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狩井カリイさん、あんたがいつからどういう経緯でこんなことを始めたかはわからない。ただ、この国には機密情報を都合よく操作する組織が存在した。今は仮称、特務機関と呼ぶ。バックには相当な影響力を持つ『誰かさん』がいるんだろう。

 あんたはその人からの支援を受けながら軍、防衛情報本部、警察、そして公安情報庁まで顔を繋げて暗躍あんやくしてきた。そしてハログラムによる広告ブロッカーを軍事転用したステルス迷彩技術、条約違反の代物まで扱い始めた。

 特務機関のメンバーは、おそらく無戸籍のような誰の記憶にも存在しないであろう人間を訓練し、偽造した身分を与えて用意した。普段は不定期な働き方をさせて社会から怪しまれないようにしておき、あるときは透明人間として情報工作や暗殺の任務を遂行させる」


「ふん、そんな人間たちと私に接点があるわけないだろう」


「入念な聞き込みと、犯人の一人である明石アカシの自宅にあった現品から判明したことがある。

 透明人間たちは、連絡手段としてとある古書店に隠れて通い、古本に偽装されたメッセージを受け取って行動していた。

 その店の名前は首堂商會シュドウショウカイ。淡海府設立からあるビルには用途不明の地下室があり、それは暗黒街にアクセスできる通路が整備されていた。IISを気にせず来店することが可能だ。

 さらにこの首堂商會は古物商も営んでおり、運送のため定期的にトラック便をチャーターしていた。その便が、今回の透明人間たちの犯行現場付近で巡回していたこともIISで確認されている。恐らく、透明化に必要なファイフラを積んでいたんだ。

 この店はかなり怪しい。現金現物の取引ということで、巨額脱税の疑いを用意して血税局の機動二課マルヴァ制圧調査ガサをかけてもらったよ。恐怖の吸血鬼部隊に店主も思わずゲロったようだ。建物のオーナーの登録名義はあんたの叔父になっているが、当人はずっと海外で暮らしている。随分前から管理業務は狩井さん、。店主も全部指示されれるがままに、本の陳列や謎の札束を指定の客に渡していたと、内容や意図は全く把握してないみたいだ。……こりゃ一体、どういうことですかね?」


 ここまで喋っても、狩井は眉一つ動かさなかった。


「君も調査官なら、調査協力者を何人か飼うことくらい当然のことだと知っているだろう。私なりのやり方だよ。――それに、もし仮に彼らが透明人間だったとしてだ。今回の連続殺人事件はIISの解析結果によれば仲間同士で殺し合うという不可思議な状況と言える。特務機関とか言う組織が瓦解がかいしたようなもんだ。これは私が指示役だったとしてもメリットがない。どう説明する?」


「それこそ、今回の事件の起因に直結する。

 特務機関の隠密な作戦は問題なく行われていただろう。内通者の存在が噂されても、決定的な証拠がない。あったとしてもクラッカー四〇四号という協力者が後ろ盾となり、全ての情報が闇の中へ消える。完璧なはずだった。

 しかし、そこに喰らい付く者が現れた。

 ――僕の父、鉄穴カンナハチロウだ。

 かなり核心に迫る情報を掴んだに違いない。特務機関は父を医療事故を装って消した。だが、それだけでは不安は拭えない。レポートがどこかへ転送された恐れもある。

 かなり時間をかけて調査するも、ブツは見つからなかった。そこでビビった『誰かさん』が、摘発される前に組織の運用を停止・解散することにした。

 そうなればメンバーはどうなる? 退職金持たせてリストラなんてわけにはいかない。確実な口封じのためには殺すしかないんだ。けれど新しく殺し屋を雇うのも情報漏洩のリスクがある。そこであんたは最悪なアイディアを閃いた。……


 自分で発言しても気持ち悪かった。人の命を消耗品のように扱うなんて、極悪非道の権化である。


「ひどい想像だな。そうだとしても、手練れた工作員であればこんなに目立つ騒動にしなかっただろう」


「今回に限って言えば、単独行動である必要があったからだ。グループで犯行させれば、結託して任務を放棄し、さらには密告する危険性がある。メンバー同士で連絡もとれず、誰かを殺さなきゃ自分が殺されるかもしれない状況を作り上げ、不安と恐怖による支配で縛り付けた。

 しかし単独故に、今までの隠密作戦のように細かいところまで手が回らない。冷静さも欠いていたかもしれない。結果として、不審死事件として世に認知されるようになってしまった。この点はあんたの落ち度だ。がよく表れている」


 ここで初めて狩井の表情が険しくなった。自分でもこの失敗は認めざるを得ないだろう。


「あんたはこの問題をカバーするために、別の策を練った。誰かを生贄として、透明人間の罪を被せようとしたわけだ。できれば目の上のこぶを消しておきたい。

 ……そこにちょうど良い人材がいた。見つからないレポートが手渡されているかもしれない、鉄穴の息子である僕と、いずれ透明人間の仕組みを暴くであろうハログラムの魔女こと灰瀬ハイセテクネ。僕は公安の人間で接触がし易く、テクネは僕と昔交流関係があった。こんな絶妙なキャスティングと、全ての問題を解決するシナリオがあるだろうか。ちょっとした奇跡かもしれない。

 そんな思いつきにほくそ笑みながら、あんたは僕に調査依頼をしてきた。まんまとハメられたよ。調査がうまく行けば行く程、僕たちは犯人の疑いが濃くなっていく。透明人間を技術的に実証すれば言いがかりをつけて捕らえ、尋問なり拷問なりして欲しい情報を引き出す。

 後は警察に渡して好きにさせればいい。僕たちが何を叫んでも、もう誰も何も信じない。これ以上透明人間による犯行も起きない。計画は終了する。

 ――以上が、透明人間事件の顛末てんまつだ」

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