしているみたいじゃない。けれど、それって——」
「——人間として考えてはいけないのではないか、とでも言いたいのかしら? だとすれば、ひどく滑稽な話ではあるのよねえ」
「滑稽……?」
「人間は神に近づこうとしている。……それを如何して止められる権利があると言うのかしら?」
クロサキの言葉は、簡単な単語で構成されているはず——なのに、それが一つの文章になるとさっぱり理解出来ないのも何だかおかしい。
まるでひとつ上の次元で話をしているような——。
「ヒューマニティを作り上げることは、人間が神になる上での第一歩、とでもいうの?」
マリの問いに、クロサキは頷く。
「然程難しい事象ではないと思うけれどね? ヒューマニティは、いわば人間が第二の人間を作り上げたと言っても過言ではない。だけれど、まだ人間を作り上げたと完全に言い切ることが出来なかったりもする。……何だと思う?」
「それが心、と?」
「……分かっているのなら、それで良いのだけれど」
何となく、傾向で分かるようになってきた——ただ、それだけのことだ。
「心の研究、開発だけは……如何しても出来なかった。やっぱり、そこは人間でしか感じることの出来ない、特別な仕組みなのだと思ったの。ゼロとイチでは実現できないような、メカニズムだった……」
「でも、実現したというの? それを」
理解が出来ない。
しかし目の前に立っているイブを見れば——それも事実であると言うことを受け入れるほかなかった。
「……心のあるロボットを開発して、如何するつもりなの」
「さあね」
はっきりと言い放った。
「けれど、人間とは違う解釈をしてくれるかもしれない。こればっかりは、もはや誰にも分からないからね。今までのロボットは人間が書いたプログラムに則って進んでいた……。つまり、人間の予測の範疇に居たというわけだ。それが、今は違う。百パーセント、人間の支配から脱することが出来た、初めての存在とも言えるだろうね。それが如何動くかなんてことは、誰にだって分からない。アダムとイブが神の予測を外れて、知恵の木の実を食べたみたいに……」
「何が……何がしたいの、クロサキ」
「実験だよ」
クロサキはモニターを眺める。
「イブが何を思ったか、と言うことを知りたかった。人間に絶望したか、希望を持ったか? 人間は素晴らしい存在と思ったか、唾棄すべき存在と思ったか? そういったことを聞きたかったんだよ、わたしは」
「如何して?」
「記されているからだよ、アカシックレコードに」
「記されている、ね……」
過去・現代・未来全ての情報が記されていると言う、アカシックレコード。
それに記載されていたことが如何だったのかはここで言わないとしても、それに基づいてこんな凄惨な計画を思いつき、実行したと言うのか……。
「アカシックレコードは確定した未来だ。誰が如何やろうとしても、その未来は実現する。だから、わたしはそれを実現しようと試みた。それが今の世界だ」
「世界を牛耳って、何がしたいの……」
アカシックレコード通りに世界を操って、最終的にあなたは——。
「未来をもし見通すことが出来る。そう発表したら、世界は如何なると思う? 未来を知りたいが故に、崇め奉ろうとするのではないのかしら」
「……自分が、神になろうとでも?」
「烏滸がましいことではあるのだろうけれど。しかしながら、この世界において——人間は、もはやこれ以上の進化を遂げることは出来ない。ならば、リセットをしなければならない。審判の時を、待ち望むしかないの」
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