未来のお話21

 よく晴れた日の昼下がり。

 朝の仕事と姫様への祈りを終えた私がボークンと一緒に庭で日向ぼっこをしていると、とても上品とは言えないバタバタとしか表現できない足音が聞こえてきた。

 この足音。

 間違いなく姫様。


「ステム! ねえステム!」

 

 案の定、眉間に皺を寄せた姫様が私の名前を呼びながら駆けてきて、そのまま私に抱きついてくる。

 

「どうしたの姫様。まだおやつの時間まではだいぶある。どうしてもお腹が空いたならザロッタになにか作るように頼むけど」


 小さい頃からこの顔をするときはお腹が空いた時。

 だけど、この時はそうじゃないと言うようにブンブンと首を横に振った。


「そんなに食いしん坊じゃないよ僕。そうじゃなくって」


 奥様の子供だから食いしん坊ではあるんだけど、お腹が空いた以外でこの顔をする理由は一つしかない。

 姫様の縁談に絡んで、弟君であるマルディ様が動いた。

 きっと、そのことが耳に入ったんだろう。


「マルディ様が北に向かったことなら、今は静観していてほしい。悪い大人達が、若者を餌にして悪巧みをしているらしいから。下手に動くと、姫様まで餌にされる」


 私の言葉に目を丸くする姫様。

 もう二十代も半ばなのに、こんな表情は子供の頃のままだ。


「みんな、僕の結婚のために動いてるんだよね?」


「もちろん。ただ、最善手のために必要なら主役も餌にする。それがヘッセリンクの文官。特に、エリクス、デミケル、オライーの三人はそれをすることに躊躇いがない」


 マルディ様の動きについては、伯爵様も見て見ぬふりをすることを決めたらしい。

 なら、相応の理由があるはずだし、下手に動くとデミケル達の邪魔になってしまう。


「普段はみんな優しいのに、家のことになると急に目が据わりだすんだもんなあ。ねえ、ステム。一つ聞いていい?」


「なんなりと」


 姫様の頼みならほとんどのことは受け入れる覚悟がある私が即答すると、一つ深呼吸をしたあと、意を決したように言う。

 

「ステムはデミケルのどこが好きで結婚したの?」

 

「顔」


「……真剣に聞いてるんだけど」


 私の答えを聞いて、姫様が嫌そうに顔を顰める。

 いくら敬愛する姫様でも、そんな顔をされるのは心外。


「私も真剣に答えた。仕事をしているときの真剣な顔も、酔って笑ってる顔も、ヘッセリンクのために身体を張っている時の顔も好き」


 世界中に男前はたくさんいると思うけど、私のなかではデミケルが一番男前。

 そう告げると、姫様が頬を赤くして視線を逸らした。


「聞いておいてなんだけど、なんだか家族のそういう話って、照れるね」


「姫様も将来照れもせず同じようなことを言えるようになる。だって、ヘッセリンクだから」


 狂人の名を背負い、魔獣との闘争を生業とするヘッセリンク。

 レプミアで最も暴力に長けた貴族として国内外に名前を知られているが、その実は、愛に塗れた一族だ。

 どちらかというと、粗忽で暴れん坊な面が目立つ姫様も立派な一族の一人だから、縁談をきっかけにきっと愛に塗れる日がやってくるだろう。

 

「そうだといいんだけど。まだ実感が湧かないよ。聞いたよね。お婿さん候補の噂。実在しないでしょ、あんなピカピカの男の人」


 オライーは、お婿さんの評価をみて『ワクワクするほど胡散臭い』と言ったらしいけど、同意せざるを得ない。

 掘っても掘ってもキラキラし続ける人物像に、みんな頭を抱えている。

 

「実在しているかどうかも含めてヘッセリンク伯爵家の総力を以て鋭意情報収集にあたっているところ」


 デミケルも各地の裏街を飛び回ってなかなか帰ってこない。

 寂しくはあるけど、姫様のためだから脳みそが焼き切れるくらい頑張れと伝えてある。


「実在を疑われてる男の人との縁談って。余計不安なんだけど」


「姫様には申し訳ないけど、おそらくリュンガー伯爵家のほうでも似たような話は出ていると思う」


 私の言葉に首を傾げる姫様だったけど、情報収集をしているのがこちら側だけなわけがない。

 姫様の情報だって、確実にあちらに伝わっているはずだ。

 具体的には。


「国王陛下の右腕レックス・ヘッセリンクの愛娘であり、自らも竜種を従える召喚士。さらにはその縦横無尽な暴れっぷりから一部界隈で『暴竜姫』の異名をとるとんでもないじゃじゃ馬。それが姫様。お互いが大なり小なり不安を抱えての縁談だから問題はない」


 ワクワクするほど胡散臭いお婿さんと、ドキドキするほど暴れん坊なお嫁さん。

 両者に、上も下もない。


「僕のことを最初にその二つ名で呼んだ人に懸賞金を懸けたい気分だよ」


『暴竜姫』と呼ばれるのがお気に召さない様子の姫様が、目を細めながら奥歯をギリギリと鳴らす。

 懸賞金を懸けるだなんてそんな。


「相手の生死は?」


「ぜひ生捕りでお願いしたいね」


「承知した。縁談関連と並行して犯人探しをするようにデミケルに伝えておく」


 もう少ししたら一度帰ってくるらしいからその時にでも伝えておこうと考えていると、

姫様が慌てたように両肩を掴んでくる。


「冗談。冗談だから! これ以上仕事が増えたらデミケルが死んじゃう! それに、そんな仕事振られるみんなが可哀想すぎるよ!」


「デミケルは丈夫だから問題ないと思うけど、姫様が言うならやめておく」


 私の答えを聞いてほっと胸を撫で下ろす姫様。

 まあ、犯人探しはデミケルじゃなくて若い文官に指示しておこう。

 条件は、生捕りが好ましいが、最悪生死不問。

 懸賞金の額は応相談でいいか。


「話を戻すと、縁談の件についてはおとなしくしていた方がいい。焦らなくても、遅かれ早かれ姫様の出番が来るから」


 主役である姫様が上る舞台が整えば、事は一気に進むだろう。

 

「わかったよ。でも、なにかあれば僕も動くからね。自分のことを全部人任せにはできないから」


「姫様が動くなら、私も動く。そんなことにならないよう、みんなには頑張って舞台を整えてもらう」


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